第十五話 親父の願望を叶える道具にされるなんてっ!

 七年ぶりに再会した父母によってリアンと名付けられたアサギはそのまま二人と共に食卓を囲んだ。

 あまり大きくはないが丈夫なつくりの四角い無垢のテーブルに同じ素材の椅子が三脚。自分の席が変わらず用意されていることが素直に嬉しかった。

 

テーブルを彩ったのは母の手料理、それも大好物だった鶏肉のクリームシチューだった。

副菜には白身魚のソテー、温野菜にツナとコーンのトッピング、かけてあるのはシーザードレッシング。そしてふわふわのロールパンも添えられていた。

 

 異世界むこうでも美味しいものはあったが、その彩りは比にならない。

 花柄の可愛いテーブルクロスも敷かれ見るだけで楽しい。現代はやはり豊かだ。


 食事中の話題は母・藍の主導で専ら異世界向こうでの生活についてだった。人の暮らしは、政治は、産業は……食卓を彩った白ワインのせいもあってか饒舌、根掘り葉掘り質問攻めだった。

 リアンは記憶をフル動員し知りうる限り答えた。今まで味わった孤独や寂しさを帳消しにするべく、とにかく話したかった。


 生活レベルの話ばかりで幸か不幸かリアン自身のことについてはあまり深堀されずに済んだ。深堀したがるのは青一郎のほうだったがそれも軽く茶々入れる程度で比較的平穏に終わったのだが、そのあっけなさは逆に違和感を呼んだ。

 気を遣って訊かないでくれているというより興味を持たれていないのでは……。そう思うと一家の団欒だんらんもどこか空々しく切ないものだった。


 それでもそんなことは気にしなければ済む話で、食事が絶品であることに変わりは無かったからリアンは七年ぶりに過ごす三人でのひと時を楽しんだ。


 夕食を終えると酔いの回った藍は早々に自室へと引き上げる。

 青一郎に振舞われた紅茶で一息つくリアンは片付けを終えた青一郎に呼ばれ書斎へと向かう。片手で足りるほどしか入ったことの無い父の仕事場。そこだけドアの塗装が濃く……塗装だけではない、扉の素材から質が違った。

 防音のためだろうか。三度ノックし、返事は聞こえないが呼ばれている身なので遠慮なく入る。

 青一郎は机に向かい何やら書き物をしている。少し待っていてくれ、と言われどう時間を潰そうかとあたりを見渡すと本棚に無数の本があった。


 ラノベより愛をこめて


 創作のBlue Ocean


 ザ・ラノベ


 ラノベの彼方から貴方へ


 web小説近代史


 なろう系のヒ・ミ・ツ


 悪役令嬢の掟~ヒール役が溺愛されるまで~


 筆の折れたエンジェル


 執筆トレ!「毎日投稿できる10の約束」


 今日から作家!


 やけにライトノベルや創作関係の本が並んでいる。中年の、それも政治を仕事にしている男の書斎に堂々と並んでいる代物ではないように思えた。



「な、なんで、こんなのがこんなに……」


「お前が失踪したあと、手掛かりになるものは無いかと部屋中の荷物を片っ端から調べてな。行きついたのが、この本だ」



 書類作業を終えた青一郎が出したのは一冊の文庫本。可愛らしい少女と幼さを残しつつも勇敢な表情の少年が表紙に描かれている。どこかで見たような気がした。



「お前が初めて買ったラノベだよ」



 言われ思い出した。壮大なファンタジーだった。

 少年と少女が知恵と勇気で数多あまたの困難を乗り越えていくボーイ・ミーツ・ガールの王道ストーリー。

 絵が気に入って、ちょっと難しい言葉が使われているけど大人ぶりたかった自分にちょうど良くてお小遣いで頑張って買ったっけ。


 1巻では完結しなくて、続きが待ち遠しくて何度も何度も読み返した。



「ここからすべてが始まったのさ……。まったく、本当にファンタジー世界に行ってくるとは……お前は大した奴だ」



 愉快そうに声をあげて笑う青一郎。

 心配かけて、と怒ったり責めたりされると思っていただ一切されない優しさは不自然さを感じさせる。



「それで、これからどうするんだ? ここに住むのか? 死亡届を出したのが女の子になって戻ってきましたとは通じないだろうから養子ということにする。事情ありで戸籍が無い子だということにすればいいだろう。戸籍を用意するのと衣食住、あとスマホか。明日には用意しよう。あとは……ここに百万ある。必要な物買い揃えるといい」


「おやじ……」


「七年居なかったからな……七年分の世話を焼かせてくれ」



 目を伏せながら申し出る青一郎。食卓での様子とはどうも違う。

 真面目な話はお互いに照れもあるのだろう、リアンは躊躇いがちに礼を言う。

 自分は目を逸らさず真っすぐ父を見る。忌み嫌う男であったとしてもしてもらうことに対し誠実さと礼儀は欠きたくなかった。



「……ありがとな、親父」


「ちっちっち。分かってないなぁ。『ありがとうパパ! だーいすき!』って抱きつくとこだぞ?」



 顔を上げニヤリと笑う青一郎。



「死ね」


「年頃の娘に『パパ』って呼ばれるのが夢だったんだよぉ!」


「泣くな!みっともない!」



 つい大声を出してしまった。しまった、近所迷惑になるか、と思う前に不意にドアが開けられる。

 その音に驚き振り返るが目線の高さには誰もおらず、気配を感じ視線を下げるとリアンの腰ほどしか身長の無い少女が右手で目をこすりパジャマ姿で立っていた。

 ストレートの黒髪はつやつや、左手には背丈と同じくらいのクマのぬいぐるみの手を引いている。



「ぱぱ~? 騒がしいでしゅ~」


「おお、シアン! 起こしてしまったか、悪かったな!」


「は???」


「ぱぱ~、この人だれ~?」


「ぱ、パパぁ……?」



 青一郎はシアンと呼ぶ少女をぬいぐるみごと抱き上げる。幼い顔がリアンと同じ高さに来る。初めて見る生き物を見つけたように目をぱちくりさせる少女……いや、幼女と呼ぶべきか。



「いいかいシアン、この人はなルリ「リアンだ」り、リアンと言ってな。……おまえのお姉ちゃんだぞ!」


「はぁ!?お、おね??」


「おねえちゃん……? わぁーいっ! おねーちゃん! シアンね、おねーちゃん欲しかったの!!」


「えっ、あっ、そのっ」


「おねーちゃんはシアンのこと……嫌いなの?」


 戸惑うリアンに少女は敏感に反応する。受け入れられてないと察したのだろう。

 上目遣いでその質問は卑怯だが、この男の血が流れているなら仕方がないのかもしれない。



「あ、いや、そういうわけじゃ……」


「お姉ちゃんはシアンのこと今初めて知ったからきっとビックリしてるんだよ!ドッキリ大成功!!」


「そっか~! わーい! だいせ~こ~!」



 さっきまでの眠い目はどこへやら、無邪気に喜ぶシアンの隣で話を合わせておけと青一郎クソオヤジから目配せを受けるリアン。

 その胸の内で、一つの決意が固まった。

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