後宮

 城へ戻った王妃は早速後宮で働く侍女や侍従たちの身元を改めた。今までは大きな害がないからと放っておいた者たちも、少しでもユリアの害になりそうだと思えば容赦なく配置転換した。後宮で働くには王妃の許可がいる。王妃は後宮から出した侍女や侍従が王宮のほうで働けるように王に願い出た。そして、足りなくなった人員を王宮で働く侍女や侍従の中から選りすぐって後宮に登用した。

「集まってもらってごめんなさいね」

使用人の一掃がすむと王妃は妃の侍女たちも含めて後宮で働く全ての侍女と侍従を食堂に集めた。集められた者たちはこれから何が始まるのかと緊張した面持ちをしている。王妃のそばには妃たちが並んでいた。

「突然の配置転換で驚いた方もいるでしょう。これから、後宮は少し騒がしくなると思います。ですから、口の軽い方、陛下に含むところがある貴族の方と繋がりのある方は後宮から出ていただきました。今ここにいるのはわたくしが信用に足ると思った方々だけです」

王妃の言葉に少しだけ皆が表情を和らげる。王妃はその様子を見て小さく微笑んだ。

「わたくしはこの後宮を預かる者として、妃の方々を守る義務があります。今ここにはいないユリア様は近く戻られます。ユリア様は今はまだ体調が不安定です。いらぬ戯れ言をお耳に入れてお心を乱したくはありません」

「後宮は本来陛下の御子を守り育む場所。そんな場所におしゃべりで口の軽い者はいりません」

「ここにいる方々は王妃様のお眼鏡にかなったのだから大丈夫とは思いますが、くれぐれもおかしな噂話などしないように」

「後宮で見聞きしたことを外でペラペラ話すなんてことも言語道断ですからね?」

王妃の言葉を引き継ぐように妃たちが言葉を重ねる。何と断言しなくても現状を理解した使用人たちは表情を引き締めて全員が頭を下げた。

「王妃様、お妃様方、我々にも後宮に勤める使用人としての矜持がございます。どうぞご心配なさいませんよう」

使用人を代表して侍女頭がそう言って深く頭を下げる。王妃はうなずくとホッと息を吐いた。

「よろしくお願いしますね。それから、ここにいるほとんどの方はわたくしと妃の方々の仲が悪いと思っているのでしょうけど、そのようなことはないと言っておきます。特に妃の侍女の方々にはこれまで気を揉ませてしまいましたが、これからは変な勘繰りをする必要はありません」

王妃はそう言うと使用人たちに仕事に戻るよう伝えて妃たちを伴いその場をあとにした。


 侍従長から王妃が後宮内の使用人たちに言葉を述べたと聞いた王はうなずいてユステフ伯爵家に使いを出した。それはユリアにそろそろ城へ戻ってくるようにというものだった。

「本当はもう少し実家で休ませてやりたいが、そうもいかないからな」

「ユリア様も陛下の妃なのですからわかっておられるでしょう。それに、伯爵婦人も何やら動き出したようですし」

王の言葉に苦笑しながら宰相が答えると、王は驚いたように宰相を見た。

「伯爵婦人が?何を始めたんだ?」

「内密にお茶会の招待状をお出しになったようです。伯爵婦人が信用に足るとお認めになった、ごく少数の方にのみのようですが」

「怖いな。彼女が本気になったら、止められるのは伯爵だけだろう?」

そう言って肩をすくめる王に宰相は苦笑しながらうなずいた。

「さすがにやりすぎるということはないでしょうが、悪巧みをしている貴族たちは痛い目を見ることになるでしょうね」

「伯爵は清廉潔白な人だ。その性格も穏やかだから侮られやすいが、ギルバートが優秀だということは誰しもわかっているだろうに。ギルバートを生み育てた親が凡庸であるはずがないとは誰も思わないのだな」

「普段の伯爵も伯爵婦人も本当に穏やかな方々ですからね。策略などとは繋がらないのでしょう」

そう言いながら宰相はこれで害となる貴族たちを一掃できるかもしれないと目を細めた。王もそれがわかっているから伯爵や伯爵婦人が動いていても咎めることをしなかった。

「ユリアが戻ったらこれまで以上に身辺に気を使うように」

「承知いたしました」

王の言葉に宰相は微笑みながら深くうなずいた。


 ユステフ伯爵家に王の使いがやって来て2日後、ユリアは城へ戻ってきた。姉が付き添ってくるかと思われたが、ユリアは侍女であるメイだけを伴って戻ってきたのだった。

「ユリア様、おかえりなさい」

「王妃様、ただいま戻りました」

城へ戻ったユリアを王妃自らが出迎える。実家でゆっくりすごしたユリアは顔色もだいぶよくなっていた。

「馬車での移動で疲れたでしょう?陛下にご挨拶をしたらお部屋に参りましょう」

ユリアを気遣う王妃の姿に王宮の者たちは驚きを隠せなかった。だが、これはユリアが妊娠しているかもしれないということではなく、たとえ妊娠していなくても王妃としては当たり前の気遣いだった。

「王妃様、ありがとうございます」

ユリアは優しい王妃に微笑むと、共に謁見の間に行き、王に挨拶をした。

「陛下、この度は母の看病のために実家に帰らせていただき、ありがとうございました」

「母君はもう大丈夫なのか?」

「はい。おかげさまで、もう心配ないとのことです」

後宮と違って王宮の、それも謁見の間は様々な目がある。表向き母の急病ということになっていたユリアと王は当たり障りのない会話をした。

「看病で疲れただろう。後宮に戻って休むといい」

「ありがとうございます」

王の言葉に深く頭を下げて、ユリアは王妃と共に謁見の間をあとにした。遠巻きに貴族たちが眺めていたが、離宮から戻ってきたときの王妃の対応がまだ効いているようで、聞こえるほどの声で陰口を叩く者はいなかった。

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