Frienders

鈴木真二

第1話 圭樹(ケイジュ)

 「東京に行ったらさ、電車には気を付けろよ。満員だと酸欠になることがあるんだぜ」

 そんなことを教えてくれたのは誰だったっけ?

 ぼくは別に電車で通学とかしないからそんな東京あるあるなんてどうでもよかったんだけど、それってどうやら電車の中だけじゃなかったみたいだよ。


 僕は前方が見えないほど混雑する人ごみの中で、必死になって前に進すみながらそんなことを考えていた。本当に息が詰まりそうだ。まるで産卵期に川を遡上する鮭になったような気分にもなる。

 ここは秋葉原と並ぶアニメオタクの聖地。JR中野駅前のブロードウェイ商店街の3階。2階から4階まで「まんだらけ」だらけ。つまりこの人の群れはみんな同じ目的で集まってきている。外国人やカラフルなTシャツにリュックサックをを背負った秋葉スタイルが多い。ぼくの田舎にある郊外のイオンとはわけが違うこの光景。

 手の届かなかった憧れの街。田舎育ちのぼくにとってのこの絶景。

 だけど浮かれ気分で韻を踏む僕にこの街はあまり優しくはなかった。


「おい。そこの少年、ちょっと待てや!」


 後ろから肩を掴まれた僕は足を止めて恐るおそる振り返えってみる。

 うわっ最悪。こんな都会でもクマが出没!酸欠よりもずっと奇抜!

 自然に袋を握る手に力が入る。中には買ったばかりのドラクエが入っている。

 僕の左肩を掴んだ相手の右手からはどう考えても友好条約を結ぼうとする意志は感じられない。

 頭ひとつ高くて金色の髪の毛をしていても、僕には川の流れをものともせずにザブザブと入ってきて一撃で鮭を仕留める熊にしか見えない。

「ぼ、僕に何か用ですか?」

「あぁん、僕に何か用ですか、だぁ」

 どっから見ても中学生にしか見えない少年は僕の前で大袈裟にその金髪を掻きむしった。

 

 僕の名前は村上貴之。12歳。

 

 あぁ何てことだ。この街に引っ越してきてからの平穏だった僕の2週間が、燃え上がるようなフォントスタイルの洗礼という2文字によって燃やされようとしている。

 春休みの間にこの街に引っ越して来てから1週間後に学校の始業式があって、僕は晴れて中野区立桃園第二小学校で6年生になった。だから新学期を迎えてまだ1週間しかたっていない。

 たったの1週間のあいだに友達を作れるほど僕は社交的じゃない。いや例え友達を作るスキルがあったとしても僕はきっと、そんなスキルはオフにして今日を迎えたに違いない。何て言ったって今日は待ちに待ったドラクエ**の発売日なんだから。

 普通なら小6で慣れ親しんだ学校を転校するなんて有り得ない話だけど、東京の中野区だったら発売当日に手に入れることが可能になる。それが僕が転校を前向きに考えた唯一の理由だった。

 言い訳をしたいわけじゃないけど、つまり僕はこの街に来たばかりだからまだ友達がいない。当然この暴力的な洗礼から僕のことを救ってくれる救世主が現れる可能性は限りなくゼロに近い。

 

 まるでそんな僕を見透かしているかのように金髪君の口角が笑っている。 

細い眉毛は吊り上げたまま固定されて僕にロックオン状態。薬指の銀の指輪が暴力的な輝きを放っているのが視界の隅に入る。

「俺はな、そこの店の中でお前に足を踏まれて、このざまなんだよっ!」

 金髪君は半ズボン姿で長い足をガニ股しにてこれまた大袈裟な感じでびっこを引きながら僕の周りをサークルして見せる。不思議と金髪君の大袈裟なアピールは周囲の人ごみに接触しない。

 確かに混雑の度合いは店の中の方がひどかった。誰もが前の人の踵を突くように歩いていた。それでも僕は誰かの足を踏みつけたなんてことは断じてない。きっと何かの間違いだ。

 だけど本当のことを言ったら金髪君はもっと怒り出しそうだ。ぼくは謝ってこの場を切り抜けることにするのが最善と考える。これはあくまで波風を立てないための選択だ。

「ご、ごめんなさい。店の中が混んでいたからどうしようもなくて……」

「馬鹿野郎!」

 それまで見向きもしていなかった人ごみが一斉に僕らに注目する。それでも立ち止まっている僕と金髪君を避けて通り過ぎていく。みんな心が冷たいんじゃなくて面倒なことに巻き込まれたくないと思っているだけなんだ。

 他人の目を憚ることなくがなり立てるこの金髪君と対峙したら誰だってそう思うのは仕方のないことだ。ぼくだって絶対に同じことをしている。

「お前が俺の足を踏んずけてくれたお陰でよ、俺が買おうと思ってたゲームソフトはタッチの差で売り切れちまったよ!しかもこれで骨にヒビでも入ってたらどうしてくれんだよ!それをお前は『ごめんなさい』で済ませて家に帰ってそのドラクエで遊ぼうって腹か?あぁ俺のことをこんなにしてよっ!」

「……そ、そんなこと言われたって……」

 金髪君は僕との距離を更に詰めてくると、ぼくの両肩を掴んで耳に顔を近づけて言った。

「ゴメンナサイ、なんて要らねえんだよ。足の治療代を寄こせ」

「えっ!?、そんなお金なんて持ってないよぼく」

 ぼくのポケットにはあと500円だけ入っている。これはこのあとワンピースの最新刊を買うために取っていたお金だ。

 すると金髪君はおもむろにぼくの肩に腕を回して歩き出した。きっと端から見たらぼくとこの金髪君は仲のいい友達にしか見えないだろう。金髪君は尚も大袈裟にびっこを引いて歩いている。だけどその足取りは力強い。

「ならよぉ、そのゲームソフトで勘弁してやるよ」

 あぁなるほど、この金髪君は最初から僕のゲームソフトが目的だったんだ。骨折なんて絶対にでっち上げだ。心のどこかでそうじゃないかと思っていたけど、そんなの冗談じゃない。

 ぼくがこのソフトを買うためにどれだけ節約してきたと思っているんだ。今年の正月のお年玉だって全部入っているんだ。これだけは絶対に渡さない。

「そ、そんなこれだけは……」

「これだけは。じゃねえだろ、泣きごと言ってんじゃねえよ、自分が悪いんだろうが、お前ゴメンナサイって言ったよな!」

 なぜか、ぼくが金髪君の足の骨を折って、もう謝ったことになっている。えっこれってそう言うことなの。

 ぼくが連れて行かれた先はすぐ近くの階段の踊り場だった。ぼくは金髪君の右ひじに自分の胸の真ん中を串刺しにされる。尖ったひじに段々と体重が乗ってきて、胸の痛みがジワジワと重くなっていく。気が付くとぼくのドラクエが入っている袋に金髪君の手が掛かっていた。諦めて力を抜いたらあっと言う間に持っていかれそうだ。

 金髪君はもうこのドラクエは自分の物だと言わんばかりの笑みを浮かべている。

 ぼくは痛いのと悔しいので涙が出そうになった。


「圭樹、何やってんだよ!」


 そのとき救世主が現れた。

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