お肉が食べたい

「本物の肉が食べたい」

 家庭用簡易宇宙船の狭い船室で向き合いながら、彼女が言った。手元の皿には完璧に肉の姿をした食べ物が載っている。

「こんな、遺伝子組み換え合成食肉じゃなくて。この間まで血が通って動いて生きてました、みたいな」

「無理言うなよ……分かってるだろ、あと一週間は近くにステーションもない。食糧補給はまだ先だ」

 溜息まじりに答えると、彼女は手にしたフォークをドスッと遺伝子組み換え合成食肉に突き刺した。完璧に血の色をした液体が飛び、彼女の頬に飛沫しぶきが散る。

「だってこんなの、肉じゃないよ……私は肉が食べたいの!」

 突然声を張り上げて、彼女はフォークを振りかざした。銀色の光がひらめく。ぼくは慌ててそれを避けた。危ないだろ、何するんだ、と言うより先に足が動き、居間スペースから滑り出ていた。背後で彼女の金切り声が響く。

「待って! お肉!」

 間一髪でドアを閉め、自分の部屋に立てこもる。話に聞いてはいたけれど、『非合成食肉渇望症』は本当だったのだ。見た目も味も栄養も、遺伝子組み換え合成食肉はほぼ完全に非合成食肉を模倣している。しかし動物としての人間の本能は非合成食肉を求め、長期間にわたる宇宙旅行中などに渇望症を発症し、先ほどのように人を襲うようになる。

 今の今まで、そんなのはただの都市伝説……いや宇宙伝説だと思っていた。しかし、さっきの彼女の様子を見てしまっては、信じざるを得ない。

 あの様子では迂闊うかつに部屋から出ることもできない。一体どうしたものだろうか……。

 考えあぐねていると、「お肉」と連呼していた彼女の声が、低い呻き声に変わっていった。同時に、何かを咀嚼そしゃくし、すするような音も。

 ぼくは目と耳を塞ぎ、何も考えないことにした。

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