事故

『一体何を聞いてるの?』

「お前は俺の話を聞いてるか?」


 昼休みの屋上。彼に問いかけると、質問で返された。いや、答えてよ。


『消えろとかそういう奴? それなら無理。だって、あなたしか私の話を聞いてくれないんだもん。みんな私を無視するの。酷いよね』


 本当に酷い。今日も机にお花が置かれていたし……。

 ため息を吐くと、彼からの視線を感じる。見てみると、なぜか彼の表情は曇っており、少し悲しげに感じた。


『どうしたの?』

「…………なんでもねぇ」


 そう言う彼はその場から立ち上がり、屋上を出ていってしまった。


『な、なんなの……』


 わけも分からず、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。


 ☆


 夕暮れ、彼はまた同じルートを辿っている。

 いい加減飽きてきたなぁ。


 とりあえず気づかれないように後ろを歩いていると、途中で足を止めた。

 彼がいつもとは違うルートに行き始めたのだ。それは、ただのスーパー。


 なんだろう。とりあえず待ってようかなぁ。


 彼がスーパーに入ってから数分後、ビニール袋を片手に出てきた。

 ヘッドホンはしっかりと耳につけ、歩道橋へと向かう。そして、歩道橋の階段近くにあるお花辺りに、買ったものを置いた。何を置いたんだろう。

 そういえば、なんでこんなところに花が置かれているの? 


 そのあと、彼は手を合わせ目を閉じる。

 もしかして、彼の知り合いがここで事故にあったとか?


 そんな彼を見ていると、いきなり頭の中にノイズが流れ始める。


 頭が痛い。めまいが酷い。なんだ、急に。


 ジジッ──ジジッ──……


 トラック? 子供……? え、なにこれ。何この記憶。いや、記憶なの? ノイズに紛れ、何かが映る。

 なにこれ……。だ、だれ……? 私に手を伸ばしている人。藍色のヘッドホンに、見覚えが──……


「何してんだお前」

『っ。あ……』


 あれ、屋上以外で初めて、話しかけられた。


『え、いや、なんでも……』


 必死に返答していると、いつの間にか頭痛は無くなり、ノイズが消えていた。


「そうか」

『うん。だいじょっ──』


 大丈夫。そう言おうとした時、この辺りに大きな破裂音に似た音が鳴り響いた。


 咄嗟に道路の方に目を向けると、小さな女の子がボールを手に持って立っている。そこに、軽トラックが突っ込もうとしていた。


『っあぶない!!!!』

「な、おい!!」


 自然に体が動き、女の子へと走り出す。

 あともう少し。あともう少しで届く。


 手を伸ばし、女の子をだき抱えようとした。


 でも、その手は──女の子を抱えることが出来なかった。


『────え』


 驚いていると、彼が走ってきて私が抱えることの出来なかった女の子を抱える。そのままの勢いで反対側へと走り抜けた。

 驚いていた私は、道路の真ん中で動けず固まってしまう。そこに、軽トラックが突っ込んできて、私の体を──すり抜けた。


 女の子は無事に親元へと戻っていく。そして、彼の水色の瞳は、私を映した。


『…………どういうこと』

「…………はぁ。お前は一ヶ月前、この歩道橋で死んだんだよ」


 私が、死んだ?


『…………あぁ。そっか。死んだんだ、私』


 なぜか、その言葉だけで納得してしまった。

 彼の表情は苦痛に歪んでおり、バツが悪そうに私から視線を逸らす。

 周りは徐々に暗くなっていき、星が空へと浮かんできた。


 そういえば、私。道路に、出てしまった子供を追いかけて……。

 そこで、軽トラックにぶつかって、死んだんだ。


 みんな私を無視するのは、死んでしまっているから、見えないだけ。


 机にあったお花は、私への贈り物。


 歩道橋の花は、みんなが私の死を惜しんでくれている証拠だと──嬉しいなぁ。


『でも、それじゃなんで、あなたは私を見ることが出来るの? なんで、声が聞こえるの?』

「俺が、お前の一番近くにいたからだと思う。それに、このヘッドホンで繋がっていた可能性もあるな」


 ……あぁ。思い出した。確か、そのヘッドホンは、私がプレゼントしてあげたんだっけ。まだ、使ってくれていたんだ。忘れてたよ。


『そっか』

「あぁ」


 星空を見上げる。今日は、いつもより綺麗に星が広がっているように見える。

 キラキラと輝いている夜空を見上げていると、彼が歩道橋へと向かってしまった。


「来い」

『う、うん』


 そう言われたため、私は無言のまま、後ろを付いて行った。

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