ヤンデレ幼なじみにストーキングされ、既成事実を作られながら、自分の感じるものを恐怖だと偽って淡い恋心を押し殺す少年の話

エテンジオール

第1話

 確率には偏りが生じる。10個のサイコロを投げても目の和は35にならないし、そのくせして前後1はよく出て、20なんてレアものもたまに出る。




 世界がもし正常に回っていれば、確率論がちゃんと数値通りの偏りをしていれば、世の中にある“不幸な事故”の多くは回避できるだろう。普通に考えて、常識的に考えて、科学的に考えて当然であるものを選ぶだけで、結果が出るのであれば。




 すくなくとも、サイコロを適当に10個転がして、35が出たらお風呂を上がろうと決めて、10分以上湯船から出られないなんて悲劇は起きなくなる。





 確率は偏る。本来偏らないはずの、そんな理屈を嘲笑いながら、偏る。

 2.66%の確率でしか起こらない確率は、当然のようにもっと可能性の高い確率よりも優先して起こる。




 これが、確率論の偏りだ。このことから分かることは、世界は必ずしも可能性だけに支配されているわけでは無いということ。特に、実際に起きた事象を観測するのであれば、あらゆる可能性はひとつに集約する。


 コインを10回投げる時のそれぞれの可能性が、だいたい千分の一ずつだったとしても、それが既に観測済みの過去であれば、事実としては一分の一だ。








 要約すると、世界は必ずしも正しく偏るわけではない。どれほど起こりにくい現象であれど、未来から見たら起きる確率は100%ということ。







 面倒なので簡単にまとめると、僕が今生きているこの世界は、ほかの世界とは違ったとしても間違いなく“合理性”が保たれている世界ということだ。事実として存在している以上、一分の一、そこに存在するのが当たり前なレベルの世界だということだ。



 たとえそれが、どれほど奇異なものであったとしても、確率の偏りによって生まれたこの世界は、間違いなく存在する世界なのだ。












 この世界で生きていく上で、ひとつ忘れてはならないルールがある。分子が存在するだけで引力的な相互作用を働くというファンデルワールス力( van der Waals force)と、そのことから着想を得た、ヤンデレ達が互いに、望む望まざるをともかくとして惹かれ合う、また、一度くっついたヤンデレは離れにくいという傾向を示したヤンデルワールス力( yan der Waals force)だ。




 当然、と言っていいのかは分からないが、ファンデルワールス力には法則的な根拠があるのに対して、ヤンデルワールス力に関してはただの経験則である。こういう条件の時にこういうことが起こりやすいよね、という程度のものだ。







 言わば、マーフィーの法則のようなものだ。


 普通に考えれば、カーペットの値段は関係なく、トーストはバターを塗った面が落ちやすくなる。バターという要素が加わることで重心に変化が起きるのだが、……これは今はいい。


 オマケに、経験則的に提唱できるものとしてジュースやカ〇ピスなどを入れたコップは水しか入れていないコップよりもこぼしにくいことから、カル〇スにおける逆マーフィーの法則を挙げたいのだが、これも今回はあまり関係ないので割愛しよう。









 ところどころ脱線してしまったが、大事なことは一つだけ。




 この世界は、“病み”が惹かれ合う運命にある世界なのだ。確率論の偏りによって、そうであることが当然とされた世界なのだ。


 コインを1万回投げて、全部表が出たら、“コイントスの結果はほぼ間違いなく表になる”という法則を作れてしまうような世界。



 この世界に存在する以上、“病み”同士は惹かれ合うし、一度繋がった“病み”はいつまでもしつこく、しつこく、しつこく付きまとってくる。






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 そんな世界に生まれ落ちて、きっと何かしらのカルマを負いし運命にある僕は、自分の意思と関係なく変わった人、世間逸般せけんいっぱんで言うヤンデレに好かれる星に導かれているらしい。





「忠くん??……まだ起きないのかな??そろそろ起きなきゃ遅刻しちゃう時間だよ??」



 鍵がかけられていない自室の窓から不法侵入を果たしておいて、一切反省の意を見せないお隣さんの幼なじみ、熊谷くまがいまいは、一回ボタンを押したら黙り込んでしまう目覚まし時計とは比べ物にならない優秀さを示しつつ、僕を起こす。


 本当はデッドラインの時間に一つだけ音が違うアラームをかけているので、起こされなくても大丈夫だし、まだ多少時間が余っているタイミングではあるのだが、舞の気持ちや、ほとんど聞いたことの無いアラームだけで起きれるのかという素直な疑問もあり、これよりあとの時間になることは無かった。





「……おはよう、舞。今日も起こしてくれてありがとう」


 相手がはんばストーカーのキチガイであっても、礼節は大切にしなくてはならない。人としての最低限のマナーとしての要素もあるが、どちらかと言うと雑に扱いすぎるとヤンデレ彼ら彼女らはどんな行動をとるか分からないからでもある。




「えへへ……どういたしまして!お母様が朝ごはんの準備してるから、急いで支度した方がいいよ?」






 ニコニコ笑いながら、当然のように我が家のスケジュールを把握している幼なじみ。最低限受け入れざるを得ないものの、ストーカーに過ぎないお隣さんにわざわざ教えているわけもないので、盗聴器なりなんなりで勝手に調べたのだろう。


 まるで家族の一員かのような言動の舞は恐怖の対象でしかないが、本人にとっては既に家族なのだろう。そのことを考えれば恐怖もひとしおだ。




 とりあえず先に向かってくれと伝えて、パジャマから着替える。どうせ盗撮されているのだから、目の前で着替えても余り変わらない気がするが、触手のような目つきで直接視姦されるのはどうしても嫌だった。


 着替えて、リビングに向かうとそこにいるのはニコニコ顔の舞と、諦めた表情で新聞を読む父、舞の行動を監視している母。


「父さん、母さん、おはよう」



 挨拶をなげかけ、返ってくる。4人がけテーブルの残った席に座ると、一セットの朝食が残っていた。


 ベーコンエッグを味噌汁で流し込む。


 それを見て、ようやく母は舞の監視を辞める。目を離した隙に朝食に異物混入されることがあるので、僕の食事の前はだいたいこんな感じだ。



 家に他人がいることを嫌がる父に気を使って早めに家を出る。



「行ってきまーすっ!」



 自分の家じゃないのに、僕よりも家族らしい声の舞の言葉に追従するように行ってきますを言い、一緒に通学路を歩く。




 伝えていなかったはずなのに、当然のように僕の希望進路を把握して、それを合わせた選択をされたおかげで、僕と舞の通う高校は同じだった。


 幸い、と言っていいのか、さすがにクラス分けには介入できなかったらしく、別のクラスではあるのだが、毎回休み時間の度にうちのクラスまで押しかけてくるので、安寧という意味では大して変わらなかったりする。


 そもそも、病弱でいつも入院している妹の椅子に、当然のように座っているようなストーカーに対して、理性的な振る舞いなど期待することも出来ないのだから、これに関してはわかりきっていたことだ。







 そのまま舞と他愛もない話をして、登校中の暇を潰す。いつも通りの接待。舞自身は楽しそうに振舞っているので、理想から大きくズレている訳では無いのだろう。


 これまで何度も繰り返してきたものとほぼ同じ会話を重ねて、問題がないらしいことを確認してそれを続ける。








 正直なところ、あまりにもストーカー気質が過ぎることや、思い込みが激しすぎることを除けば、僕自身の感覚としては、ありよりのありなのはここだけの話だ。僕の毎日の起床時間に合わせて起こしてくれるし、混入物のことを気にしなければ、毎食用意もしてくれるだろう。浮気なんかに手を染める可能性だって、無いに等しい。



 そう考えると、舞は本当に、僕にとって都合のいい存在だ。




五戸いつと熊谷くまがい、今日も相変わらず仲良さそうだな!」


 部活動のあるクラスメイトとすれ違い、そんな言葉を言われる。


「彼女さん、大切にしてやれよ〜!」


 別クラスの友人が、すれ違い際にそんなことを言って去っていく。






 周りからのものを見た時、既に僕と舞は付き合っているのだろう。舞の言動からしても、それは仕方がない。



 それに、なんだかんだで僕は舞のことが嫌いではないし、どちらかと言えば好ましく思っている。





 だから、お付き合いすること自体は大して抵抗がないのだ。多少怖くても、確実な愛がそこにあるのであれば、最終的に添い遂げることは受け入れられるし、なんなら積極的に望みさえする。





 けれど、この世界においてヤンデレなどの“病み”との関係は、そんなに分かりやすく、単純なものでは無いのだ。



 経験則として認められている、“病み”の集まり方は、僕のような対象者が抱いている“病み”への好意に比例して、負の相関性を示している。





 だから、僕は舞が僕のことを愛してくれていることを喜んではいけないのだ。傾向とか、そんなものは関係なく、僕が初めて恋をした相手である舞のことを好きになってしまえば、その様子を見せれば舞は僕への感情を冷めさせるだろう。



 吸着が温度の低い方が進行しやすいように、“病み”の集まり方もその法則の影響下に収まる。“病み”を嫌っていれば嫌っているほど寄ってきて、“病み”を求めれば求めるほど遠ざかる。



 好きになったら、それをおおっぴろげにしたら終わってしまう関係だから、僕は舞を好きになってはいけない。




「えへへ、彼女さんだって。何回も言われてる事だけど、やっぱり照れちゃうね」




 そっと僕の手を握り、はにかむ少女。その表情を見ながら、僕は胸の内にある暖かい感情を必死に殺していた。

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