第48話 陰惨な過去
「お、お前は……」
エレナが驚愕に目を見開く。視線の向こうには、黒衣に狼頭の人型魔族が立っていた。
「我が君。お久しうございます」
「ラウレイオーン……」
エレナはガタガタと震え出した。
「いや、忘れられません。あなたの味を。両脚を斬り落とされ、全身に魔狼の群れが食いつき身動きの取れないあなたの肉を食らい、骨の髄まで味わいつくしたときのことは!」
こいつ、ジーグにやられたエレナを食った魔物か。
「やめて」
「実に美味でした。冒険者の鍛え上げられた肉の中でも、あなた様のものは格別……」
「それ以上はやめて!」
「炎魔法【フレアバースト】」
俺はすかさず豪炎でラウレイオーンを焼き尽くす。
だが、灰になってなおエレナの震えは止まらない。
まずい。
エレナが精神的に弱っているところを狙われたら……
「マズいよなぁ、こんなざまじゃ」
聞き覚えのある声がする。
「和泉……燦砂!」
「誰かと思えば大罪魔妃か。我が国では専ら噂になっているぞ。『東に和泉あり。西に魔妃あり』とな」
燦砂は余裕の笑みを崩さない。
何がおかしい?
何を笑っているのだ?
「こんなに可笑しいことはない。たかが【大罪魔妃】程度が、我ら和泉と肩を並べたと思われているとは! 実に滑稽だ? そう思うだろう? 大罪魔妃?」
俺は怒りに任せて拳を振るうが、すぐに受け止められた。
「お前のような羽虫はどうでもいいんだよ!」
徐々に燦砂の手に力が入り、俺の右拳はひび割れていく。
「あ……そんな……ロッソ……」
苦痛に歪む俺の顔を見て、エレナの表情も絶望に染まっていく。
「何とか言ったらどうなんだ? 大罪魔妃? 閑厳に利用されただけの薄汚い咎人が、随分と偉くなったものだなぁ」
「いや……来ないで……許して……」
エレナは今にも泣き出しそうだ。
「【切り裂け】」
すると、天から透明な刃が振り下ろされた。
刹那、エレナの両肩から、噴水のように赤黒い血が流れ落ちる。同時に、乗っていた車椅子も破損し、エレナは四肢を失って転げ落ちた。
「え……いやぁぁぁぁぁあああ!」
エレナは苦痛のあまり泣きわめく。
両腕を斬り落とされたのだ。例の和国を覆う結界が、刃の形に変形して上から降ってきたのだ。もうここまで拡張されたのか。
「エレナ!」
「おっと。お前は手を出すな」
俺は鳩尾に拳を叩き込まれ、地面を転がる。胃の内容物が全て出てしまった。意識も朦朧とする。
「お前は許嫁が無様な肉ダルマになる様子を、黙って見ていろ。世界の全ては私の血肉となるためにある。【魔界】も、【魔界】の魔力を取り込んだ【大罪魔妃】も、全て私の力となるためにあるのだ!」
「ッ……」
俺はうめき声一つ出せない。
また、守れないのか。
また、愛する人が苦しいとき、側にいて何もできないのか?
「さぁ死ね。大罪魔妃」
燦砂は鎖型の蔵をエレナの首に巻き付け、引き絞る。
「ぐぁ……あっ、」
絞殺する気か。
「やめ……ゴホッ、」
俺は大量の血を吐く。ダメだ。抵抗どころか声すら上げられない。
「武技【不二均し】」
凄まじい衝撃が通り抜け、燦砂の片腕が消し飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます