第5話 過去の亡霊

 ドラゴンロードもどこかへ飛び去った。


 毎日分身を送り続けるだと?


 あの絶望的なまでの魔力の塊が毎日俺のもとへやってくるのか?


 そんな未来を考えたとき、自然と俺はアヴァロンに頭を下げていた。拳聖アヴァロンといえば、最近東方から王国に渡ってきたらしい武術の達人。それに、さっきの戦闘でも武術の範囲に収まらぬ大活躍をした。頼るならこの人しかいない。


 今の俺では、エレナと共に心中することすら叶わないだろう。


「あなたなら、あのエレナをも倒せるでしょう? お願いです。エレナの討伐を、手伝って頂けませんか?」


「討伐とは、殺すという意味ですか?」


「はい。もうエレナはあの頃のエレナじゃない。完全に魔界の生物と成り果ててしまった。闇に呑まれてしまった。もうこの手で殺してやりたいんです」


「傲慢ですね」


「え……」


「幼馴染が理想の姿からかけ離れた存在になってしまった。昔と違う存在になってしまった。だから殺す。これを傲慢と言わずして何と言いましょう?」


 俺が、傲慢?


 俺だって本当はエレナを殺したくない。だけど、これ以上幼馴染が罪を重ねる前に、本当に魔妃となってしまう前に、殺してやるのが情けというものではないのか?


 俺が悲壮な覚悟を決めて口にした言葉を、アヴァロンは全て否定するのか?


「あなたにとってのエレナ・メルセンヌとは、何でしょう? 自分の思った通りに動いてくれる機械人形のような存在ですか? それとも、この世で最も大切な人ですか?」


「それは……」


「私は、どちらも違うと思いますがね。あなたにとってのエレナ・メルセンヌは、過去の亡霊です。エレナならそんなことは言わない。エレナならそんなことをするはずがない。いい加減、自分の妄想を他人に押し付けるのは止めましょう。エレナ・メルセンヌは一人の人間です」


 言われてみればそうかもしれない。


「それを悪鬼羅刹にでも変貌したかのように思い込み、殺そうとするなんて、愚の骨頂。あなたがエレナ・メルセンヌを止めるというなら、協力しましょう。ただし、殺すというのなら絶対に手は貸しません」


 アヴァロンはきっぱりと言い放った。


「殺さずに止める方法なんて、あるんですか?」


「分かりません。ですが、他でもないあなたが、その方法の存在を信じなくてどうするのです?」

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