様変わりした後宮

 ユリアが王妃と共に後宮に入ると、ユリアの目からでもわかるほど後宮の雰囲気が変わっていた。

「王妃様、何かあったのですか?なんだか雰囲気が…」

「わかりますか?少々後宮で働く使用人の入れ換えをしたのです。それから、わたくしと妃の方々が不仲などということはないと、はっきり伝えました」

思わぬ言葉にユリアは驚いたような顔をして隣を歩く王妃を見上げた。その視線に気づいた王妃は柔らかい笑顔を浮かべてユリアを見つめた。

「今回はユリア様でしたけど、どなたが同じ立場になっても心を煩わされることがないように、心穏やかでいられるようにしなければと思ったのです」

そう言って微笑む王妃にユリアは溢れそうになる涙を拭った。

「王妃様、ありがとうございます」

「お礼を言われるようなことではありません。王妃として、妃の方々を預かる者として当然のことです」

王妃はそう言って微笑みながらユリアの目元を優しく拭った。

「さ、皆様がお待ちかねですよ。お疲れでしょうけど、お顔を見せてあげてくださいね」

「はいっ!」

ユリアはにこりと笑ってうなずくと妃たちが集まっているというサンルームに向かった。


 サンルームで妃たちと対面して帰還の挨拶をしたユリアは自室に戻るとさすがに疲れてベッドに横になった。

「ユリア様、大丈夫ですか?」

少し顔色の悪いユリアにメイが心配そうに声をかける。ユリアは少し目を開けると小さく微笑んだ。

「少し疲れただけよ。大丈夫」

そう言ってまた目を閉じるユリアにメイは心配そうな顔をした。

「メイ、昼食はいらないわ。冷たいレモン水が飲みたいわ」

「わかりました。ご用意しますね」

ユリアの言葉にメイはうなずいて寝室を後にした。

 部屋を出たメイは他のユリア付きの侍女にユリアのことを任せて厨房へ行った。料理人に頼んでレモン水を作ってもらう。料理人が不快に思わないように雑談をしながら、メイはレモン水を作る過程を見つめていた。

 ユステフ伯爵家にいる間、ユリアの口に入るものは異物が入っていないかできるだけ確認するようにと伯爵婦人に言われていたのだ。毎食の食事は毒見をされるが、飲み物などはそういうことがない。そのためもし害そうとするなら飲み物だろうと言われていたのだ。

「ありがとうございました。ユリア様もお喜びになります」

「どういたしまして。これから暑くなるしな。これくらいたいしたことじゃないから、またいつでも言ってくれ」

大柄な体格に見合っておおらかな性格の料理人はメイに笑顔でウインクしてくれた。


 レモン水を持ったメイがユリアの部屋に戻ろうとしていると、普段後宮に入ってくることのない王宮の侍女が歩いてきた。

 王宮で働く侍女と後宮で働く侍女は着ているお仕着せが違うのだ。白いエプロンは一緒だが、王宮は紺色、後宮は黒色で一目でわかるようになっている。

「あなた、ユリア様付きの侍女よね?」

そう声をかけてきた王宮の侍女にメイはあからさまに不快な顔をした。王宮で働くのも後宮で働くのも身分に違いがあるわけではないのだが、王宮で働いている侍女は後宮で働く侍女を見下す傾向にあった。

「何かご用ですか?」

「ユリア様はお元気かと思って。母君が急なご病気だったのでしょう?気落ちしていらっしゃるのではなくて?」

「そうだとして、あなたに何の関係がおありで?」

明らかに好意的ではない物言いにメイが淡々と対応する。王宮の侍女はそれが気に入らないのか睨み付けるようにメイを見た。

「後宮の侍女が何人か王宮のほうに配置替えになったのだけど、後宮は殺伐としていると聞いたもので。そんな場所ではユリア様も休まらないのではないかと思って」

「ですから、あなたに何の関係があるのですか?」

イライラとしながらもそれを表情に出さずにメイが言う。王宮の侍女は周りに誰もいないのを確認すると小さな小瓶を取り出した。

「これを、ユリア様にと思って。飲み物に混ぜると気分が落ち着いてよく眠れるわ」

いかにも怪しい小瓶にメイは眉を寄せた。小瓶を受け取れば仮にこの侍女がユリアに敵意を持っていた場合、物的証拠が手に入る。だが、ユリアの身を危険にさらすかもしれないものを受け取りたくはなかった。

「あら、毒なんかじゃないわよ?なんならこの場で私が口に入れてみましょうか?」

なかなか受け取らないメイに焦れて侍女が言う。メイは意を決して小瓶を受け取った。

「…ありがとうございます。お名前を伺ってもよろしいですか?」

「レナよ。ユリア様が早くご回復なさるといいわね」

レナと名乗った侍女はそう言うとくるりと踵を返して去っていった。その後ろ姿を見つめたメイは渡された小瓶を持ってユリアの部屋ではなく、後宮の侍女をまとめる侍女頭の元に向かった。

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