第10話 東方浄瑠璃浄土

 俺は残る力全てを振り絞って、ドラゴンロードの腕を握り返す。


「エレナに……人は殺させない!」


「よく言いました」


 轟音と共にエレナの分身が吹っ飛んでくる。もう魔力が尽きたようで、分身はぼやけていた。やはりアヴァロンならエレナに対抗できるのか。


「ちっ、ならば私も撤退……」


「させませんよ」


 ドラゴンロードの背後を取ったアヴァロンが、強烈なハイキックを食らわせる。ドラゴンロードは、街路の突き当りまで吹き飛ばされた。民家に被害は出ていない。アヴァロンの絶妙な力加減のおかげか。


「異界召喚【東方浄瑠璃浄土】」


 アヴァロンが唱えると、途端に地面が青く変色した。次いで、瑪瑙や七宝の建物がずらりと並ぶ。


 周りの景色を塗り替えた? いや、俺たちが異界の方に強制移動させられたのか?

 何にせよ、俺にはもう力が残されていない。


 いないはずだった。


「腕が……治っている?」


 肩口から削ぎ落されたはずの俺の右腕は、再生していた。


「なんだこれは?」


 ドラゴンロードも余裕を失い、動揺して辺りを見回している。


 俺も咳き込みながら前方に目をやると、黄金色の光が見えた。光の周りには十二人の人影が見える。なんだ? 降霊術の類か?


「あのお方の光は、平等に降り注ぎます」


 アヴァロンはそうとだけ呟く。何を意味しているのか、分からない。


 だが、突然ドラゴンロードが哄笑し始めた。


「素晴らしい! 力がみなぎる! どうやら味方を回復させるつもりが、私まで強化する羽目になったようだな。アヴァロン。今ならお前ともやり合えそうだ」


 対するアヴァロンは、息が荒くなり、うずくまっている。


 二日連続でこれだけ高度な結界術を使ったのだから、当然か。もう魔力が尽きているはずだ。


 戦えるのは、俺しかいない。アヴァロンに繋いでもらった命を無駄にするわけにはいかない。


 俺は再び剣を取った。


 すると、剣は見たこともない半透明の水晶のような宝石に覆われていた。これも結界術の効果なのか?


「さぁ、続けようか、ロッソ・アルデバラン! 今なら一撃でお前を消し飛ばせる!」


 ドラゴンロードは口に魔力を集束させる。暗闇色をした、絶望的なまでの量の力の塊が形成されていく。だが、突如として魔力塊は弾けとんだ。


「なに?」


「この東方浄瑠璃浄土に満ちるのは法力。魔力とは似て非なるもの。うかつに混ぜ合わせれば、たちまち暴発します」


 なんだか知らないが、この好機を逃すわけにはいかない。


「剣技【プロクス】」


 俺はドラゴンロードの首を狙う。


「させるか!」


 ドラゴンロードは鱗に覆われた右腕で受けるが、なんと容易く切断できてしまった。だが同時に、俺の剣も粉々に砕け散る。相当な衝撃がかかったためか。


「な……」


 ドラゴンロードは狼狽え、すかさず翼を出して飛翔した。大量の鮮血を流しながら、結界の果てを目指して逃げている。


 すると結界術は解け、元の街並みに戻った。


 逃がしたか。ドラゴンロードはここで殺すつもりだったのだが。


 それにしても、なぜアヴァロンは、わざわざ結界術など使ったのだろうか。素手でも十分倒せたはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る