第35話 - 勝機
「キースちゃ~ん、なにしてくれたんだよぉ~! マナがすっからかんになったって、あちこちから怒りの陳情が止まんないんだよ~」
「私、もう、無理……拗ねたおじさんのご機嫌取とか、勘弁」
第七領の王子邸に戻ったキースを出迎えたのは、そんな厳しい声だった。
カイネは、とほほ、といった表情で文句を言い、ミウは疲れた目でソファに仰向けになって転がっている。
前代未聞の数量のマナを奪われた。マナに依存しない、といっても、限度がある。異変に気付いた幾人もの有力者が、ぼんくら王子になにがあったかを問い詰めに来たに違いない。
キースがいない間に、怒れる彼らからのクレームに対応してくれていたのだろう。マロンがあちこちに飛び回り、饗応の跡を片付けてくれている。
すっかり夜は更け、本来ならもう眠る時間である。だが彼女らは彼の不始末を必死に処理してくれていた。
そんな中で、腕を組んで、厳しい視線を向ける者が一人――マリアは、静かに問うた。
「キース。クロシェを迎えにいったんだろ。なんで、一人なんだ」
冷静な、しかし厳しい問いかけだった。それの意味は、この場の全員が理解していた。凍り付くような静寂が広がり、皆目を伏せる。
だが、キースはそんな彼女らに言葉を返すこともなく、すたすたと歩きだした。彼を呼び止める声も無視して、階段を上り、部屋に入った。
そこは、クロシェの部屋であった。窓の脇に置かれている机に腰かけ、そこに置かれた紙を手に取る。びっしりと文字で埋め尽くされたそれの内容を見て思わず――キースは笑った。
「キース、てめえ! 無視とはいい度胸じゃねえか、あぁ!?」
「マリアちゃん! ちょ、暴れないで、扉は蹴破っちゃダメだから!」
「うるさい、私、疲れた。キースと寝る……」
「お、お、王子様~! お嬢様は、お嬢様はぁ~?」
マリア、カイネ、ミウ、マロンの四人の女が、キースを追って部屋に殺到する。怒り、困惑、疲労、悲哀。それぞれの感情を露わにしながら、四人ともがこの事件に心を揺さぶられていた。
そんな中、彼女ら見たのは、クロシェの部屋で一人笑う、第七王子の姿であった。
「……何笑ってんだ。気味悪いな、てめえ」
「カイネ、これを見てごらんよ。資金の運用方針について、クロシェが殴り書いたものだ」
キースからその用紙を受け取ったカイネは、中身を検めて、あんぐりと口を開けた。
「これは、まあ、なるほどー。クロ様っぽいっちゃ、ぽいけどね」
「ははっ。借金の利子返さなきゃ、って言ってんのにな。どうかしてるよ、やっぱり」
「キース、お前……なんだ、随分、余裕そうだなぁ、おい」
「皆。心配をかけた。本当にすまない。色々と話したいことがあるんだが、その前に、ミウ。頼んだ調査の結果は出たかい?」
キースは、ミウに聞いた。彼女は、こくりと頷いて、答える。
「うん。最近、羽振りのよくなった、商会について、だよね。ミッチェル商会、バランカ商会、レヴ商会。そのあたりの人たちが、去年ごろから派手に遊んでるみたい、だけど」
「待った。レヴ商会っていうのは、確か、どこの領地の商会だったっけ」
「レヴ? それは、第■領の商会、だけど」
「やっぱりな。カイネ、ハミルトンとシェラードの次の返済日はいつだ?」
「え、急に? ええと、三日後だけど」
キースは、顎に手を当てて、静かに思考を巡らせた。
「あぁ~? レヴだかなんだかがどうしたよ? キース、さっさと喋れ。腹黒い手前のことだ。なんか考えでもあるんだろうがよ」
「……第六王子の狙いは、なんだ」
焦らされる彼女らに対し、キースは、どこまでも冷静に、訥々と語り始める。
「決まってんだろ。薬物ビジネスの横取りだよ。ご丁寧に人質まで取った、下衆の立ち回りさ」
「間違いではないだろう。目標がそれだとして、ミゼルの行動は矛盾しない。じゃあ、別の角度からの疑問だ。ハミルトン・シェラードは、なんであっさりマナの売買なんかに応じた?」
「……あぁ?」
「最初の商談から変だった。無理な力押しの交渉を仕掛けてきた。なにかに急かされているように。彼らには、何が見えていたんだろうか」
「……うーん? キースちゃん。話が、見えるような見えないような」
「領地交換なんて迂遠な方法を取る必要があったのか? 単純な脅しだけでよかったんじゃないのか? そして決定的なことに――ミゼルは、さっきの【テーブル】で、第七領のマナを全て奪わなかった」
その言葉に、一同は黙り込んだ。違和感というには小さすぎる微妙な異変。それらバラバラのピースを繋げたときに現れる絵とは。
「でもさ、でもさ。それよりさ」
だが、カイネはおそるおそる手を挙げ発言する。
「クロ様がお嫁さんに、人質になってるんだよね? ミゼルが何企んでたって、キースちゃん、反抗できるの?」
微かに刺した光明が、再び曇天に隠れたようであった。場は静まり返り、身動きの取れない今の状況を再認識するだけであった。
第六王子の陰謀は、相当に狡猾であった。ミゼルに抗うのであれば、クロシェを見捨てなければいけない。そんな判断を、キースが果たして下せるのか。
全員が固唾を飲んで彼を見守る中、当のキースは、ゆっくり口を開いた。
「最後の質問だ――マナーが魂の奥深くに刻まれる、なら、もしも……」
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