アウトサイド ヒーローズ
そらまめ
第1話 アウトサイド ヒーロー
ライジング : ヒーロー オブ ナカツガワ
ーー木曽路はすべて、山の中である。
旧文明の文人が書き記してから、幾世紀が過ぎただろうか。
かつて疫病が広まり、多くの人々が倒れた。病苦から人類を救うと期待された特効薬までも、更に多くの人々を苦しめた。国々は境を閉ざし、閉塞は停滞を、そして不平等と憎悪を生み、ついに世界を戦禍が焼いた。
戦火は容赦なく、ひとつ、またひとつと国々を呑み込んでいった。やがて火が燃え尽きると、国々はことごとく灰と化し、山河も、人も獣も大きく傷つけられ、歪められた。文明の礎は、焼け跡の中に突き崩された。
ーー今や木曽路はすべて、山の中に眠っている。
生き残った人々は去り、村々は荒れ果てた。かつては多くの車が行き交った幹線道路も崩れ落ち、森の中にオールド・チュウオー・ラインの遺構が横たわるのみとなっている。
夜明けの薄暗がりの中、二つの影が瓦礫の道を駆け抜けていた。先を行くのは大量の荷物をくくりつけた、傷だらけの大型バイク。小石をはね飛ばし、大きなコンクリート片を乗り越えながら、速度を落とさずに突き進んでいる。
すぐ後ろにつくのは、ワゴン車ほどはあろうかという四つ足の獣だった。姿は熊に似るが、顔や腕など、黒い体表の至るところから赤みがかった琥珀色の棘が突きだしていた。丸太のような前肢と、短いが更に太くたくましい後ろ脚を跳ね上げ、大小の瓦礫をかき分けるようにしてバイクに追いすがっている。両目は爛々と輝き、走りながら二条の光の線を描くよう。黄ばんだ牙を剥き出して、涎をだらだらと流している。獣は空腹に苛まれながら長い冬を越し、ねぐらから這い出てきたばかりだった。
瓦礫の道は山の等高線をなぞるように、谷沿いに敷かれている。山が険しくなり、傾斜する道を登っていくにつれて、谷底も遠ざかっていく。バイクの男はアクセルを引き絞り、車体にしがみつくようにして走り続けるが、大熊を引き離すことはできなかった。
道の先が消えたように見えなくなる。峠に差し掛かったのだ。男はバイクを停め、背負っていた小銃を構えた。追い付いてきた獣が後ろ脚で立ち上がると、すぐさま引き金を引く。
タタタ、と弾丸が続けざまに飛びだし、突き刺さるが熊は動じない。「“モンスター”と仇名される重度変異獣をも屠る」という宣伝文句を頼りに買った弾丸も、実際の化け物には豆鉄砲の役にも立たなかった。 男は口汚く罵りながら、銃を放り捨てた。
巨獣は銃撃が止んだと見るや、両腕を大きく振り上げて吠えたてた。男は荷物の中からロケットランチャーを取り出すと、素早く安全装置を外して身構える。そして突っ込んできた獣の顔面に撃ち込んだ。
至近距離でロケット弾が直撃しても尚、大熊の勢いはそがれなかった。しかし弾着の衝撃を受けた上に右目は潰れ、顔中を破片に切り裂かれて、突撃の狙いは僅かに外れていた。男はロケットを撃った衝撃でバイクごと倒れた。獣は男の頭上を突っ切り、道の外に飛び出した。
巨体は小さくなりながら吸い込まれるように谷底に落ちていく。やがて暗闇の中に見えなくなり、どぷんと水音が響いた。
男はすぐに起き上がり、バイクを立て直してエンジンをふかした。後ろも振り向かずに峠を駆け降りて、旧街道の奥へと向かっていった。
瓦礫の道、オールド・チュウオー・ラインは山に沿い、山を越え、時に山に押し潰されながらも、木曽路の奥へと伸びてゆく。しかし防壁に囲まれ、文明の灯を守る町は、ナカツガワ・コロニーから先には残っていなかった。
大熊をやり過ごした後、男はひたすら東に向かってバイクを走らせ続けた。この町の門にたどり着いた頃には、昇った陽も山際に沈みかけ、空を濃紺と橙色に染め分けていた。
正門の詰所でバイクを降り、荷物を置くと、男は手ぶらで町の中に入った。広い通りを数分歩くと、町唯一の酒場“白峰酒造”に行き着いた。旧文明期においても“歴史的建築物”と呼ばれていたであろう瓦葺き木造の店構えに、丸に“白”の字が染め抜かれた暖簾がかけられている。
男は暖簾をくぐって引き戸を開けた。煙草と合成燃料の煙が、肉の脂と酒の匂いが、笑い声や調子外れの歌、それを野次る声が溢れだしてくる。店の中に足を踏み入れると、人々は静まり返って男を見た。
青い肌に橙色の斑模様が浮かんでいる女給が、三つ目や四つ目の中年男たちが、白い綿毛に覆われた老夫婦が、蜥蜴様の三角頭をした若者が、その外ありとあらゆる姿をした“ミュータント”、突然変異者たちが、じっと男を見ている。“真人間”などは1人もいない。
ここは異形たちの町。狂暴に変異した自然から文明を守る最前線にして、平穏と正常を取り繕う人々から追いやられ、居場所をなくした者たちが住み着く町、ナカツガワ・コロニー。
擦りきれたライダースーツを着た男は、酒場の客たちの視線を受けながら、まっすぐ店の中を歩いていった。店の外観とは異なり、カジュアルなバー風にしつらえた酒場の奥にあるカウンターでは、額に二本の角を生やした恰幅のよい壮年男性がグラスを磨いていた。男がカウンターの前で立ち止まると、酒場のマスターもグラスを置いた。
「この店に“真人間”の客が来るとはな。連絡は来てないが、見張りは寝てたのか?」
「『今は忙しいから、直接酒場のマスターに会って話をしてくれ』って言われたよ。荷物は全部預けてボディチェックも受けてきた。財布以外は何も持ってない」
旅人が両手を上げて見せると、マスターは舌打ちして、「俺に入管までやらせやがって」と愚痴をこぼしながら、タブレット端末を取り出した。
「名前と歳は?」
「レンジ、名字はない。29歳だ」
マスターはタブレットでレンジの顔写真を撮ってから、質問を続けた。
「この町に来た目的は何だ、観光か? まさか“酒場に泊まりたい”なんて言うんじゃないだろうな」
“酒場に泊まる”というのはミュータントバーで、“店の女給を一晩買う”ことをさす隠語だった。客からの視線に刺々しいものを感じながら、レンジはマスターを見ていた。
「違う」
「じゃあ、何のためにこんな町に来た」
今や店内の客たちは皆、レンジとマスターのやりとりを見守っていた。
「イミグレーションだ。この町に移住するために来た」
客たちは大きくざわめき、さざ波のようにひそひそと話し合っている。
「真人間が! この町にお引っ越しとはな! 何十年ぶりだ一体?」
マスターはそう言って大げさに笑ったが、レンジは笑わなかった。
「わかった。これまで重度ミュータントや、ジャンキーに前科者も受け入れてきたんだ。今さら“真人間”だからって追い出すのは筋が通らんな」
マスターはレンジに、カウンター席に掛けるように促した。
「ありがとう」
透き通った水が入ったグラスをレンジの前に置くと、マスターは「さて」と言って話を始めた。
「この町に住みたいならば、守ってもらうべきことがいくつかある。まずは……」
そう言いかけた時、カウンターの上の通信機がけたたましい音をたてた。マスターが機械のスイッチを入れると呼び出し音は止み、代わりにザリザリとした小さなノイズが流れ始めた。やがて砂嵐の向こうから、若い男性の声が聞こえてきた。
「タチバナさん、こちら正門だ」
「ゲンか、この野郎仕事放っぽり出しやがって」
タチバナは怒鳴るが、ゲンと呼ばれた男は話し続けた。
「すまないタチバナさん、緊急事態だ。オニクマが町に向かってる。よく見るのよりも2回りくらいでかくて、傷だらけで片目が潰れてる。相当気が立ってて、見るからにヤバい」
すぐにタチバナも声の調子を切り替える。
「わかった。警備部と猟友会を向かわせろ。とにかく町から引き離すんだ」
通信機越しに指示を飛ばした後、タチバナは客たちに呼び掛けた。
「話は聞いてもらった通りだ。大物が出た。野郎共は正門の守りを固めて欲しい。女子どもと老人衆はシェルターに入れ。アオはアナウンス頼む。レンジはそこで待ってろ」
青肌の女店員がカウンター横に備え付けられたマイクを使って避難誘導のアナウンスを始めると、客たちは慣れた様子で列をつくり、素早く酒場から去っていった。
後にはタチバナとレンジ、アオと呼ばれた店員が残された。アナウンスを終えたアオが、食器や酒瓶が残された店内を片付け始める。
「レンジ、話の続きだ。この町に住みたいならば、町を守らなきゃならん。動ける奴は得物を持って前に出る。モンスターともやり合うんだ。わかったらさっさと武器を持って、正門に行くんだな」
レンジはぐいとグラスを空けて立ち上がった。
「わかった。けどここに来る途中で銃を落としてしまって、他に武器も持ってないんだ。何か使えるものを売ってくれないか」
「銃や弾は売れんぞ。真人間の業者は出入りしないし、使う奴は自力で用意するからな。だがまあ、真人間にしか使えん物はあるか……」
そう言ってタチバナは、カウンターの下から掌ほどの大きさをした鈍く輝く銀色の箱を取り出した。カードケースに似た扁平した直方体で、中央には大きなレバーが付いている。手に持つと見た目以上にずしりと重い。
「何ですかこれ」
「旧文明のショッピングセンター跡から見つかった、ヒーローショーのための小道具だ」
「ヒーローショー」
レンジは胡散臭いものを見るように眉根を寄せた。
「旧文明の当時物で、ショーだと言ってもバカにできない性能らしいんだがな。きついプロテクトがかかってて、ミュータントは使えないんだ」
「まさか武器って、これですか?」
撮影用ドローンの準備を始めたタチバナに、レンジは恐る恐る尋ねる。
「おう。他に武器もないし、お前やってみろ」
事も無げにタチバナが答えた。時間がない、他に選択肢がないことは、レンジにもわかっていた。片目が潰れたオニクマ、と聞いて心当たりもあった。あんな怪物と丸腰でやり合うなんて御免だ。
「どうやって使うんです?」
「そいつをへその下辺りに着けろ」
ライダースーツの上から、へその下ーー丹田の辺りに箱を当てると、左右からベルトが飛び出して腰に巻きついた。レンジは驚いた声をあげるが、タチバナは気にせずに続ける。
「『変身』って言いながら、レバーを下まで降ろしきるんだ」
電源が入ったドローンが飛び上がり、レンジに焦点を合わせた。
「言わなきゃダメですか」
無言でレバーを降ろしてみるが、元の位置に戻ってくるだけで何も起こらなかった。
「言わなきゃダメみたいだな」
「畜生!」
レンジは自棄になって叫んだ。
「“変身”!」
がちゃりとレバーが降りきって、ベルトの下に固定される。
「『OK, let's get charging!』」
ベルトから音声が流れ、地を這うような太い低音と、稲妻を思わせる鋭いエレキギターの音が店の中を満たした。
「しゃべった!」
「『ONE!』」
力強いリズムに合わせて、ベルトがカウントを始める。
「言っただろう、ヒーローショーだって。声や音楽は気にすんな」
「やたら音質が良くないですか、ノリがよくて耳から離れないんですけど」
「『TWO!』」
「これ一台あれば、どこでもショーができたんだと。喜べ、旧文明の最終モデルだ」
「何だよ、このしょうもないハイテクは!」
「『THREE! ……Maximum!』」
レンジの体を黒色のボディスーツが覆っていく。その上からベルトと同色の鎧とヘルメットが形作られ、金色から鮮やかな青色へとグラデーションがかかったラインが走った。
「『"STRIKER RaiーDen", charged up!』」
「よし、変身できたな」
レンジは銀色の籠手をまとった自らの腕をまじまじと見たり、両掌を開いたり閉じたりしている。
「本当に変身しちゃったよ」
タチバナは新人ヒーローの肩をポンと叩いた。
「そのヒーローの名前は雷電というそうだ。さあ、正門でバイクを受け取って、村の奴らの応援に行くんだな」
ドローンにまとわりつかれながら慌てて酒場を出ていく雷電を、タチバナと店員が見送った。
「さて、うまくいくかね」
「かっこいい……」
「はぁ? あれがなぁ……」
正門前では既に鉈や農具、あるいは鉄パイプや角材を手にした人々が集まり、門を封鎖していた。オニクマがすぐそばまで近づいている。レンジは門の横にある詰所に駆け込んだ。
「守衛さん、タチバナさんからの許可は取った。バイクを持ってくよ」
通信機の前に座っていた、岩のような顔をした男が顔を上げる。
「レンジ君か、話は聞いていたよ。随分見違えたなぁ」
放り投げられたバイクの鍵を、レンジは片手で受け止めた。
「ありがとう」
「だけどレンジ君、オニクマはすぐそこまで来てるんだ。バイクはあまり役に立たないかもしれないよ」
「まずは町から遠ざければいいんだろう? きっと大丈夫。俺に考えがある」
雷電の乗ったバイクは詰所の通用口から、塁壁の外に飛び出した。人々に踏み固められた土の道を駆けると、オールド・チュウオー・ラインに入る出前で、人だかりのできた小山が迫ってくるのに行き当たった。
町に近づいていたのは、果たして今朝谷底に落ちていった大熊だった。暗闇の中でぼんやりと光る棘はところどころが欠け落ち、新たな棘が生えはじめている。顔の右半分は棘に被われ、眼は完全に塞がっていた。
熊はうなり声をあげながら後ろ足で立ち上がり、しがみつくミュータントたちを前肢で掻き分けながら、じりじりとコロニーに近づいていた。人垣の外から撃ち込まれる銃弾にも気に留めない。
雷電は大熊の横を走り抜けると坂道を駆け上がり、ヘッドライトを巨獣に浴びせかけた。
「来いよ熊野郎、今度は左目だ! “電光石火で、カタをつけるぜ!”」
オニクマは燃えるような左目でレンジを捉え、悲鳴に近い雄叫びをあげると、ミュータントたちには目もくれずに、瓦礫の道を走り去るバイクを追いかけた。
「オニクマを町から引き離せるとはな。何があったか知らんが、よくやった雷電」
ヘルメットの中からタチバナの声が聞こえてきた。
「今度は何なんです? 勝手に口が動いて決め台詞みたいなやつを言っちゃったんですけど」
「あれは“大見得”機能だな。AIがショーの流れを判断して、適切なタイミングで体を動かし、決め台詞を言わせるんだと」
「何でもありだな旧文明」
「ここまでは順調だが、これからどうする、何かあてはあるのか?」
レンジはミラーを見る。琥珀色の光をまとう黒い影が迫っていた。
「近くに遺跡がありましたよね。そこまで誘導しますよ」
「わかった。抜かるなよ」
通信が切れる。雷電は巨獣と付かず離れずの間合いを保ちながら、西へ西へとオールド・チュウオー・ラインにバイクを走らせた。
かつて、旧街道には一定の間隔を置いて、各地に休憩所が設けられた。行き交う人々の憩いの場は、今は遺跡となって面影を留めている。
雷電はバイクのヘッドライトとドローンの照明を頼りに、ナカツガワ・コロニーから数キロメートル先の休憩所跡にたどり着いた。建物は崩れ落ちていたが駐車場の跡地は残っており、森を四角く切り取っている。アスファルトはそこかしこに裂け目が入り、細い木や背の高い草が突きだしていた。中央には照明灯の柱が建っている。文明崩壊の後も太陽光発電によって廃墟を照らし続けていたが、ナカツガワ・コロニーの人々が部品を持ち去り、光を失って久しかった。
「タチバナさん、ここでやるよ」
雷電が駐車場跡地の隅にバイクを停めると、ドローンは高く飛び上がり、照明灯の上に停まった。森に囲まれた四角い駐車場が、リングのように照らし出される。
「そのスーツの性能からすると、1人で戦った方がやりやすいはずだ。けど、他の奴らも後ろに控えさせてるから、危ないと思ったらすぐ助けを呼ぶんだぞ」
「了解」
駐車場のゲート跡に、憎しみに燃える火の玉が迫っていた。琥珀色の燐光をまとった大熊は暗闇から飛び出してくると後ろ脚で立ち上がり、黒い影を落としながら、身構える雷電を見下ろした。
「タチバナさん、このヒーローの武器は何なんだ? 銃か、剣か……」
「そりゃお前、変身ヒーローの武器と言えばステゴロに決まってるだろう」
激しい息遣いだったオニクマが大音声で吼えると空気が震え、森の木々をざわめかせる。
「そんなの無理だって!」
獣が両腕を振り上げ、飛びつくように突進してきた。雷電が身をかわすと、丸太のような双腕が宙をつかむ。熊が続けざまに左腕を横に凪ぎ払うと、ヒーローは後ろに跳び退いた。レンジが予期するよりも軽々と体が動いている。
「避けてる! 生きてる!」
「そのスーツは着ているやつの身体能力を何倍にも高める機能がある。ビビらないで、ガンガンいけ」
オニクマは牙を剥き出すと、四つ足で突っ込んだ。雷電が横っ飛びして避けると、獣は瓦礫の山にぶつかり、前肢で突き崩した。
「あんなのには効かないって!」
「パワーアシストが付いてる。マニュアルの通りなら、モンスターだって殴り倒せるはずだ」
「その謳い文句は信用できないんですよ!」
オニクマは立ち上がり、身に降りかかった瓦礫が落ちるままになりながら雷電に向き直る。すぐさま両腕を振り上げて叩きつけた。
「見える!」
雷電は腰をおとして、大熊の懐に潜り込んだ。狙いは獣の死角、右腕の真下。オニクマが頭を下ろすのに合わせて拳を突きだすと、右目を被う棘に直撃した。
電光を走らせながら2発、3発と続けざまに拳を撃ち込む。棘の眼帯が砕け散り、獣の顔面から血が吹き出した。
「よし、いいぞ」
タチバナは喜んだが、雷電はすぐに後ろに跳び退いた。
「まだ来ます」
オニクマが苦痛に満ちた雄叫びをあげると、傷口から新たな棘が生え出した。より太く、より長く、より鋭く。鬼と呼ぶに相応しい風貌になると、アスファルトを踏み砕きながら雷電に襲いかかってきた。
牙の直撃をかわして殴りかかろうとするが、大熊はすぐさま右腕を振り回し、近付く隙を与えなかった。再び突っ込んでくる巨獣をかわしながら、雷電はヘルメット内の通信機に話しかけた。
「タチバナさん、もっと威力のある技とかはないのか?」
「あるにはある。けどバッテリーの都合で、確実に撃てるのは一発だけだ」
オニクマが腕を地面に叩きつけて大きく抉る。砂利のように細かく砕かれたアスファルトが舞い上がった。
「十分です。どうしたらいい?」
雷電は大きく間合いを取って身構えた。
「“サンダーストライク”って言いながら攻撃するんだと。パンチでもキックでもいい」
「それだけですか」
「そうだ」
「言わなきゃダメですか」
「そうだな」
ドローンから放たれる光が弱まりはじめた。暗い駐車場に、オニクマの棘がほの赤く光る。
「ドローンの充電がそろそろ限界だ。こちらからのフォローも長くは持たない」
「やってみますよ。“一撃で十分だ、決めるぜ!”……ああもう!」
“大見得”機能で決め台詞を言わされながら、雷電はオニクマに向かって駆け出した。
脚甲に閃光をまといながら右腕めがけて走る。獣が腕を振り下ろすと更に姿勢を低くして、滑り込むように左脇の下に潜り込んだ。巨獣がフェイントに気付いて向き直った時、雷電は上体を大きくひねり、拳を引き絞っていた。
「うぉぉ、“サンダーストライク”!」
雷電の全身に走ったラインが青白く輝いた。
「『Thunder Strike』」
ねじった体をバネにして右腕を振り抜く。電光を走らせた拳が、オニクマの正中線を捉え、胸に突き刺さった。
「『……Discharged!』」
巨獣の総身がびくり、と痙攣したかと思うと動かなくなった。雷電が拳を静かに引き抜くと、巨大なオニクマは地面を揺らしながら崩れ落ちた。
スーツのラインから光が消え、レンジもその場にへたりこんだ。
「やったな雷電、大手柄だ」
「もうこりごりですよ、こんな……」
声を弾ませ、躍りだしそうな勢いのタチバナにそう言い返すと、レンジは大の字になって仰向けに倒れた。
「バッチリ撮れてるからな、編集は任せておけ。明日の朝には、チビどもの人気者にしてやるぞ……」
疲労の限界を迎えたレンジは、うきうきと話すタチバナの声が遠くで聞こえるのを感じながら、意識を手放していた。
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