捩花(ねじばな)

 いつ果てるとも知れない、長い螺旋らせん階段を上っていた。緑色をした階段の支柱が、上がるにつれて少しずつ、細くなるように思われた。段は薄紫色で、私の靴が擦れる度に金属質の快い音が響いた。

 なぜこんな階段を上っているのだか、考えても分からない。いつから上っているのかも思い出せない。気がついた時には既にこの階段の上にいて、私の足は上へと向かっていたのだ。

 螺旋階段は普通、建物の中か外に付属して、ひとつの階からひとつの階へ移動するために使われるものだが、この階段は違った。周りに建物は見当たらず、それどころか私と、この階段以外のものは何も見当たらないのだった。細く頼りない手摺てすりから身を乗り出して下を見ても、目眩めまいのするほど下の方に茶色い地面が見えるきりで、他には何もない。かなり高くまで上ったはずだが、階段の周囲より先はもやが掛かったようになって、よく見えない。しんとしている。

 私は仕方なく再び足を動かして、どこへ続くのか予想すらつかない階段を上り出す。

 暫く経ったのか、それともすぐだったのか、微かに他の人の足音が聞こえた気がして、私は立ち止まった。遥か下の方から、私より余程ゆっくりした足取りで、誰かが上ってくる音が、たしかに聞こえる。

 ああ、私はひとりではなかったのだな、と、どこかじんとするような心持ちで、私はその音に耳を傾けた。懐かしいような、切なくなるような音だった。

 私はしばし足を止めてその音に聞き入ったが、聞いているうちに、やがて何か、非常に恐ろしいことを思い出しそうな気がしてきた。その音の懐かしさは、私の記憶の深底の、しっかり閉ざした筈のものと、非常によく似ているような気がしてきた。そう思うともう、私は次の段に足を踏み出していた。今度は、決して、後ろからくる足音に追いつかれてはいけない、という強迫が、私の背中にびったりと張り付いていた。気がつけば背中にも腹にも腕にも足にも、服がびったりと身体にしがみついてきている。冷たい汗が脇の下をぐっしょりと濡らしている。

 緑色の支柱がどんどんと細くなっていく。もう私の首くらいの細さしかない。それが意味することを薄々悟りながら、私は足を止めることができない。

 ついてくる足音が、悠然とゆったりと、しかし確実に、重みを増していく。その大きさも徐々にこちらに迫ってくる。

 私は自分の顔が捻れて引きるのを感じた。

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