第45話即答と受け入れ


 レセリカに取って、それは今日一番の驚きだった。だが、冷静に思考を巡らせたおかげで無表情がしっかり仕事をしており、それを顔に出すことはない。

 しかし内心では、早鐘を打つ心臓をなんとか落ち着けようと必死であった。


(ダリアが家名を名乗らなかったのはそういう事情だったのね。驚いた、けど……)


 ダリアに目を向けていたレセリカはゆっくりと前に向き直り、オージアスの方に目を向けた。そして、つい最近決意したばかりのことを思い起こす。


(彼女がどこの誰で、どんな過去があっても受け入れるって決めたもの。何があってもダリアはダリアだわ)


 たとえ悪名轟く暗殺一族の一人だったとしても、ダリアは自分と運命を共にしようとするほど自分を大切に思ってくれている。そのことをレセリカは知っているのだ。

 だからこそ、レセリカの信頼が揺らぐことはない。


(いつか、ダリアの口から聞けるといいわね)


 自分で気持ちに決着をつけたレセリカは、この事実を胸の内にしまっておくことにした。


「ウィンジェイドよ」

「おう」


 それよりも、今はこちらの行く末が心配だ。冷たくも見える眼差しでヒューイを呼ぶオージアスに、レセリカは不安そうに瞳を揺らした。


「お前はレセリカに忠誠を誓ったのだな? それに偽りはないな?」


 厳しく、真剣な声色と表情。それを受けてこれまでずっと笑みを浮かべていたヒューイも表情を引き締めた。


「あったり前だ。裏切るくらいなら自決を選ぶね」


 そして、迷うことなく即答する。

 目を丸くしたのはレセリカである。誇り高い一族なのはわかっていたが、改めてその忠誠心の高さを思い知ったのだ。


 もちろん、もしそんな選択を強いられる状況があったなら、レセリカは自決ではなく生き延びる方を選んでほしいと願うのだが、これがいわゆる覚悟の話だということくらいはわかる。


「ならば私から何かを言うことはない。屋敷の出入りを許可する。が、部屋を与える気はないぞ。お前はうちの使用人ではないのだからな」


 ヒューイの覚悟を聞き、オージアスもまた迷うことなく結論を出した。それほどまでに風の一族を信用しているのか、はたまたダリアを信用しているのか。

 いずれにせよ、ヒューイをレセリカの側に置くことをこんなに簡単に許してくれるとは思っていなかったレセリカは、状況を理解するのに必死である。


「いらねーよ。でもまぁ、ありがとな、おっさん!」

「おっさ……」


 しかし続けられた暴言ともとれる言葉に、レセリカは胃が痛むのを感じて我に返る。いくらなんでも公爵家当主におっさんはない。


「ヒューイ? さすがにもう少し、口に気を付けてもらいたいわ」

「あー、……ごめん?」


 とはいえ、本人に悪気はない。主人として、その辺りの注意点くらいは言い聞かせる必要がありそうだ、とレセリカは心の中のやることメモに記すのだった。


 話がまとまったところでダリアを残し、レセリカ、ロミオ、ヒューイの三人で退室する。


 レセリカがホッと肩の力を抜いていると、ずっと我慢していたらしいロミオがヒューイに向かってズイッと大きな一歩で近付いた。


「なんだかよくはわかりませんけど、姉上を守ってくれるってことでいいんですよね?」


 ヒューイはその勢いに少々面食らったように軽く身を引いたが、すぐにニッと笑う。


「おう、陰ながら護衛はするぜ。けど、戦闘は得意じゃない。オレらの武器は情報だからな。いち早く危険を見付けて安全に逃がすってのが正しい」

「……敵を倒すのではなく、主人の身の安全を第一にってことですか」

「お、理解が早いな弟!」


 その考えはとても良いもののようにレセリカは感じた。敵を打ち滅ぼす力も時に必要ではあるだろうが、やはり力は守るために使ってもらいたいというのが本音だからだ。

 何より、大切な人たちが戦いで怪我をしたり、命を落とすのは嫌だというのが一番の理由かもしれない。


 感心したように話を聞いていたレセリカだったが、ロミオは違う部分が気になったようで軽く頬を膨らませていた。


「僕はロミオです。弟、なんて呼び方はやめてください」

「わかればなんだっていーじゃねーか」

「ダメです。使用人じゃないなら貴方は僕にとって他人ですが、僕は貴方の主人の弟です。他の人より接点はそれなりにあるでしょう? 姉上を守りたい者同士ではあるのです。名前くらい覚えてください」


 なんだか、ロミオが頼もしい。彼にとってヒューイはよくわからない謎の人物だ。だというのに臆することなく自分の意思を伝えられるのはなかなか出来ることではない。

 本当に随分と逞しくなったものだと、レセリカは感慨深さを感じていた。


「面倒臭い弟だな……わかったよ、ロミオな」

「はい。あまりよろしくしたくはありませんが、よろしくお願いしますね、ウィンドさん」


 ロミオの返しに、片眉を上げるヒューイ。レセリカもまた、ロミオの変わった呼び方に首を傾げた。


「……なんだよ、ウィンドって」

「名前は嫌なんでしょう? でもウィンジェイドって長いじゃないですか。風だし、ウィンドでいいでしょ。わかりやすいですし」

「まぁ好きに呼べばいいけど。なんか呼び名が増えたなぁ……」


 なるほど、確かにわかりやすい上に呼びやすいかもしれない。ロミオは名付けのセンスがあると姉馬鹿な思考になったレセリカはポツリと呟く。


「ウィンド……」

「ちょ、主サンはちゃんと呼べって! あんたに呼んでもらうためにこの名はあるんだからな!?」


 大げさな、と思いかけたが事実、風の一族が名前を呼ぶことを許すのは主人だけなのだ。レセリカは素直に深く頷いた。


「じゃ、オレはそろそろ退散するぜ。堅苦しかったー」

「ウィンドはずっと気楽な様子だったじゃないですか……」


 肩を回しながら言うヒューイに、的確な指摘をするロミオ。なんだかこの二人のやりとりは面白いな、と感じるレセリカは小さく口元に笑みを浮かべる。


「ヒューイ、良かったらお菓子を持っていく? これからお茶にする予定なの」

「まじか! もらう、もらう!」

「主従関係ってこれでいいんですか、姉上!?」


 どこまでいっても気安いヒューイに、ロミオはずっと思っていたことをついに叫んだ。父親も許した関係なのだから何も言うまいと決めていたというのに、やはり耐えられなかったようだ。


 そんなロミオに向けて、レセリカは目を細めて微笑んだ。不意打ちの笑顔に男二人は一瞬、息を呑む。


「いいのよ。だって彼とは主従関係であり、友達でもあるんだもの。ね、ヒューイ」

「お、おう。それが主になってくれる条件だったからな」


 気安い関係はレセリカが言い出したことだということがわかり、ロミオは何も言えなくなる。

 公爵家の者としてそれでいいのかと心配になったが、彼にとっては姉が幸せであることが何よりも重要だ。


 姉上至上主義のロミオは、あっさりとそれを受け入れることにしたのだった。

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