険悪だと噂の後宮は実は暖かい場所でした

さち

伯爵家の姫、後宮入りする

 アステリア王国は緑豊かな国だった。王は若いが才気に溢れ、臣民からの信望も厚かった。そんな王には王妃の他に3人の側室がいた。王妃にも他の妃たちにもまだ子はなく、臣民は次代の御子の誕生を今か今かと心待ちにしていた。

 そんな王室にはまことしやかに囁かれる噂があった。それは、王妃と他の妃たちのこと。

 王妃は他の妃たちが気に入らず、常に辛くあたり、他の妃たちも互いに王の寵愛を得ようと牽制しあっているというものだった。

 そんな噂が流れるには理由があった。それは、先代の王の王妃と妃たちがそれはもう仲が悪く、公衆の面前であろうと嫌がらせをしていたからだ。そして、先代の王もそれを嗜めることはしなかった。というかできなかった。先代は完全に尻に敷かれていたのだ。そんな先代の様子を見ていた臣民は、今代の王が側室を持ったことに驚きつつも、やはり後宮内はドロドロしているのだろうと勝手な想像をしていた。といっても先代のように公衆の面前で嫌がらせをしたり王妃が妃たちに辛くあたったりするということはないのだが、仲良く話をしているところも見たことがない。というか互いに目を合わせることもしない。そんな様子がきっと仲が悪いのだろうと思わせる原因でもあった。


 そんな後宮に、このたび新たな側室が召しあげられることになった。その娘はユステフ伯爵家の次女、ユリア・ユステフ16歳であった。

「ユリア、お前を後宮に送り出すことは心配だが、断るわけにもいかない。許しておくれ」

娘の手を握り心配そうにする父にユリアはにこりと笑った。

「大丈夫ですわ、お父様。ご心配なさらずに」

気丈に振る舞う娘に父はますます心配そうな顔をし、母は涙を流していた。

「ユリア、王妃様や他のお妃様にいじめられたら私に言うのよ?」

そう言って手を握る姉にユリアは笑ってうなずいた。

「ありがとう、お姉様。では、行ってまいります」

まだあどけなさが残る笑顔を残してユリアは王宮に旅立っていった。


 王宮に入ったユリアはまず王と王妃に挨拶するために謁見の間に案内された。

 謁見の間に入り、王と王妃の前に膝をつく。若く美しい王と王妃は並んでいるだけで絵になるほど美しかった。

「ユリア・ユステフと申します」

「そなたがユリアか。急なことですまなかったな」

挨拶をしたユリアに最初に声をかけたのは王であるリアム・アステリアだった。彼はまだ30歳と若く、王位に就いて5年だったが、その才覚で他国との貿易を進め、国を豊かにしていた。

「こちらは王妃のリーシュだ。後宮のことは彼女に聞くとよい」

「はい。王妃様、よろしくお願いいたします」

ユリアが改めて挨拶をすると、リーシュ王妃はわずかにうなずいただけだった。

「あ~、リーシュは人見知りなのだ。そんなに怖くはないから安心するがいい」

表情も硬い王妃にリアム王が慌てたようにフォローする。謁見はそのまま終わり、ユリアは侍女に連れられて後宮に入った。


 後宮は王宮の中でも最奥に位置していた。それは次代の王になる御子や王の妻たちが住まう場所、そして王が気兼ねなく休む場所として後宮が存在するからだった。

「ここがユリア様のお部屋になります」

侍女に案内されて入った部屋は日当たりのいい部屋だった。風呂やトイレ、洗面所と応接間、寝室に別れた部屋は質素だが品の良い調度品が並んでいた。

「綺麗なお部屋」

「お荷物のほうはすでに運んでありますが、他にご入り用のものがありましたらお申し付けください」

そう言って頭を下げる侍女はこのままユリア付きになるメイという30代半ばの女性だった。

「あの、お妃様たちにご挨拶をしたいのですが」

「あ、はい。ではご都合のほうを聞いてまいりますね」

ユリアの言葉にメイは微妙に目線をずらしてうなずき部屋を出ていった。

「やっぱり王妃様やお妃様たちが仲が悪いというのは本当なのかしら。まあ、まだどなたもお子がいないし、仕方ないのかしれないけど」

王妃や妃たちに一番求められることは一刻も早く子どもを、次の王となるべき王子を生むことだった。

 リアム王がリーシュ王妃と結婚したのは20歳のときだった。それから子ができることはなく、2年後に1人目の側室が、さらに2年後に2人の側室が後宮に入っている。そして今回のユリアの後宮入り。これは臣下たちが一刻も早く子を成してほしいと焦っていることの現れでもあった。

 ユリアは寝室に行くとクローゼットを開けた。中には自分が持ってきたドレスの他に真新しいドレスがある。王からの贈り物だろうかと思うと少し心が弾んだ。寝室の調度品もどれも品がいいものばかりだ。誰が選んでくれたかはわからないが、ユリアの好みにぴったりだった。

「ユリア様、ただいま戻りました」

戻ってきたメイの声が聞こえて応接間のほうに戻る。メイは寝室から出てきたユリアに軽く頭を下げた。

「お妃様たちへのご挨拶は夕食のときで良いとのことです。今日はお疲れでしょうからまずは休むようにと」

「そう、ですか…」

メイの言葉にユリアは落胆の色を見せた。覚悟はしていたがやはり歓迎されてはいないようだ。確かにユリアは他の妃たちよりずっと若い。妃たちからしたら王の寵愛を横取りする泥棒猫と同じだろうと思うと歓迎されないのは当たり前かと思った。

「夕食はどこで?」

「夕食は陛下もご一緒に後宮の広間でとなります。王妃様やお妃様たちもご一緒です」

メイの言葉にユリアの表情が自然と暗くなる。あの王妃様と険悪との噂のお妃様たち、楽しく食事などできそうになかった。

「夕食まで休むわ。ひとりにしてちょだい」

ユリアの様子にメイは心配そうな顔をしながらも部屋を出ていった。

 ひとりになったユリアはため息をつくとソファに座った。柔らかく座り心地のいいソファは優しくユリアを包んでくれるようだった。

「私、ここでやっていけるかしら…」

呟いた言葉に答えてくれる声はなかった。

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