ひびき

龍斗

向き不向き

 テンションノートは好きじゃない。あえて言えばセブンスまで。ストレートな気持ちを伝えるのならばトライアドとセブンスで十分なんだ。まぁ、気分でsus4やadd9を使うことはあるけれど。

 ドレミファソラシの七音。それによって構成される和音の三番目の音でメジャーかマイナーが決まる。

 1と3と5。

 キーはF♯メジャーにしよう。

 奏はキーボードを叩いてキーを設定して譜面の画面に切り替える。

 無機質な棒グラフのデスクトップミュージックソフトの画面が見慣れた五線譜に切り替わる。

 「あーやっぱりこっちの方が落ち着くわ」

 ふうっ、と息を吐く。ここまで30分以上。窓の外に目をやると、白い街灯が目に入る。その周りを羽虫が飛び回っていて、ヤモリが狙っていた。町内では、ちらつきが激しい街灯全部をLEDに変えるとか母が言ってたけど、いつになるやら。

 私は学校の帰りがけに思い付いたメロディーをもう一度口ずさんでみて、それをキーボードでもう一度弾いてみる。そして、頭の中になっていたフレーズと現実になる音のギャップに嫌気がさす。


 いつもそうだ。


 頭のなかの迷宮で鳴っていたフレーズは、現実に吐き出された瞬間、凡庸なものに成り下がる。小さくて可愛い親指姫が生まれ出てきた瞬間、不恰好な蛙に変わるように。また、ため息。

 めげずに弾いたフレーズをpcに打ち込んでみる。音色は単純なピアノにしてみた。余計に凡庸に聞こえた。しかし、ここで音色に気を取られてしまうと、堂々巡りが始まりフレーズの先が作れなくなってしまうことは経験済みだ。


 それでも。


 私は曲を作ることをやめない。最初は高校の入学祝いで買ってもらったノートpcだった。それに無償の音楽作成ツールがプリインストールされていて、そこで簡単な曲を作ることができた。パズルのピースをはめ込む要領で作成できるツールで、私はそれに没頭した。訳もわからずに触っていると思いもかけないリズムパターンやフレーズが作成されていたりする。その感覚は、あえて例えるならロールプレイングゲームのダンジョンで宝探しをする感覚にとても似ていた。

 私は、軽い気持ちで短くシンプルなインストナンバーをSNSに投稿した。すると意外なことに数は少ないけれど高評価が帰ってきた。これまで他人に褒められたことなど皆無だった私は、曲ができるたびに投稿を繰り返していたら、数少ないメッセージの中に「ヴォーカル入りのナンバーは作ったらどう?」と言うメッセージがあった。

 確かに私はそれまでも、ヴォーカル入りの曲を作りたい、と言う切望はあった。しかし、自分の声をpcに取り込むための、マイクも無ければ、そのデーターを変換するために必要なオーディオ・インターフェースも無い。

 思い立った私はpc内臓のマイクで自らの声を録音してみた。ここで私は絶望的な現実を突きつけられる事になる。

 

 私の声はヴォーカルには、全く不向きだったのだ。それこそ湿地でのたうつ蛙並みに。

 

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