避暑

 離宮にやってきた翌日、王は王妃と妃たちを連れて森の中にある湖にやってきた。

「ここは木々がいい木陰を作ってくれるからそれほど暑くはないし、水遊びにはちょうどいい」

昨日の晩餐でそう言った王は侍女に翌日の昼食を弁当にするよう言いつけていた。

「いつきてもここは綺麗ですね」

馬車をおりた王妃が森の空気を吸い込みながら穏やかに微笑む。妃たちも強い日差しではなく優しい木漏れ日が降り注ぐ森と湖に表情を和らげた。

「とても素敵な場所ですね」

「避暑にきたときは必ず一度はくる場所だ。私のお気に入りだよ」

王はそう言うと草の上に座った。王妃もその隣に腰をおろすと、エリスがユリアの手を引いた。

「ユリア様、湖に行きましょう?」

「はい!」

手を引かれてユリアも嬉しそうにうなずく。ふたりは湖に行くと冷たい水に手を浸したりして遊んだ。他のふたりの妃たちは花が咲いているのを見つけてそちらに行く。王と王妃の侍従と侍女のみ、護衛はライルのみといった少数での外出ということもあって、誰に気兼ねすることもなく思い思いに楽しんでいた。

 昼になれば持ってきた弁当を皆で食べる。のんびりとすごしたあと、夕方になる前に離宮に帰った。


 離宮に帰るとファイが出迎えた。

「おかえりなさいませ。陛下、キース様からお手紙が届いております」

「ありがとう」

王は手紙を浮けとるとその場で封を切って中身を確かめた。

「キースは明日子どもたちを連れてこちらに来るそうだよ」

「カイル様の弟君たちもご一緒ですか?」

王の言葉にイリーナが嬉しそうに尋ねる。王はうなずくと手紙を上着のポケットに入れた。

「明日はお茶会かな?叔母上もたぶん明日くるだろうからね」

「楽しみですわ」

妃たちが目を輝かせる様子に王妃は小さく微笑んだ。

「ファイ、明日は茶会を開くから、準備を頼む。天気がいいようなら中庭かサンルームがいいだろうな」

「かしこまりました。準備をしておきます」

ファイがうなずくと王は王妃を連れて屋内に入った。妃たちもそれに続いて入る。玄関ホールに入るとそれぞれの妃の侍女が出迎える。王妃は侍女たちを見ると表情を固くして王と共に部屋に戻っていった。


「ユリア様、おかえりなさいませ」

「ただいま、メイ」

ユリアは出迎えてくれたメイに微笑みながら自室に戻った。

「湖はいかがでしたか?」

「とても素敵なところだったわ。風も気持ちいいし、湖もとても美しくて」

目を輝かせて微笑むユリアにメイは安心した表情を浮かべた。

「お疲れではありませんか?晩餐まで少しお休みになられては?」

「ありがとう。そうするわ」

メイの言葉に素直にうなずいてユリアはドレスを着替えた。

 そのままベッドに横になったユリアは夕方になってメイに起こされた。

「ユリア様、そろそろお目覚めください。それとも、ご気分が優れませんか?」

「ん、いいえ、大丈夫よ…」

目を覚ましたユリアは小さく微笑むとゆっくり体を起こした。

「疲れが出たのかもしれないわね」

「今日は早くお休みください。明日はキース殿下とルクナ公爵様がいらっしゃると聞きました。明日もお忙しいでしょうから」

心配そうに言うメイにユリアはうなずいてベッドをおりた。

「そうするわ。晩餐の前に紅茶をもらえるかしら?」

ユリアの言葉にメイはうなずいて紅茶をいれた。


 晩餐は滞りなく終わり、ユリアは部屋に戻ると湯浴みをして早々にベッドに入った。その様子にメイは心配になり、侍従長であるヒギンズにユリアが少し体調を崩しているかもしれないと報告した。

「晩餐にはおいででしたね?」

「はい。湖からお戻りになってから晩餐の前まではベッドでお眠りになりました。今も湯浴みを終えてもうお休みになっています」

「わかりました。明日、医師に診てもらえるように手配しておきます。陛下にも報告しておきますので、また何かあったら報告してください」

ヒギンズの言葉にメイは安心したようにうなずき、ユリアの部屋に戻っていった。その後ろ姿を見てヒギンズは王の部屋を訪れた。

「陛下、失礼いたします」

声をかけ、返事を聞いてから部屋に入る。部屋の中では王と王妃がチェスをしているところだった。

「陛下、少々ご報告したいことが」

「なんだ?」

チェス盤から顔をあげた王がヒギンズに目を向けて尋ねる。ヒギンズはユリアが体調を崩したようだと報告があったことを告げた。

「明日、医師に診ていただけるように手配します」

「頼む。視察に連れていってすぐに避暑にきたからな。疲れが出たのかもしれない。ユリアには悪いことをした」

王がそう言って心配そうな顔をすると、王妃も心配そうにうなずいた。

「晩餐のとき、少し顔色が優れないようでしたものね。わたくしももう少し気に掛けていればよかったです」

「今回より忙しいことはこれからいくらでもございます。慣れていただくしかないかと」

ヒギンズの言葉に王と王妃は苦笑しながらうなずいた。厳しいようではあるが、ヒギンズの言葉は真実だった。

「ともあれ体調が悪いのは心配だ。医師の診察がすんだら結果を私にも教えてくれ」

「かしこまりました」

ヒギンズはうなずいて一礼すると医師に話をするために部屋を後にした。

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