秘密のお茶会

 後宮内が慌ただしくなっている頃、ユステフ伯爵家では伯爵婦人主催のお茶会が開かれた。招待されたのはエドワーズ男爵婦人、グレイシア侯爵婦人、ハルイース伯爵婦人の3人だった。

「皆様、今日はようこそお越しくださいました」

にこやかに出迎えたカリンに3人が微笑みながら招待に対する礼を言う。一見すると普通のお茶会のやりとりなのだが、その様子を遠巻きに見ていたユステフ伯爵は苦笑しながら自室に戻った。

「久しぶりのお茶会のお誘い、嬉しく思いますわ」

「最近はなんだか城のほうも騒がしいですものね」

「ご息女が後宮にあがられて、カリン様もご心配なのではありませんか?」

使用人たちも遠ざけられた温室で4人がお茶を飲みながら話し始める。カリンは小さく微笑みながらうなずいた。

「王妃様や陛下のことについては何も心配していないのですけれど、周りの侍女やら城で煩くしている貴族たちのことは気がかりですわ」

「そういえば、ご息女にはご懐妊の噂がありましたわね」

そう言ったのはグレイシア侯爵婦人だった。

「ええ。そろそろはっきりすると思いますし、はっきりしたら公表されるとは思いますけれど」

「あら、では噂は本当なのですね?」

「陛下にとっては待望の御子ですわね」

否定しないカリンにエドワーズ男爵婦人とハルイース伯爵婦人が目を輝かせる。慶事だと喜ぶふたりにグレイシア侯爵婦人は少し険しい表情を浮かべた。

「陛下や王妃様は大丈夫でしょうけど、他の妃たちは大丈夫なのですか?」

「そちらはご心配には及びません。後宮に入るものは陛下が厳選しておいでですし、妃たちは王妃様がしっかりと掌握なさっておいでです」

「王妃様と妃たちの仲が悪いという噂はありましたけど、陛下や王妃様が後宮に迎えたのですから、そんなことはないでしょうに」

「うわべしか見ない粗忽者が多いのも困りものですね」

ハルイース伯爵婦人の辛辣な言葉に3人は苦笑した。

「それで、わたくしたちはどのように動きましょう?」

お茶会の目的、核心をついたエドワーズ男爵婦人にカリンはにこりと笑った。

「娘のために、ひいてはこの国のために、いささか大掃除をしたく思います。つきましては、皆様にお力添えいただけたらと」

「それはもちろん。お力になりますわ。最近は少々見るに耐えない不用物が多すぎましたし」

「腐ったものをおいておくと良いものまで腐ってしまいますものね」

「ではどのように大掃除をいたしましょうか」

最年少のハルイース伯爵婦人が無邪気に微笑む。グレイシア侯爵婦人は目を細めるとゆっくり紅茶を飲んだ。

「そうですわね。わたくしたちが持っている証拠は全てカリン様のご子息にお渡ししましょう。彼なら良いようにしてくれるでしょう。それから、煩い殿方を黙らせるにはやはり女性でしょうね。婦人方にお声をかけてみましょう」

「それはいいですわね。暇潰しに集めた証拠が思いの外たくさんあるのですけれど、扱いに困っていましたの」

パッと目を輝かせるハルイース伯爵婦人にカリンはクスッと笑った。

「皆様にはいつもご協力いただき感謝しております」

「何を仰いますやら。これは私たちのためでもありますわ。下手に放っておいて火の粉がかかってはたまりませんもの」

「国のためなどと大それたことは申しませんけど、夜会がただの狸の化かしあいの場になるのは正直面白くありませんし」

「王妃様には心安らかにお過ごしいただきたいですしね」

礼を言うカリンに婦人たちが微笑む。カリンはありがたく思いながら微笑んでもう一度頭を下げた。


 お茶会が終わり、婦人たちを見送ったカリンは夫である伯爵の部屋を訪れた。

「失礼します。旦那様、お茶会は滞りなく終わりました」

「そうか。皆様楽しまれたのかな?」

伯爵の問いにカリンはにこりと笑ってうなずいた。

「久しぶりに楽しい話ができました」

「そうか。私に何かできることはあるかな?」

安心したように微笑んだ伯爵の問いにカリンは笑みを深めてうなずいた。

「ギルバートに少し負担をかけてしまうと思うので、あの子を手伝ってあげてくださいませ」

「ギルバートをか?わかったよ」

親衛隊所属で王に近い位置にいるギルバートに情報を流すのだろうと察した伯爵は苦笑しながらうなずいた。

「ご婦人たちは暗躍が得意で参ってしまうな」

「私たちが公に動けば反発が大きくなりましょう?ならば、いかに反発させず私たちが望む結果に導くのかを考えなくては」

にこりと笑う妻に伯爵は肩をすくめた。貴族、市民関わらず女性を軽んじるものたちが少なくないのは事実。いくら女性たちが声をあげても相手にされないのでは話にならない。男女平等という意識改革には途方もない時間がかかる。結果、強かな女性たちは裏で暗躍することを選んだのだ。もちろん女性の地位向上を目指すことも忘れてはないし、現国王や王妃は女性だからと軽んじることはない。それでも何かなそうとしたとき、権力のある男性の存在は必須だった。

「ギルバートにはいい経験になるだろうね。これからはあの子たちが国の中心になる時代だ」

「はい、ギルバートは旦那様によく似ていらっしゃいますから何も心配していませんわ」

「似ているというなら、カリンにこそ似ていると思うがね?」

自分とは違って親衛隊での功績をあげ、カリンのように暗躍することにも長けている。ギルバートは自分などよりよほどカリンに似ているだろうと言う伯爵にカリンはにこりと笑った。

「旦那様は私が動かなければきっと自ら動かれますわ。私が動いているから動かれないだけです」

そう言うカリンに伯爵は「買いかぶりすぎだよ」と笑った。

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