親鷲と子鷲

望月ミナキ

親鷲と子鷲

「善いことをしてもらったなら、善幸で報いなさい。善い行いは必ず報われますから」

 子鷲は、生まれたときから、毎日のように親が語るこの教えを聞いて育ってきた。

 子鷲は思い出す。この教えと一緒に語られる物語を――


 昔、親鷲は、罠にかかったところを農夫の男に助けられたそうだ。

 親鷲は農夫に感謝の言葉を述べ、何かあった時には必ず農夫を助けると伝えると、その場を飛び去った。

 それから数日後、今度は崩れかけている崖の上で立ち竦んでいる農夫を見るや、親鷲は急ぎ農夫の下へ飛んで行き、農夫を鉤爪でつまみ上げた後、高く舞い上がり、間一髪のところで農夫を助け出した。

 農夫は、崩れ落ちる崖を見て唖然とするも、すぐに顔を上に向け、親鷲に対して感謝の言葉を述べたそうだ。


 親鷲は子鷲に対して、何度も語って聞かせた。

「善いことをしてもらったなら、善幸で報いなさい。善い行いは必ず報われますから」

 子鷲は、親の教えを守ろうと思いながら成長していった。



 ある時、子鷲は、罠にかかったところを身なりの悪い男に助けられた。

 子鷲はその男に感謝を述べ、親鷲に習って、何かあった時は必ず助けると伝え、その場を飛び去った。

 それから数日後、子鷲は、以前助けてもらった男が道端で倒れているのを見つけた。近くに降り立って、男の様子を伺っていると、か細い声で「メシ……メシ……」と唸っていた。

 どうやら、何日もろくに食べておらず、空腹極まって動けなくなったらしい。

 子鷲は、罠から救ってくれた恩に報いようと、川で何匹もの魚を捕まえ、この男の元に持ってきた。

 男は意識が朦朧とする中、魚を食べた。はじめは静かに食べていたが、三匹ほど喰らったあたりから気力が蘇ってきたのか、子鷲が持ってきた魚をすべて平らげた。

 満腹になった男は、しかし、子鷲に対して何も述べることなく、去っていった。


 男と別れた後、子鷲は自身の巣へ向かって、夕陽の下を飛んでいた。

 子鷲の飛び方は軽快で、親と同じく、善行に報いることができ、大変嬉しかった。

 男が何も言わずに去ったことを子鷲は特に気にしていなかった。

 むしろ、いつか自分にも子供ができた暁には、親の教えを子供にも伝えようという思いを抱きながら、子鷲は夕空の彼方にへと消えていった。



 その翌日、乞食は、昨日食べた川魚の寄生虫が元で死亡した。

 子鷲は、人間が川魚を生食で食べてはいけなかったことを知らなかった。

 

 乞食が死んだことを、子鷲は知らない。

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親鷲と子鷲 望月ミナキ @mofutto3

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