カイルの登城
カイルが帝王学を学ぶために登城するということは数日後には貴族はもちろん、城中の者の知るところとなった。
カイルと付き添いでくる父キースが使う部屋の用意が急いで行われ、それは後宮においても同じだった。
カイルが使う部屋は王と王妃の部屋のそばだった。勉強ができるように机が入れられ、本棚と大量の本が運ばれる。その代わり応接セットは妃たちの部屋にあるものより小さいものが入れられた。
「ユリア様、明日からカイル様と王弟殿下がいらっしゃるのですよね?」
そう言って落ち着かないのはメイだった。メイだけではない。後宮にいる侍女たちほぼ全員が浮き足立っていた。それは、今まで誰も子を成したことがないのに、王位を継ぐかもしれないカイルが後宮にいて大丈夫だろうかという不安からだった。表だって何かするとは誰も思っていなかったが、もしかして王妃や妃がカイルに辛く当たるのではとヒヤヒヤしている侍女が多いようだった。
「メイ、少しは落ち着きなさい。カイル様がいらっしゃるといっても、私たちがお顔を会わせる機会はきっとそう多くないわ」
ユリアは呆れたように言うと、少し休むと言って寝室に入った。
寝室にある秘密の通路から秘密の部屋へ行く。扉を開けるとそこにはイリーナがいた。
「あら、ユリア様、ごきげんよう」
「イリーナ様、ごきげんよう」
本を読んでいたイリーナがにこりを笑って声をかけてくれる。ユリアはそれに小さく微笑んで応えた。
「お元気がないようですけど、何かありました?」
「ええと、カイル様が明日から登城されるせいか、侍女たちが落ち着かなくて」
「ああ、そうですわね。私も呆れてしまってこちらに避難してきましたの。私たちよりずっと気にしているのですもの。疲れますわよね」
イリーナの言葉にユリアは苦笑しながらうなずいて一人掛けの椅子に座った。
「心配してくれているらしいとは思うのですけど、ちょっと大袈裟というか」
「私たちが騒いでいないのだから騒ぐ必要なんてないのですけど」
イリーナは苦笑すると肩をすくめて本を閉じた。
「これでは明日本当にカイル様が後宮にいらしたらもっと大変そうですわね」
「あまり騒ぐとカイル様が気にされると思って、落ち着くように言ったんですけど、あまり効果はなさそうです」
「たぶん落ち着いているのは王妃様の侍女だけでしょうね」
イリーナの言葉にユリアは力なくうなずいた。
翌日、時間通りに登城してきたキースとカイルは謁見の間で王と王妃に謁見した。
「陛下、王妃様、本日より息子のカイルも登城いたします。ご迷惑をおかけすることがあるかと思いますが、よろしくお願い致します」
「キースにとってここは実家だ。ゆっくり寛ぐといいよ。カイルも、急に色々覚えようと焦る必要はないから、ゆっくり自分のペースでね?」
「はい。ありがとうございます」
王からの言葉にカイルは臆することなく返事をした。
王妃からの言葉はなく謁見は早々に終了した。そして早速カイルは用意された部屋で家庭教師から帝王学の授業を受けることとなった。
謁見の間を出ると、広い廊下には貴族たちが集まっていた。
「キース殿下、お久しぶりでございます」
遠巻きに見ていた貴族たちの中からひとり、キースに声をかけてきた貴族がいた。老齢の貴族の男は年齢に似つかわしくなく、野心に満ちた目をしていた。
「ギルドア侯爵、お久しぶりです」
「ご子息には初めてお会いいたしますな。ギルドア侯爵ガルマと申します。どうぞお見知りおきを」
「はじめまして。カイル・アステリアです」
好好爺の体で挨拶をしてきた侯爵にカイルも笑顔で応える。侯爵はキースと他愛もない話をすると去っていった。
「父上、いつもこんなにたくさんの貴族の方々がいらっしゃるのですか?」
「いや、今日はカイルが登城すると知らせがあったからね。皆さんお前を見にきたんだろう」
無邪気な様子で尋ねてくるカイルに苦笑しながらキースが言う。カイルは「そうなんですか」と笑顔を浮かべながら廊下に集まっていた貴族たち眺めた。
その日の午後、ユリアが中庭を散歩しようとメイと廊下を歩いていると、ちょうどキースとカイルに会った。
「王弟殿下、カイル様、ごきげんよう」
「ごきげんよう。確かあなたはユステフ伯爵家の」
「ユリアと申します」
ユリアがにこりと笑って答えるとキースは「そうだった」と言って微笑んだ。
「ユリア様はお散歩ですか?」
「はい。中庭を歩こうと思っておりました。カイル様はお勉強の休憩ですか?」
「いえ、勉強はさっき終わったんです。父上に城の中を色々教えてもらっているところです」
ハキハキと答えるカイルにユリアは微笑んだ。
「そうなのですね。落ち着いたらお茶会にお呼びしてもいいでしょうか?」
「お妃様のお茶会に僕が呼ばれてもいいのでしょうか?」
「もちろんです。もしカイル様がお嫌でなければ、ぜひいらしてくださいな」
ユリアの言葉にカイルは嬉しそうに微笑んで「ありがとうございます」と頭を下げた。
「陛下が今日の晩餐にお誘いくださいました。騒がしくなるとは思うのですが、私とカイルもご一緒させていただきます」
「まあ!そうなのですね。楽しみです」
キースの言葉にユリアが笑顔で答える。ユリアは「では晩餐のときに」と会釈してふたりと別れた。
「ああしていると年相応の子どもに見えるのに、色々とお勉強があるなんて大変ね」
「貴族のご子息たちもあれくらいの年齢から家のことや貴族社会のことを学び始めると聞きますから、子どもらしく遊んだりということは少ないのかもしれませんね」
ユリアの言葉にメイがうなずく。ユリアは兄と歳が離れていたから知らなかったが、兄もあまり遊ぶことなく子ども時代をすごしたのかと思うと少し悲しかった。
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