第44話報告と驚き


 風の少年、ヒューイがレセリカの前で誓った翌日のこと。

 条件をあっさり受け入れ、あれほど神聖な儀式をしてもらった以上はレセリカも誠実に応えるべきだとすぐに行動を開始した。


 その日のうちにオージアスに使いをだし、大切な話があるので時間をとってほしいと伝えたのだ。

 そして、今日の夜に時間を空けてもらう算段をつけてもらった。レセリカにしてはかなり迅速な行動である。


 驚いたのはオージアスである。使いを出してまで知らせたいこととはなんなのか、気になって仕事が手につかないほどであった。気持ちはわからなくもない。


 もちろん、レセリカも緊張している。どう紹介すればよいのか、うまく説明が出来るのかがとにかく心配だった。結局、父親に許可を取る前にヒューイの主人となることを決めてしまったのだから。


(でも、あの状況で拒否なんて出来なかったもの……!)


 あのように神聖な雰囲気を感じる誓いは初めてだった。今も思い出してはドキドキと胸が高鳴るほどだ。

 と同時に、仕えるにふさわしい主人でなければという思いが湧き上がり、少々プレッシャーも感じていた。


「あ、主サンはあんま気にしないでよ。オレが勝手に忠誠を誓っただけだし。万が一にも幻滅するようなことがあったとしても誓いを破ることは絶対にない」


 そんな風にレセリカが考えると先読みしたのだろう、ヒューイは儀式の後、いつもの軽い調子でそう言っていた。それはそれで嫌なので、レセリカは幻滅されないように気を付けようと思っている。


「儀式は儀式だから神聖なんだよ。それ以外は普通だって! だから責任とか感じる必要はねーの! ほら、友達だって主サンが言ったんだろ?」


 それでも不安に思っているのを察したのだろう。追加でフォローもしてくれた。付き合いはまだ短いというのに、主人の性質をよく理解している。ヒューイはなかなかに優秀な従者であった。


「失礼いたします、お父様。レセリカです」


 指定された時間になり、レセリカはロミオと共に父親の執務室前へと足を運んでいた。ノックの後に声をかけると、入れという短い許可の声。ダリアが部屋の扉を開けると、レセリカは緊張しながら執務室に足を踏み入れた。


「あ、あの姉上? 本当に僕も一緒でいいのですか?」

「ええ。貴方にも聞いてもらいたいの」


 最も戸惑っているのはロミオである。姉が緊張しているのが伝わるのだろう、不安な表情だ。そのことに申し訳なく思いつつ、レセリカはオージアスに顔を向けた。


「お時間を作っていただきありがとうございます、お父様」

「良い。それで、話というのは?」


 前置きはいい、と言わんばかりにオージアスはすぐに話を促した。どんな話が飛び出すのかと内心でかなり緊張しているのだろう。その強面がいつも以上に険しい顔になっている。


「実は昨日、私に新しい従者が出来まして……」

「……」


 少々、唐突過ぎたかもしれないと思いつつ、これ以上の簡潔な説明は難しい。レセリカは続けてすぐにこれまでのいきさつを一つ一つ話し始めた。

 さすがに新緑の宴の時に城に侵入していた件については触れずにおいたが。


「……と、いうわけなのです。その、申し訳ありません。お父様の許可を得る前に了承してしまうことになってしまって」


 全てを話し終えた後、レセリカは目を伏せて謝罪を口にした。家に置くことになるのだ。勝手に決めてしまっていいわけがない。

 ただ、叱られたとしてもヒューイを手放す気はなかった。なんとかお願いするつもりだったし、主人になったからには彼を守る義務があると考えているからだ。


 しかし、そこで口を挟んできたのは他でもないヒューイだった。


「主サン、なんで謝るんだよ」

「っ!?」


 呼ぶまで出てこない約束だったのに、いつの間にか室内に現れていたヒューイが不機嫌そうに腕を組んで仁王立ちしている。


 オージアスやロミオはもちろん、レセリカも声を失うほど驚いていた。

 だというのに彼はむしろ楽しそうに口角を上げており、大きく一歩レセリカの前に出て口を開く。


「どうもー、オレが主サンの従者になった風の一族の者でーす。主以外に名乗る気も呼ばせる気もないから、名前以外だったら好きに呼んでよ」

「……ウィンジェイドか」

「おぉ、さすがに知ってたか。さすがは公爵サマってとこかな」


 ヒューイの言動は心臓に悪い。なんといっても気安すぎるのだ。悪気がなさそうなのが、余計に質が悪い。あるいは、わざとなのかもしれないが。


 注意をしなければと思うものの、レセリカはどこから何を言えばいいのかわからず言葉が出てこない。普段の冷静さを発揮出来ず、目を白黒させている。


「オレはさ、レセリカに仕えることを誓ったのであって、公爵サマやこの家に仕える気はないんだ。結婚後も国や王族に仕える気なんかねーし。口調も変える気はないぞ。そもそも貴族なんか出来れば関わりたくないんでね」


 主サンは別ね、と告げるヒューイだったが、レセリカはもはやそれどころではない。そんなことは初耳だし、だとしてももっと言い方をどうにか出来なかったものか。


 ヒューイが言い捨てた後、誰も何も言えないまま沈黙が続く。オージアスの表情が少しも動かないのを見て、レセリカは久しぶりに父親を怖いと感じていた。


「ダリア」


 しばらくして、オージアスはレセリカ付きの侍女の名を呼んだ。なぜこのタイミングで? と疑問に思ったが、背後から彼女の返事が聞こえ、驚いて振り向く。

 この部屋に来た時はいなかったはずなのに、いつの間に来ていたのだろうか。今日のレセリカは驚かされてばかりである。


「知っていたか? これの存在を」


 真っ直ぐヒューイに視線を向けたまま、オージアスはダリアに質問を投げかけた。


「はい。ですが、まさかレセリカ様を主とするとは……。目が行き届かず、申し訳ありません」


 二人の質問の意図がよくわからず、レセリカは必死で状況把握に努めた。先ほどから驚いてばかりだったが、あまりにもわからないことだらけで逆に冷静になってきたようだ。


「良い。それよりもこれを側に置くことを、お前はどう思う」


 間違いなくオージアスは元素の一族についての知識がある。レセリカよりもずっと知っていることだろう。そして、ヒューイについてダリアに意見を求めている。


「性格上、問題は大有りですが優秀なのは確かです。表に出ることもないでしょうから、あまり問題はないかと。あと、かなり使えます」

「てめぇ、レッ……と。なんでもない」


 質問に淀みなく答えたということは、ダリアがヒューイのことを知っているということ。


(一体いつ、ヒューイのことがバレたのかしら……いえ、今はそれよりも)


 ヒューイもまた、ダリアと面識があるかのような反応を見せている。そして、ダリアを別の名前で呼びかけていた。


 そこから導き出される答えは一つだ。


(ダリアは、元素の一族なのね。それもおそらく、火の一族レッドグレーブ……!)


 髪と目の色やヒューイが口を滑らせたことから、レセリカは自力で正解に辿りついたのだった。

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