鳩の知らせ

 その日、夜勤明けのギルバートは親衛隊の隊舎で報告書を書いていた。

「お疲れ。コーヒー飲むか?」

「ああ、もらおう」

同じく夜勤明けのジルがコーヒーを持ってそばにくる。ジルはギルバートの手元にコーヒーをおくと隣の椅子に座って欠伸をした。

「なんだ?鳩?」

バタバタと鳩が窓辺に飛んできているのを見てジルが窓を開ける。鳩は迷わずギルバートの元に舞い降りた。

「伝書鳩か?」

「そのようだ」

ギルバートは鳩の足の筒から小さく折り畳まれた紙を取り出すとジルに視線を向けてからそれを広げた。ジルは気を利かせて背を向けている。素早く紙に書かれた内容を読んだギルバートは険しい顔をしてため息をついた。

「大丈夫か?」

「ああ…」

気遣うように尋ねてくる親友にギルバートはうなずいて紙に火をつけ灰皿に入れた。

「悪いが報告書の続きを頼めるか?」

「ああ、いいぜ」

うなずいたジルに礼を言ってギルバートは足早に帰宅した。


 ギルバートは帰宅すると執事に父が在宅か確認した。

「父上はいるか?」

「はい。サンルームで奥さまとお嬢様といらっしゃいます」

「そうか」

うなずいたギルバートは上着を預けてサンルームに向かった。

「ただいま戻りました」

「おや、おかえりギルバート」

「夜勤お疲れさまでした」

ギルバートがサンルームに入ると父であるユステフ伯爵と母であるカリンがにこやかに声をかけてくる。ギルバートはうなずくとソファに座った。

「父上、陛下から伝書鳩が届きました」

「陛下から?陛下は確か避暑で離宮においでだろう?」

ギルバートの言葉に伯爵は不思議そうな顔をしたが、カリンが険しい表情を浮かべた。

「ユリアに何かありましたか?」

「はい。これはまだ確定ではありませんので他言無用にお願いしますが、妊娠した可能性があるそうです」

「まあ!」

「あら!」

「おお!」

両親と妹、三者三様に驚きの声をあげる様子にギルバートは苦笑した。

「まだ公表はできませんが、体調がすぐれないようで避暑の間だけでも一旦実家に返したいとのことです」

「おお、それはかまわないよ」

「でも、名目はなんと?妃が理由もなく陛下のおそばを離れるわけにはいかないでしょう?」

「はい。母上の急病ということで手紙を出してほしいと。私と親衛隊の者が数名明日にでも離宮に呼ばれると思うので、その後で手紙を出してユリアと私を呼び戻してほしいそうです」

「母親の急病なら怪しまれませんね」

ギルバートの言葉に妹エレノアが納得する。カリンもにこやかに微笑んでうなずいた。

「どういう理由であれ、ユリアに会えるのは嬉しいことです。あなた、ギルバートの言うとおりにいたしましょう?」

「そうだな。陛下からのお言葉でもある。ギルバートが離宮に経って数日したらカリンが急病だと知らせを離宮に送ろう」

「よろしくお願いします」

にこにこと笑ってうなずく父にギルバートは深く頭を下げた。


 翌日、いつものように親衛隊舎に出勤したギルバートのそばにジルがやってきた。

「おはよう。昨日は大丈夫だったか?」

「おはよう。問題ない」

いつもと変わりない挨拶を交わしてふたりは隊舎の中にある談話室に入った。

「昨日はすまなかったな。報告書を書かせて」

「別にいいさ。今度俺のかわりに報告書を書いてくれればな」

そう言ってウインクするジルに苦笑しながらギルバートはコーヒーをふたり分いれた。ふたつのカップのうちひとつをジルに渡す。朝仕事の前にコーヒーを飲むのはふたりの日課になっていた。

「おーい!ギルバートとジル、副隊長が呼んでるぞ」

「え?なんでだよ」

談話室を覗いた同僚の言葉にジルがげんなりした顔をする。ギルバートは苦笑するとコーヒーを飲み干した。

「ほら、早く行くぞ」

「うぇーい…」

行きたくないという顔をしながらもジルはギルバートの後ろに続いた。

「嫌な予感がする。せっかく明日は非番なのに」

「お前の勘はよく当たるからな」

苦笑したギルバートは副隊長室の前にくると足を止めて深呼吸した。

「ギルバート・ユステフ、ジル・サージェス、参りました」

「入りなさい」

返事を聞いて部屋に入る。そこには副隊長の他に3人の同僚がいた。ギルバートとジルが同僚の隣に並び副隊長に敬礼する。副隊長の名はレイニー・エスカール。レイニーはまだ30になったばかりと若かったが、その優秀さで副隊長に抜擢された人物だった。長い金髪をひつとに括り、蒼い瞳は切れ長。冷たい印象を与えるものの整った美しい容姿にレイニーを良く思わない者は良からぬ手段を使って副隊長の座についたのではないかと下世話な噂をしていたが、親衛隊の者たちは彼が実力でその地位を得たことを良く知っていた。彼は自分にも周りにも厳しい。決して優しいとは言えない隊長が優しく感じるほどに、彼が訓練の指揮をとる日は地獄だった。ついた異名は「氷の女王」。まさにその言葉がぴったりな人物だった。そんな彼は入ってきたふたりを見ると手にしていた紙をひらひら振った。

「お前たちに呼び出しだ。離宮でルクナ公爵直々に指導していただけるそうだぞ?」

「え~…」

レイニーの言葉にジルが思わずげんなりした声を出す。レイニーはため息をつきながらジルを睨んだ。

「離宮にいる隊長からの指示だ。公爵直々の指導を受けるかわりに、離宮から戻ったら3日間の休暇だ」

「3日もですか?やった!」

休暇と聞いた途端に元気になるジルにレイニーはまたため息をついた。

「準備ができたらすぐに離宮に行くように。陛下は離宮には必要最低限の人間しか連れていっていない。くれぐれも迷惑をかけないように」

「「はい!」」

5人で敬礼して返事をする。離宮に行く準備をするためそれぞれ退室して解散した。

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