ルクナ公爵の屋敷
シアンは城にいる間は王妃や妃たちに可愛がられ、年相応の表情を見せていた。そして、ルクナ公爵家に行く日、見送りには王や王妃だけでなく妃たちも集まった。
「叔母上、シアンをよろしくお願いします」
「お任せください。私が王都にいる間はシアン様も王都の屋敷に滞在していただきますから、私が登城する際は一緒に連れてきましょう。カイル様との対面もまだですしね」
公爵の言葉に王はうなうずいた。なかなか都合がつかず、城にいる間にカイルと対面することは叶わなかったのだ。
「陛下、王妃様、お妃様方、お世話になりました」
「また遊びにいらしてくださいね」
礼を言って頭を下げるシアンの手を王妃がそっと握る。シアンは嬉しそうににこりと笑ってうなずき、公爵と共に城を去っていった。
「陛下や王妃様たちとずいぶん打ち解けたようで安心しました」
屋敷に向かう馬車の中、公爵は穏やかに微笑みながらシアンに声をかけた。
「皆様とてもお優しくて、よくしていただきました」
「これからはあの方々のお役にたてるようにしっかり勉強するように」
「はい」
公爵の言葉にシアンはしっかりとうなずいた。
「私は普段領地にいることがほとんどです。今回の王都滞在は異例と言っていいでしょう」
「あの、僕のせいですか?」
不安そうに尋ねるシアンに公爵は首を振った。
「貴族たちがずいぶん騒がしいとお聞きしたので、久しぶりに御前会議に出ようと思っただけです。出るならば何度か続けて出たほうがいいですからね」
そう言って微笑む公爵の表情はどこか冷たかった。
「あなたもお気づきでしょうが、貴族の中には陛下を蔑ろにする輩もいます。陛下にお子がいないのをいいことに自分の娘を後宮に送ろうとするものが大半ですね。それは今の王族の数が少ないこともあります。王位継承権を持つほど血が濃い王族は陛下とキース殿下、私、そしてあなたくらいのものでしょう」
公爵の言葉をシアンは真剣な表情で聞いていた。
ギルドア侯爵がずっと王を疎んでいるのはなんとなく気づいていた。でなければ自分を王になどとは言わないはずだ。それはなぜなのだろうとずっと考えていたが、王に直接会ってなんとなくわかった。リアム王は聡明で名君と呼ばれるに相応しい。それ故に私欲に走ろうとする貴族たちからすれば思うように動かすことのできない、頭の良すぎる王は邪魔だったのだろう。
「僕は、王位なんていりません。放棄することはできるのでしょうか?」
シアンの言葉に公爵は驚いたような顔をした。
「書面で議会に王位継承権を放棄することを伝えることはできるが、いざとなれば貴族たちはあなたを担ぎ出すでしょう。それを防ぐにはあなたが力をつけること、たくさんのことを学ぶことが大切です」
「はい。僕は知らないことだらけです。公爵様、僕に陛下たちのお役にたつ力、貴族たちにいいようにされない力をください」
「よろしい。勉強の他に護身術も教えましょう。私は親衛隊や騎士団にも訓練をつけています。厳しいですよ?」
「よろしくお願いします」
公爵の言葉にシアンは迷わず頭を下げた。公爵はギルドア侯爵と共に初めて王に対面したときのような弱々しさがなくなったことに目を細め、「こちらこそよろしく」とうなずいた。
公爵の王都での屋敷は城から程近い場所にあった。門をくぐると初老の執事が玄関で待っている。公爵が先に馬車をおりると執事が一礼した。
「おかえりなさいませ。そちらの方が?」
「ただいま。ええ、彼はシアンです。シアン、彼はゼノン。この王都の屋敷を任せています」
公爵に紹介されたゼノンはシアンに綺麗に一礼した。
「はじめまして。ご用の際はお声がけください」
「はじめまして。シアンです。よろしくお願いします」
シアンも頭を下げるとゼノンはにこりと笑った。
「エカテリーナ様、隊長殿がお越しでございます」
「ライルが?」
「はい。応接室のほうにお通ししております」
ゼノンの言葉に公爵はうなずくとシアンを連れて屋敷に入った。
「親衛隊の隊長とは昔からの知り合いで、時々こうして訪ねてきます。私がいないときもくるかもしれませんが、そのときは相手をしてやってください」
公爵の言葉にシアンは不思議そうな顔をしながらもうなずいた。
応接室に行くとライルがソファでくつろいでいた。
「お待たせした」
「いえ、不在を承知で来たのは私ですから」
ライルは立ち上がって一礼するとにこりと笑った。
「あの、先日はありがとうございました」
「いいえ、仕事ですからお気になさらず」
シアンがサヘルまで護衛をしてくれた礼を言うと、ライルはにこりと笑って首を振った。
「公爵は何かと厳しい方ですが、愛情深い方でもあるのでご安心くださいね」
「はい」
ライルの言葉にシアンがクスクス笑いながらうなずく。公爵は肩をすくめるとソファに座った。
「今日は非番では?何か急用ですか?」
「いえ、シアン様が少し心配で様子を見にきただけです。お元気そうなお顔も見られましたし、私はこれで失礼しますね」
にこりと笑うライルに公爵は呆れたような顔をしつつうなずいた。
「そうだ、王都にいる間に親衛隊に訓練をつけていただきたいのですが」
「ええ、かまいませんよ。久しぶりですからね。どれほど腕を上げているか楽しみです」
そう言って美しい笑みを浮かべる公爵にライルは苦笑しながら「お手柔らかにお願いします」と言って帰っていった。
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