第24話 - 交渉:世界三大商会 ウルグス副総統③

「……は?」

「アリアクラフトの副総統が来てやってんのによ、こんなクソみたいな料理しか出せねえのか? マナー違反じゃねえのかよ、こんなのよォ」


 とんでもない言いがかりだ。無論、ある程度キースも味見をしている。用意できる範囲で、質のいい食材を使い、作ったものだ。少なくとも不味い、なんてはずがあるわけがない。

 だとしたら、これは何かのメッセージだと考えるべきだ。意味するは、もう一つ、乗せろ。

 このマナー違反を受け入れ、彼にマナを一つ献上することで、全てを受け入れてやろう、そういう圧力ではないだろうか。キースは、迷った。

 この言いがかりに屈して、彼の機嫌を取るべきか。素知らぬ顔で、無視を決め込むか。

 ほんの一瞬の迷いであったが。その空白に、割り込む声があった。


「――そんなはずはありません」


 思わず隣を見る。それは、しっかりと背筋を伸ばして、抗議の声を上げているのは、クロシェであった。


「おい、クロシェ」

「第七領は貧しい地です。それでも、そんな厳しい日々の中で、誇り高き方々が、魂を込めて作り上げた、この地で最上の食材にてご用意しております。撤回をお願いします」

「おいおい、姫様。開き直りかい? 俺がマズいつってんだから、マズイんだよ。何も間違っちゃいねえ」

「それが真実なのであれば、私は、悲しく思います」

「ケッ! 悪口言われて泣いちゃいそう、ってか! 繊細なのは結構だが、今は黙っておいたほうがいいんじゃねえのか、あァ?」

「いえ。私が悲しんでいるのは、貴方に、です、ウルグス様。副総統に至っても、ここの貧しき人々よりも、貧しい舌を持つようになるだけなのでは、あまりに、悲しい、と申し上げております」


 それまで沈黙を徹していたクロシェが、淡々と、しかし烈火の如く、不当な誹りを非難した結果、凍り付くように皆黙り込んだ。

 交渉がまとまりかけていた最中にこの反論で、ある。誰が見ても愚行であった。

 マリアも、カイネも、口をぽかんと開けてこの細身の少女を見つめていたし、ウルグスの背後に控える部下たちも、これから一体どんな嵐が吹き荒れるのか、と瞬きを忘れたまま眼を開いている。

 その中で平静を保っていたのは、当のウルグスと、彼女の隣に座る、第七王子のみであった。

 キースは、ほんの少し、おかしそうに笑いながら、目を閉じていた。

 ――クロシェなら、まぁ、そう言っちゃうか。


「……姫様。そりゃあ、言い過ぎ、だなあ、おい。今の発言を、撤回するのであれば許してやるが、どうする」

「私は、第七領を代表する一人として、ここに座っております。なので、私が言えるのは、ここの料理は美味しい、ということだけです。誇りを、傷付けることを、私は認めません」


 暗黒姫は固辞した。決して、圧倒的な存在感を放つ、副総統から目を逸らさず。

 そしてまた永遠のような沈黙が流れ――それを打ち破ったのは、ウルグスの、爆ぜるような笑い声だった。


「ハハハハハ! おい、おい! 全く、こんな馬鹿な女、見たことねえや! ダハハハハハ!」


 そうして涙を流さんばかりに大笑したあと、彼はぼそりと漏らした。


「成程なぁ、御旗はそっちかい」

「みはた……? ですか?」

「王子と姫様、良い組み合わせじゃねえか、ダハハハ! さっきのは済まなかった、俺としたことが、浅知恵に走っちまったよ」


 そしてウルグスは腕を組み、口の端を上げながら、大声で告げた。


「いいだろう! アリアクラフトは、あんたら第七王子に賭けてやらァ! 一億ミル、貸し出してやろうじゃねえか」

「ウーちゃん、マジ? あたしが思ってた何倍もすごい金額なんですけど……!」

「無論、無条件ってわけにはいかねえ。年利は10%。その上、あのクソ貴族の債権を担保にさせてもらう。また、一億をまるまる渡してやるわけではねえ。用入りの都度、どこにどういう目的で誰に使うのかをきっちり俺らに教えろ。問題がないことを査定した後に渡してやる」


 そして男は、キースを見据えた。


「マナーってのはよ、約束を守るってことだ。決まった口上、決まった所作、決まった金利! それを破られるのは、何よりも許せねえ。王子、お前なら全部、守ってくれるよなぁ?」

「……ありがとうございます。必ず、お約束いたします」

「決まりだァ! ライラ、ペンを寄越せ。さっさと契約すんぞ」

「あ、ちょっと! 勝手な金利出されても困るんですけど!? 10%は無いでしょ、5%くらいが普通だって――」


 こうして、アリアクラフトからの融資が決定した。

 カイネの必死の交渉により、金利は8%に下げられ、これが両者の最終的な合意となった。

 取り急ぎ、この場では最低限の書類を即興で作り、細かい内容についてはまた後日、契約書を取り交わすことで終わりとなった。

【テーブル】を閉じ、ウルグスたちを玄関まで見送る間、彼は妙に上機嫌であり、わしゃわしゃとカイネの髪の毛を鷲掴みにするのであった。


「ったく、カイネちゃんがこんなとこで働くなんて聞いた日には嘆いたけどよ! 実際会って、なんとなくわかったよ。下馬評なんざ当てにならねえってな」

「むーっ、あたしが賢くないときなんかないよ、ウーちゃん!」

「はっ、言ってろ。ま、悪くない時間だったぜ。――それにしても、お前さん」


 そしてウルグスは、マリアを見た。

 この【テーブル】で、一言も口を開かなかった美女を見て、ウルグスは数瞬、考え。


「いや、なんでもねえわ。それじゃあな、第七王子様よ」


 そう言い捨て、部下を従えながら、堂々と退出していくのであった。

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