王妃のお茶会
翌朝、少し早く目が覚めてしまったユリアは朝食をすませるとお茶会用のドレスに着替えた。着るのは淡い若草色のドレス。これもユリアが持ってきたものではないので、きっと王妃が選んでくれたものだろう。
ドレスを着替えて薄く化粧をする。そして明るい茶色の髪を軽くセットした。
「ユリア様、お可愛らしいです」
「ありがとう。王妃様たちに失礼のないようにしないとね」
嬉しそうに微笑みながら言うユリアにメイは心配そうな顔をした。
「ユリア様、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫です。陛下もいらっしゃるとおっしゃっていましたし」
「それはそうですが…」
にこにことしているユリアとは対照的にメイの表情は暗い。ユリアはメイに向き直るとそっと手を握った。
「メイ、本当に大丈夫よ。心配しないで」
「…わかりました。でも、何かあったら必ずおっしゃってくださいね?」
「ええ、わかっているわ」
うなずくユリアにやっとメイの顔にも笑顔が戻る。10時には少し早かったが、9時30分になるとユリアはメイと共に部屋を出た。
王妃の温室は後宮の庭の奥にあった。外に出て美しい庭園を眺めながら歩くのはとても気持ちよかった。思えば後宮にきてから外に出たのは初めてだった。後宮は思ったよりずっと広い。落ち着いたら色々と見て歩きたいと思いながら歩いていると、磨りガラスの小さな温室が現れた。
「あそこが王妃様の温室です。薔薇を育てていらっしゃるのだそうです」
「薔薇ですか。可愛らしい温室ですね」
温室の前には昨日紹介された王妃の侍女が立っていた。
「ユリア様、ようこそおいでくださいました」
「すみません。少し早すぎましたか?」
気が急いて早く来すぎてしまったと謝るユリアに侍女は首を振った。
「どうぞお気になさらずに。中にお入りください。ご存知とは思いますが、ここから先はユリア様のみとなります。あなたはお戻りなさい」
「はい。では、ユリア様、またお迎えにまいりますので」
「ええ、ありがとう」
素っ気ない王妃の侍女の言葉にメイが表情を険しくしたのがわかった。ユリアは困ったように笑いながらメイを見送ると、王妃の侍女に促されて温室の中に入った。
「失礼します」
「あら、いらっしゃい」
温室の中では王妃が手ずから薔薇の剪定をしていた。
「昨日の晩餐ではごめんなさいね?陛下ったら、わたくしがああなるのをわかっていて楽しんでいらっしゃるのだから」
「いえ、私は大丈夫です。今日はお招きくださってありがとうございます」
ユリアが首を振ってから頭をさげて招待への礼を言う。王妃はにこりと笑うと薄いピンクの薔薇を一輪切って丁寧に棘を取った後、ユリアの髪にさした。
「よく似合っていてよ。そのドレスも、着てくださってありがとう」
「やっぱりこれも王妃様が選んでくださったのですか?私、こういう色のドレス大好きなんです」
嬉しそうに笑うユリアに王妃も嬉しそうに微笑む。そうしているうちにカリナとイリーナ、エリスが温室にやってきた。
「皆様おそろいですね。ではお茶会を始めましょうか」
王妃が声をかけると侍女たちが紅茶や菓子を運んでくる。温室の中央におかれたテーブルにはあっという間に美味しそうなお菓子と紅茶が並んだ。
「今日は久しぶりのお茶会ですから、たくさんお喋りしましょうね」
「ユリア様もいらっしゃいますし、本当に楽しみにしてしましたのよ」
「王妃様、あとで私に薔薇を一輪くださいませんか?」
カリナとイリーナがにこにこと楽しそうに笑い、エリスが王妃に薔薇をねだる。晩餐の席での様子とは全く違う4人にユリアは目を丸くしてしまった。
「ユリア様、遠慮しないでお好きなものを食べてください?飲み物も色々なものがありますから」
「はい、ありがとうございます」
王妃に声をかけられてユリアが答えると、エリスがクスクス笑った。
「ユリア様は驚いているのよね?晩餐での様子とあまりに違うから」
「あら、そうですの?」
おっとりと尋ねる王妃にユリアは真っ赤になりながらうなずいた。
「皆様がお優しいのはわかっていたのですが、こんなに仲がよろしいのだとは思わなくて」
「確かに、普通なら王妃と妃は険悪なのかもしれませんわね。現に先王様のときは大変だったそうですし」
ユリアの言葉を聞いてカリナがクスクス笑いながら言う。ユリアはうなずくと躊躇いながら口を開いた。
「あの、どうして皆様は王妃様が実はお優しいのだと言わないのですか?」
「それは、わたくしのせいかもしれないわね」
王妃が困ったように言うと、イリーナが「それは違いますわ」と首を振った。
「私たちはリーシュ様に王妃でいていただきたいの。だから本当のことを言わないのよ」
カリナの言葉にユリアは不思議そうに首をかしげた。
「わたくしはたくさんの人の前だと話せなくなります。それが臣下でも侍女たちでも。今、それを知らない方々はわたくしが常に冷静沈着で冷たい人間だと思っているのでしょうけど、もしわたくしが極度の緊張のあまり表情が固まって話せなくなるのだと知ったら、きっと王妃に相応しくないとおっしゃるでしょうね」
「あ…」
王妃の言葉でハッとしたユリアは思わず口元に手を当てた。
「そんなことにならないように、私たちは表向きお互いに牽制しあっているように見せているのです」
「王妃に相応しいのはリーシュ様であると、皆に思い続けてもらうために」
カリナとエリスの言葉にユリアはこくりとうなずいた。
「私の考えが足りませんでした。お聞かせくださってありがとうございます」
「そんなにかしこまらないでくださいな。わたくしは陛下に請われてここにいるのですけど、たくさんの人の前は怖いのにお話し相手がほしくて、妃などという地位に皆さまをお呼びしてしまいました。皆さまも恋をして、素敵な家庭を築けたかもしれないのに」
「リーシュ様、それは気になさらないでください。私たちは家にいたとて政略結婚に使われるのがおちですもの」
「ここで皆さまと楽しく過ごしたほうが幸せですわ」
頭を下げるユリアに王妃が微笑みながら言う。それに対してイリーナとエリスが答えていた。
待たされるそれぞれの侍女たちの心配とはよそに、お茶会はとても和やかで楽しいものだった。
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