安心安全な食事を楽しもう
清見こうじ
緊急対応宣言発令中!
『おはよう。調子どうだい?』
「おはようございます。うーん、なかなか難しいですね」
ディスプレイ越しに先輩と朝の挨拶を交わし、リモートでの打ち合わせが始まった。
未知のウイルス感染拡大により、世界は未曾有の危機に見舞われていた。
外出もままならず、仕事は不要不急以外は在宅でのリモート対応になった。
とはいえ、正直、朝や昼日中出歩くのは苦手だったので在宅ワークはありがたかったし、元々インドア派でステイホームも苦にはならなかった。
ただ、ひとつ問題があった。
「そういえば、食事どうしてます?」
『何とか確保してるよ。女房の田舎は、交通の便はイマイチだけど、自然も多いし、食材には困らないからね。こっちはあんまり感染広がっていないし』
越境禁止になる前に田舎に引っ越した職場の先輩は、血色のよい顔で笑った。
「タッチの差でしたよね。まさか、県を越えての行き来が禁止されるなんて。まあ、もっとも僕には居候のあてもないですけどね。でも、いいなあ」
感染拡大により、一番困ったのが、安全な食の確保だった。一人暮らしで外食に頼っていたので、近隣で感染リスクが高くなったことの影響が大きい。
「出歩くのも嫌だけど、デリバリーもなんか怖いし」
『まあ、もう少ししたら、新鮮な食材、宅配便で送ってやるよ』
先輩の温かい心遣いに期待しながら、しばらく日数が過ぎて。
さすがに新鮮な食事に飢えてきた、その頃。
ピンポーン。
『宅配便でーす。なまものです』
「はいはーい。あ、体温体調大丈夫ですか?」
『はい。週一検査受けてます。あ、マスクしてくださいね』
感染拡大を食い止めるため、つい先頃、国の方針によって接客や対面が伴う職種の定期検査が義務づけられた。宅配業者も例外でなく、配達員は陰性証明書を持って配達に回り、要求があれば証明書の提示をすることになった。
配達員の答えを聞いて、安心してドアを開ける。
ガチャッ。
「お待たせしました」
「はい、判子かサインお願いいたします」
重そうな段ボール箱を床に起き、配達員は顔を上げた。
……声から、若い人だと思っていたけど、かなり若い。そして可愛い。
つやつやの頬っぺたは血色も良く、唇もぷっくりして、健康そう。
荷物を運んで暑いのか、第一ボタンを外した襟元から伸びた首筋のラインが扇情的だった。
(ヤバい、欲求不満で、ムラムラしてきた……)
「あの、判子……大丈夫ですか? 顔色悪いですけど……」
「いや、ははは……」
(がっついてはイカン! が、かまん……)
力を入れたら、逆にクラっとしてきた。
「え?! ちょっと、しっかりしてください!」
(いや、もう無理!)
「え? いや、何するんですか!? やめっ……!」
僕は、我慢できずその首筋にしがみつき……。
(……スミマセン、つい)
「……ごちそうさまでした」
「はあ、ありがとうございます」
若くて可愛い配達員は、少し青白い顔をして、判子を押した伝票を持って帰っていった。
(久しぶりだったけど、大丈夫かな?)
記憶消失の催眠は自動でかかるはずだし。
「出血もしてなかったから、大丈夫だよね?」
ここのところ外食出来なくて、鮮度のよい食事はお預けだったから、ついガツガツしてしまった。
おかげで欲求不満は解消されて、肌もツヤツヤだけど。
「若くて元気そうだから、ごはん食べればすぐ元に戻るだろうし……あーあ、今までは、それだけが基準で良かったのに」
吸血鬼に血を吸われたら吸血鬼になるとか、迷信だし。
牙立てちゃうけど、血管も皮膚も、吸血鬼の唾液ですぐ治癒するし。
一食食べればすぐ元気になる若い食材だけ選んで、平和的に外食してきたのに。
「最近のウイルスは不老不死の吸血鬼にも感染するなんて、世も末だよ……」
ブツブツ言いながら、宅配された、ひんやりした荷物を開封する。
「あれ? もしかして、こっちが先輩の送ってくれた食材?」
真空パック詰めの、新鮮な血液の詰め合わせチルド便。
「固まらないように抗凝固剤入りか……味落ちるんだよね。まあ、仕方ないなあ」
勘違いとはいえ、感染リスクの低い、新鮮な食材も美味しくいただけたことだし。
検査を義務化してくれた、国の方針さまさまだなぁ。
不特定多数の外食はまだ不安だけど、検査済みのデリバリーはちょっと安心出来るし、今度利用してみよう。
また、若い人だといいなあ。
こんな世の中だし、安心安全な食事を楽しみたいしね。
**********************
というか、先輩は、あの食材(箱の中身の方)、どこで調達したんでしょうね……
安心安全な食事を楽しもう 清見こうじ @nikoutako
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