第43話 燦砂と碧

 剣山のように尖った塔の並ぶその建物は、掘っ立て小屋の並ぶ街並みにおいて、異彩を放っていた。


 その黒く光る尖塔群こそ、和泉家の本拠たる邸宅だった。


 ひときわ太く高い塔の最上階に、和泉碧ことアヴァロンは監禁されていた。


「大したものだ」


 若い男、正確には若く見えるだけの千歳の男、和泉燦砂が声をかける。


「これだけ拷問しても悲鳴一つあげないんだから」


 全裸に剥かれ、椅子に縛り付けられたアヴァロンの身体には、無数の切り傷や青痣ができていた。下には、小さな血だまりができている。


「俺に力を貸すと言え、碧。でなければ今度は、骨を一本ずつ折っていかなければならなくなる」


 下卑た笑いすら上げず、本気で残念そうに燦砂は言う。


 当然ながら、精神を鍛え上げているアヴァロンはその真意を見抜く。


 燦砂が、自分のことを玩具としてしか見ていないことに、気付いていた。


「あなたなら無理やり私を従わせることもできたはず。それをしないということは、やはり私を拷問して楽しんでいますね?」


「心外だな。お前が力を貸すとさえ言えば、すぐにでも解放するつもりだ」


「それはできませんね。支配欲に憑りつかれた人間の手伝いをするなど。ありえません」


「生意気だな。俺が助けてやったのを忘れたか?」


「恩を売るのだけは上手なようですね」


 アヴァロンが言うや否や、甲高い音が響き渡り、アヴァロンの顔に傷が一つ増えた。だが、アヴァロンの平静は揺らがない。


「舌を抜かれたいか?」


「肉袋に舌がついていようといまいと、関係ないのでは?」


「俺がお前を肉袋だと思っているわけがないだろう?」


「白々しい。自分以外はゴミだと思っているくせに」


「口が減らないな。だがお前も他人のことは言えないぞ? あの変な宗教にハマってからは、全てが無価値だと説いて回っていたようだが」


 アヴァロンは黙った。


 口を開けば、怒りで我を忘れそうだったからだ。


 落ち着き、呼吸に意識を集中させ、何も思うのでも思わないのでもない境地へ入る。


 称して、【非想非非想天】


 瞑想の極致に入ることで、アヴァロンの反撃の狼煙が上がった。


「異界召喚【東方浄瑠璃浄土】」


 刹那、アヴァロンと、その身を縛る鎖の間に、小宇宙が形成される。


 怨念を集める【蔵】である鎖に、法力を吸い取られる。異界は展開できない。


 だが、異空間という莫大なリソースを処理しきれず、【蔵】の鎖は僅かに緩んだ。


「フッ」


「なっ、」


 アヴァロンは小さな鳥に姿を変え、するりと拘束を抜けた。常時力を吸い取り続けるこの鎖を抜けるには、【異界召喚】のような大技で隙を作る必要があった。【東方浄瑠璃浄土】は、十分にその役割を果たしてくれた。


「あくまで俺に歯向かうつもりか」


 鎖は勝手に宙に浮き、燦砂のもとへと飛んでいく。


「今度こそ私は、自力であなたに打ち勝ちます」


 傷を全て癒したアヴァロンは、燦砂に向かって拳を構える。


「やってみろよ、碧」


 燦砂は鎖を両手に巻きつける。


「碧ではありません」


 アヴァロンのもとに、法力が凝集する。


「私は拳聖アヴァロンです!」


 二人の強者が、遂に激突した。

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