隠し部屋

 カリナに促されて隠し扉から隠し通路に入ったユリアは不安そうな顔をしてカリナのあとをついて歩いた。通路は一本道だが、緩くカーブしたりいる。少し歩くと、少し広い空間に出た。そこには他にも通路が繋がっており、カリナは迷うことなくひとつの通路を選んで歩いた。そして、行き止まりには重厚な扉があった。

「ここよ」

そう言ってカリナが扉を開ける。そこはまるでサロンのようだった。奥には暖炉があり、換気用なのか小さな窓もある。様々は形のソファや椅子があり、床にも座れるように毛足の長いラグが敷かれている場所もあった。

「あら、いらっしゃいませ」

隠し部屋に入ったカリナとユリアに声をかけたのはイリーナだった。彼女はゆったりソファに座って本を読んでいた。

「カリナ様、ここはいったい…」

「ここはね。私たちの秘密のサロンよ」

カリナがそう言って悪戯っぽく笑う。イリーナも本を閉じるとクスクス笑ってユリアをソファに呼んだ。

「王妃様や妃たちの部屋の隠し通路はここに繋がっているの。ひとりになりたいときや、何が相談事があるとき、ここにくるのよ」

「ここには陛下も入ってはこられないわ」

そう言って微笑むふたりにユリアは改めて隠し部屋の中を眺めた。

「でも、いつもどなたかがいらっしゃるわけではありませんよね?」

「そういうときはね、こうするのよ」

カリナはにこりを笑うと置かれていたピアノの前に座った。そうしてゆっくり弾き始めると、音が壁に響いて不思議な音色を奏でた。

「あなた、ピアノは弾けるかしら?」

「はい。嗜む程度ですが」

尋ねるイリーナにユリアがうなずくと、イリーナは「それで十分よ」と笑った。

「ここでピアノを弾くとね。各お部屋に響くのよ。だから、お部屋にいればピアノが聞こえるわ。音楽室も近いから、侍女たちは音楽室で弾いていると思っているけれど、音楽室のピアノは実は聞こえないのよ。だから、ピアノが聞こえたら誰かがここで呼んでいるということになるの」

「そうなのですか。すごいです」

こんな隠し通路や、隠し部屋があったなんてとしきりにユリアが驚いていると、扉が開いて王妃とエリスがやってきた。

「あら、皆様おそろいなのね」

「何かあったんですか?」

王妃がソファに座るとピアノを弾き終えたカリナがユリアにこの場所を教えていたと言った。

「ユリア様から少しご相談を受けまして、ちょうどいいと思ってこの場所をお教えしました」

カリナの言葉に王妃や妃たちの表情が変わる。ユリアが申し訳なく思っていると、カリナが事情を説明してくれた。

「なるほど。わかりました。確かに今度のパーティーでわたくしが着るドレスは白ですけど。お針子なら知っていて当然なのですが」

「やっぱり白なのですね。今からでも言って違う色にかえさせます」

しゅんとして言うユリアに待ったをかけたのはエリスだった。

「ドレスの色を変えるように言ってもなんだかんだと理由をつけて結局白いドレスにさそうですよ?それなら、いっそ白のドレスを着てパーティーに出席して、途中でお色直しをなさったらいかがです?」

「あら、それは素敵だわ」

エリスの提案にイリーナが面白そうだと賛成する。だが、どうやって中座するのかとユリアが首をかしげると、王妃が控えめに手をあげた。

「わたくしが中座できるようにいたしましょう。別のドレスもわたくしが用意させます。侍女に話しておきますから、ユリア様はわたくしの侍女の言うとおりになさるといいわ」

「しかし、王妃様にご迷惑では?」

「大切な妹が困っているのですもの、わたくしにも手伝わせてくださいな」

「お姉様…」

優しい王妃の笑顔にユリアの頬が赤らむ。王妃が手招きしてユリアを隣に座らせると、エリスは新しいドレスはどのようなものがいいかと言い出した。

「最初の日の晩餐に着ていらした淡いピンクのドレスはよくお似合いでしたわ」

「ユリア様は淡い色がお似合いになりますものね」

イリーナとカリナが楽しそうに言うと、エリスは「もう少し派手な色でも似合いそう」と言った。

「濃いめのオレンジや紫なんかどうでしょう?」

「そういう色は着たことがありません」

家でも淡い色のドレスを好んで着ていたと言うユリアに王妃は穏やかに微笑んだ。

「今回のパーティーはユリアさまのお披露目も兼ねていますから、少しくらい派手でもいいとは思いますけど」

「では、少し濃いめのピンクか青でいかがでしょう?」

エリスの問いに王妃がユリアに視線を送る。ユリアは少し考えると「では青で」と言った。

「元々、淡い青のドレスを仕立ててもらうつもりだったのです」

「そうなの。ではちょうどいいわね。デザインなどはわたくしに任せてくださるかしら?」

「はい。王妃様にお任せします」

ユリアがうなずくと、王妃は少しだけ寂しそうな顔をした。

「あの、王妃様?」

王妃の表情に気づいたユリアが何か粗相をしてしまっただろうかと不安げな顔をする。すると、王妃は小さく首をかしげてユリアの手を握った。

「先ほどはお姉様と呼んでくださったのに、もうそう呼んではくださいませんの?」

「え!?あの、お姉様と、お呼びしてもよろしいのですか?」

王妃の意外な言葉にユリアがおずおずと尋ねると、王妃は嬉しそうに微笑んでうなずいた。

「ええ。ぜひ」

「ありがとうございます。お姉様」

王妃の言葉に礼を言ってお姉さまと呼ぶと、王妃は花が綻ぶような笑顔を浮かべた。

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