第37話 - マナーバトル:第六王子ミゼル②

「お待ちください。むしろお伺いしたいのですが、ミゼル兄様は、クライン領になにがあるか、ご存知の上で、このお話を進めるのですか? ウィンブームと引き換えに、あんな火中の栗を拾っても、リスクしかないかと」

「ひゃははははははは! ご存知ですかだってぇ~? 当然、知ってるさ! クライン領に代々伝わる、素晴らしい薬草の畑のことだろう? あと、空いた土地に工場を建てることもできる。ウィンブームに引けを取らない、素晴らしい土地さ」

「ミゼル兄様、本音でお答えください。あれを無理やり奪って、貴方は一体、何を望むのです」

「いやいやいや! ガハハハハハ! キース様! むしろそれはこちらの台詞でしょう! なにやら先日、クライン領でこそこそと動いていたらしいではないですか? お尋ねしましょうか、あの土地には、何があるのです?」

「……いえ、私は、知りませんが」


 反撃に口ごもり、誤魔化すキース。相手がしらを切っている以上、自ら薬物ビジネスの秘密を打ち明けることはできない。

 が、その誤魔化しに反応するようにして、ガレンの傍で浮かぶ天使の周囲に、ぱっと一つの光輪が生まれ、ぐるぐると回り始めた。ガレンが、心底面白い、というように、笑う。


「キース様。嘘は、いけませんな。【嘘つき小僧の末路リトル・ボーイ】は、相手が嘘をつくと光輪カウンターを一つ獲得する、という能力でございます。ここは神聖なる【テーブル】でございます。どうか、本当のことを打ち明けてはくれないでしょうか」


 事前に相手の下調べをしていたキースは、ガレンの魔法の能力を把握していた。交渉の場において、とんでもなく厄介な能力である。

 クライン領に秘密があることを自ら証明してしまい、逆に追及を受けてしまう。嘘も露見されてしまうので、このまま全てを白状させられる流れになってしまったのだが。


「いえ、本当に……あの日は、クライン領の跡取り、ルイスが家出したというので、探しに行ったのですよ。秘密の隠れ家のようなところにいたので、探すのに苦労しました」


 薬物ビジネスの話ではなく、全く別の真実を述べて、難を逃れた。嘘はついていないので【嘘つき小僧の末路リトル・ボーイ】は反応しない。

 無意味な嘘を重ねる展開を期待したが、まあこんなものだろう、と、ガレンは鼻を鳴らした。


「ま、いいでしょう。そうですか。要するに、クライン領は隠し事のない素晴らしい土地だということですね。はは、何の問題もない、それでは契約に移りましょうぞ」

「いえ。その前にガレン様。お話がございます」


 話を進めようとするガレンを、キースは制した。ガレンは首を傾げ「はて」と呟く。


「なんでしょうか? あまり心当たりがないのですが」

「ハミルトン様とシェラード様の商会が、我々から借金をしていることをご存知でしょうか」


 そう言ったキースは、懐から別の書類を取り出し、卓に叩きつけた。ガレンはそれをまじまじと見つめる。


「借金……ですか。その二名が? はぁ、それが、なんなんでしょうか」

「彼らの返済日は五日前でした。しかし、なんの音沙汰もなく、無視を決め込まれている状態でございます。ここの契約書には『返済が遅れた場合、速やかに全ての債権を督促することができる』とございます。この二名が支払えないとなると、その督促は保証人に向かわなければならない。――【彼らの保証人とは貴方のことですね、ガレン様】」

「【はい】」


 東方魔術【正か否かの強制質問イエスノー・クイズ】。いきなり発動させたキースのマナは「1」となる。有無を言わせず回答を強制させられたガレンは、目をぱちくりとさせた。

 これは、ミウとカイネの調査の賜物だった。ハミルトンとシェラードは、領地交換を見据えた、力押しの交渉を進めていた。背後に何者かがいると見て間違いがない。

 結果は見事に当たった。彼らは、この第六領ナンバーツーの男、ガレンの傀儡であり、彼が後見人のような立場で操作していることを突き止めたのだ。

 あとはそれを認めさせるだけである。【正か否かの強制質問イエスノー・クイズ】は、真偽のわからぬ問題を尋ねるものではない。自身が知っていることを、敢えて聞くことで、白日の下に晒すために使うやり方こそが、最も確実で効果的であると知ったのだ。

 ここが攻めどころだと、キースは畳みかける。


「借金はかなりの額だ、それを保証人たる貴方がなにも介入せず放置しているとは、どのような了見でしょうか。金銭のやり取りで道理の通らない事実が残っている以上、土地の取引などできはしない」

「払いましょう」


 あっさりと。拍子抜けするほど、きっぱりと、ガレンはつまらなさそうに、そう答えた。


「あのバカ二名の借金を肩代わりするのは片腹痛いですが、仕方ないですね。私が責任を持ってお支払いします。それで、この件はお終い、ですかな」

「な……い、いや、あれは、相当な金額になる。ガレン様個人でお支払いできるものでは……」

「キーーーーース。あのなァ、ガレンは第六領の財務官でもあるんだぞ? 商会の保証人なんてのも、財務官としての仕事として、に決まってるじゃねえか。誰が個人で払うかよ。当然、第六領の財布から出してやるんだよ。納得したか? あ?」


 横から口を出すミゼルの言葉に、キースは何も言い返すことができなかった。

 その様子を見て、ミゼルはただただ呆れかえる。


「おい。おいおいおいおいおいおい。俺はよ、お前らが必死こいて、どうやって足掻くのか、楽しみにしてたんだぜ? これでお終いかよ? くだらねえ、つまらねえ、しょうもねえ! 道化にすらなれねえ弱者に興味はねえよ。キース。それにサインしてさっさと帰れ」


 ミゼルが再び、中央の書類に指をさした。キースはそれを見て、動くことができない。――目の端に、義妹の姿を見た。


 彼女は、下を向いたまま、黙りこくっていた。これで、よいのだと。私が嫁ぐだけで、皆の秘密が守られ、幸せになるのだと。そう物語っていた。


「クロシェがこれから幸せに生きられるかどうかは、お前の態度次第だぞ、キース」


 その言葉が決め手となったのか。固く目を瞑っていたキースは、震える手で書類を手に取り、全ての条項を読んだ上で――自らの名を、サインした。

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