第40話幼馴染と本音
レセリカとのデートは二時間ほどで終わり、名残惜しくも城に戻ったセオフィラス。
自室に戻る道すがら、先ほどまでのことを思い返していた。
「殿……、セオフィラス様はもうじき学園に通われるのですよね」
「うん、そうだよ」
まだセオフィラスの名前を呼ぶことに慣れておらず、呼び間違えては恥ずかしそうにするレセリカ。
(可愛い)
言われてみればあと二カ月ほどで学園に入学してしまう。そうなればこのようにレセリカともなかなか会えなくなるだろう。それが無性に寂しいとセオフィラスは思う。
「レセリカに会えなくなるのは寂しいな」
「えっ」
そして思ったことをそのまま口にすると、レセリカは目を丸くする。それからじわじわと頬を赤く染めていった。
(可愛い)
レセリカの表情は変わりにくい。だが、よく観察してみると意外とわかりやすいということにセオフィラスは気付いた。
目が泳いだり、頬を染めたり。そのわずかな変化が彼女の感情を如実に表しており、必死で隠そうとしているところが奥ゆかしくさえ感じる。
「で、でも。セオフィラス様は、その、お友達が一緒なのでしょう? 寂しくなど……」
「友達? うん、まぁいるけれど。それとレセリカに会えないことは別だよ」
セオフィラスの返事を聞いて、レセリカは何かを言いたそうに口を開きかけて……止めた。それがなんだか嫌で、セオフィラスは少々ムッとする。
「何かな? 言いたいことがあるのなら言って? 気になるよ」
「あ、えっと。その……」
問い質されたレセリカは迷うように目を泳がせながらも、変なことを聞くかもしれませんが、と前置きをして話し始めた。
「お、お友達って、その、どうやって作れば良いのでしょう……?」
その質問が意外で、セオフィラスは呆気に取られてしまった。見つめた先のレセリカは恥ずかしそうだ。
(可愛い)
とはいえ、これは彼女にとっては大切な質問なのだろう。気を取り直したセオフィラスは再び口を開く。
「レセリカは友達が欲しいの?」
「……っ」
あまりにも直球すぎた問いかけに、レセリカはカァッと音が聞こえそうな勢いで顔を耳まで赤くしてしまった。そのまま言葉を発さずに小さく頷いている。
(っ、可愛い。可愛い……)
つられてセオフィラスまで顔を赤くしてしまった。こんな風に心を乱されることなど初めてのことだ。
何かアドバイスが出来ればいいのだが、自分にとっても新しく友達を作るということについては未知の領域だ。今いる二人は幼い頃から側にいて、一緒にいるのが当たり前になっているにすぎないのだから。
「ごめんね、レセリカ。私もその分野についてはあまりわからないんだ。私にはジェイルとフィンレイという者が側にいるけれど、友達というよりは幼馴染だからね」
「い、いえ、謝らないでください。おかしなことを聞いてしまって申し訳ありません」
焦ったようにさらに俯くレセリカを見て、セオフィラスはなんとかしてあげたいという気持ちが湧き上がる。しかし良案は浮かばない。
セオフィラスは無意識にレセリカの手を両手で取った。驚いたレセリカはパッと顔を上げる。揺れる紫色の瞳に自分の姿が映っていた。
「でも、私は君の側にいるよ。困ったことがあったらいつだって助ける。だから早く学園に来てね、レセリカ」
真剣な眼差しでセオフィラスが伝えると、レセリカは消え入りそうな声で、しかしハッキリとはい、と答えた。
その返事を思い出し、セオフィラスは胸に温かいものが広がるのを感じた。
「なかなかうまくやれそうじゃないですか、殿下?」
室内に入ろうと扉のノブを握ったところで見知った声に話しかけられる。
声の主がわかっていたセオフィラスは振り返りもせずそのまま部屋に入って行った。声をかけてきた少年もまた一緒に入室してくる。
「来ていたのか」
「そりゃあ、僕達は未来の護衛ですからね。殿下専属の」
「はぁ……その話し方はやめてくれ。私たちだけの時はしない約束だろう?」
さらにもう一人の声の主にチラッと目をやり、セオフィラスは大きめのため息を吐いた。
そう、この二人はセオフィラスの幼馴染であるジェイルとフィンレイだ。彼らは将来専属の護衛となるため、今日のように近場に出かける時は付いてくることが多かった。
「ししっ、んじゃ、そうするわ」
「僕もー」
セオフィラスの言葉を受け、これまで畏まっていた二人はわかりやすく脱力した。セオフィラスの自室だというのに、我が部屋のようにソファーで寛ぎだすほどに。
そんな姿を見てセオフィラスは再びため息を吐いたが、今度は口元に笑みを浮かべている。これはいつもの光景なのだ。
「けどさ、レセリカ嬢ってすっげぇ美人だけど本当に無表情なんだな。何考えてるかわかんないっつーか」
ジェイルが焦げ茶の髪を掻き上げながらソファーに座って足を組んでいる。長身で体格もいい彼は凛々しい顔立ちをしており、将来は女性にモテそうな雰囲気が漂っている。
見た目通りのやや大雑把な性格で、剣の腕だけでなく体術も習得している将来有望な少年である。
「すごい令嬢になるだろうことはわかりますけどねー。ちょっと怖そうですよね、彼女」
フィンレイは細身で、淡い金髪をサラリと揺らす儚げな印象を与える少年である。しかし見た目の割にかなり筋肉質で、頭が切れる曲者だ。普段はおっとりとしているが、有事の際はその切れ長の目が鋭くなり、かなり攻撃的になる。
「フロックハート家のラティーシャ嬢は可愛いって感じが前面に出てるよな。ああいうタイプは令嬢っぽくていいよなぁ」
「お前の好みなんかどうでもいいんですよ、ジェイル。っていうか、女の子はみんな可愛いって言うくせに」
「好みの話なんかしてねーじゃん。ただ、レセリカ嬢は美人系、ラティーシャ嬢は可愛い系ってだけの話だろ」
好き勝手に話し始めるジェイルにフィンレイ。いつもは気にせず流すところだが、話題がレセリカのことだったためセオフィラスは口を挟んだ。
「……わからないのか?」
不機嫌そうに吐き捨てるセオフィラスに、首を傾げるのは二人の方である。なにが? と口々に言う彼らに少々苛立ったセオフィラスは、フイッと顔を背けながら呟く。本音を隠そうともせず曝け出す態度も、この二人の前だからこそ。
「レセリカは可愛いよ」
その言葉を聞いて一瞬その動きを停止させた二人は、ゆっくりと互いに顔を見合わせた。
「わからないなら、そのままでいてくれていいよ。私だけが知っていれば、それでいい」
自分の机に座り、本を取り出したセオフィラスはそのまま本に視線を落としながら話す。ここまで言われては、二人も察せるというものだ。
セオフィラスの人間嫌いはこの二人も承知の上。正直なところ心配していたのだ。完璧だと言われてはいるが無表情で怖い印象のあるレセリカが婚約者であると聞いて、うまくやれるのかと。
今日のデートではいい雰囲気だったと思ったが、遠目では様子までわからない。だからこうして探りを入れたわけだが、思っていた以上の結果を聞けて二人のニヤニヤは止まらなくなっている。
「……なんだよ、ニヤニヤして気持ち悪いな。用がないなら鍛錬でもして来たら」
セオフィラスは二人がなぜニヤけているのかはわからなかったが、なんとなく気に食わなかったので半眼で二人を睨みつける。
言われた二人は揃って肩をすくめ、同時に立ち上がった。
「おーおー、そうさせてもらうわ」
「この部屋はなんだか暑いですしねー」
意外にもあっさりと退室していった二人の背を、セオフィラスは不思議そうに見送る。
「……? 適温だと思うけれど」
王太子セオフィラスは、少々鈍いところがあるようだ。
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