第3章 隠し里
第8話 捕らわれの身
リーカーとエミリーはオースの森を後にして、マールの町に向かっていた。そこまでは街道が通じているが、魔騎士たちに見つかるのを恐れて裏街道を通ることにした。そこは険しい山を登る、細く曲がりくねった山道だった。
「助けてくれ!」
といきなり男の叫び声が聞こえた。リーカーが振り返ると一人の男がこちらに走ってきていた。その後に3人の若い男が追ってきていた。それぞれが剣を持ち、いまや前を走る男に斬りかかろうとしていた。
「待て!」と剣が振り下ろされ、逃げる男の右の太ももを斬った。すると男は、
「いたたっ!」と悲鳴を上げたが、何とかリーカーの前までたどり着いて倒れた。
「お願いします。お助け下さい。」男は必死の形相でリーカーに言った。
「どうしたのだ?」リーカーが尋ねると、
「山賊です。奴らが襲ってきました。」男は答えた。すると山賊たちが剣を持ってリーカーの前に立った。
「そいつを渡してもらおう。」
「いやだと言ったら?」リーカーはじっと相手を見据えた。
「痛い目に合うぞ!」山賊の一人が答えた。
「それはどうかな?」リーカーはそのまま動こうとしなかった。
「ではお前は死んでもらう!」3人の山賊が剣を振り上げてきた。リーカーは剣を抜かずにそのままで両手でつかむと、打ちかかってくる剣を避けてそれで叩きのめした。
「ぐえー!」「いてえー」山賊たちは悲鳴を上げてその場に転がった。
「まだやるか?」リーカーが言うと、山賊たちはあわてて逃げて行った。
男は右の太ももを斬られて血を流していた。リーカーがすぐに懐の布を裂き、それで傷を縛った。
「回復魔法は使えぬが、これで血は止まる。もう大丈夫だろう。」リーカーが男に声をかけた。
「ありがとうございます。おかげで助かりました。私はジム。この山里の者です。」男は立ち上がろうとしたが、右太ももに受けた傷のために力が入らなかった。
「肩を貸そう。家まで歩けるか?」リーカーは剣をエミリーに渡し、ジムを立ち上がらせて、肩で体を支えた。
「すいません。旦那。でもここで結構です。」ジムはなぜか、固辞しようとした。しかし一人ではまともに歩けぬようだった。
「こんなところにいればまた山賊に襲われよう。かまわぬ。送って行こう。」
「では里の者が通るところまで。それ以上は・・・」
「わかった。」
リーカーはジムを抱えるようにして支えると、ジムが示す里のある方に草むらをかき分けて進んだ。その後をエミリーがついて行った。
王宮ではオースの森にいる魔騎士たちから魔法の黒カラスで報告が入っていた。それはワーロン将軍を激怒させるのに十分だった。
「ガイヤがやられただと! なんという事だ!」。ワーロン将軍の怒鳴り声が執務室に響いた。
「申し訳ありません。ガイヤはしくじったようです。」
「貴様は汚い手をつかうガイヤなら大丈夫だと申したではないか! それがその体たらく・・・。一体どうするつもりだ!」
それに対してザウス隊長はただ頭を下げるしかなかった。だが彼なりに失敗の原因を分析はしていた。
「こうなったのも、リーカーめの行方がはっきりせず、魔騎士たちの連携が取れず、個々の戦いを余儀なくされているためかもしれませぬ。」ザウス隊長が言った。
「それでは現場で魔騎士たちの指揮を執る者が必要だな。」
「はい。それを私めにお任せを。すぐにオースの森に行って魔騎士たちの指揮を執ります。」
「いや、お前にはここにいて王宮の内部を監視してもらう必要がある。」
「それならば誰を?」ザウス隊長が訊いた。彼は自分以外に誇り高い魔騎士たちをまとめ上げる者など他にいないと思ってはいた。
「あの男を呼ぼう。」ワーロン将軍は言った。
「あの男とは? もしや・・・」ザウス隊長ははっと思い出した。たった一人、それができる者はいた。しかしその男を使うとなると・・・。
「そうだ。あの男だ。少々、厄介な奴だが、駒としては十分利用価値がある。」ワーロン将軍は目論んでいた。
するとその時、また壁が光り始めた。それを見たワーロン将軍とザウス隊長はあわてて片膝をついて頭を下げると、その前に人の姿が現れた。
「どうなっておるのだ? エミリーは殺れたのか?」それは低く暗い声を発した。
「申し訳ありませぬ。いまだに・・・」ワーロン将軍はそう答えた。
「遅い! 遅いぞ! あれからどれだけ経っていると思うのか!」その声に怒りが混じっていた。
「申し訳ありません。手違いがあり、作戦に齟齬をきたしたようです。例の男を利用しますのでご安心を。」ワーロン将軍は仁あり気に言った。
「そうか。ならば仕方ない。わらわも少し力を貸すとしよう。」それだけ言ってその人の姿はまた消えていった。
リーカーはジムの案内通りに山の中に分け入った。
(こんなところに里が? 確かここいらには・・・)リーカーがそう思っていると、
「旦那。じゃあ、この辺で・・・」とジムが言った。すると周囲でガサガサという音が聞こえた。どうも何者かに囲まれているようだ。
「ジム。だましているわけではないな?」リーカーが探りを入れるように訊いた。
「と、とんでもない。旦那には助けていただいたのです・・・ですが・・・」
そう言い終わらないうちに周囲から槍を構えた男たちが飛び出してきた。
「何者だ! この隠し里に足を踏み込むとは!」彼らは声を上げた。するとジムがあわてて、
「この人たちは怪しい者じゃねえ。俺が山賊に襲われているのを助けてくれたんだ! 俺が歩けないので送ってくれただけなんだ!」と男たちに必死に説明した。だが彼らはそれでも槍を下ろさなかった。すると、
「そんなことだけじゃ、信用できないね!」と草むらをかき分けて一人の女が出て来た。その女も剣で武装していた。
「この男を助けただけだ。負傷しているからここまで肩を貸しただけだ。引き渡すから連れて帰ってくれ。我らは行くところがある。」リーカーはジムを放した。しかし女は承知しなかった。
「この里のことを知られたからにはどこにも行かせはしないよ。」女が合図すると男たちは威嚇して槍を突き出した。それを見てリーカーは右手を出した。するとエミリーが持っていた魔道剣が抜かれてリーカーの右手に収まった。いよいよ戦いが始まろうとしていた。
だがそれより女が一瞬、早く動いた。さっと前に出てエミリーを抱きかかえて後ろに下がった。
「およし! 変なことをするとこの子が危ないよ。さっさと剣を捨てな!」女がそう言った。だがリーカーは剣を捨てようとしなかった。
「どうしたんだよ! さっさと捨てな!」女はさらに言うがリーカーは剣を持ったままだった。
「お前にはできぬ。」リーカーは静かにそう言った。
「馬鹿にするんじゃないよ! 私だって・・・」だが女はエミリーを抱きかかえたまま何もできないでいた。
「私にはわかる。お前はそんなことができる女には見えぬ。」リーカーはさらに言った。その言葉に女は観念した。
「悔しいけどどうもその様だね。でもあんたも手を出そうとしないだろう? だがここでお前さんたちを放すわけにいかないよ。ここにはここの掟がある。ちょっと一緒に来ておくれ。悪いようにはしないから。」女が言うとリーカーは深くうなずいて剣を下ろした。それで女がエミリーを放すと、すぐに彼女はリーカーの元に駆け寄った。
「さあ、行くよ!」女が声をかけて草むらをかき分けて進んでいった。リーカーたちは槍を持った男たちに囲まれてその後をついて行った。
「私はリサ。里の青年隊のリーダーよ。あんたは?」女が尋ねた。
「すまぬがよんどころない事情があって名を明かせぬ。」リーカーがそう答えた。魔騎士に追われる身では名を隠さねばならなかった。
「そう? でもあの子は強いわね。私が捕まえて脅迫しているのに、泣くどころか、じっと耐えていたわ。」
「我らは地獄を見た。前に進むには強くなくてはならぬ。」そのリーカーの言葉にリサは2人に何か深い事情があると感じた。
王宮ではサランサがリーカーとエミリーの心配をしていた。魔法の白フクロウは伝言を届けているようだが、オースの森でどうなったかがわからない。しかしワーロン将軍やザウス隊長たちの動きからまだリーカーたちは無事だということは感じとっていた。
サランサは昔からリーカーを知っていた。いや陰からそっと見ていたという方が正しいかもしれない。正義感が強くその男らしい姿にサランサは少女のころから恋心を抱いていた。それはサランサの初恋だった。それが月日が経ち、自らの心のうちをリーカーに言い出せぬまま、リーカーは王女のアーリーと恋に落ちて結婚した。その結婚式に参列したサランサは少し寂しさを覚えたが、
(お似合いだわ。リーカー様、お幸せに・・・)とリーカーへのすっぱりと思いを断ち切り、2人の幸せを祈った。
しかしその恋心は消えることなく、心の奥底に沈んでいた。それは今回のことで表に現れようとしていた。だがサランサは必死にそれを抑え込もうとした。
(私はただ父の陰謀からエミリー様とリーカー様をお守りしたいだけ。)サランサはそう思うようにしていた。
彼女は王宮にいてワーロン将軍の動きを探っていた。身内なのでワーロン将軍の近くにいてもおかしくはなく、怪しまれることはないと思った。ただザウス隊長はサランサを時々、怪しむような目で見ていた。そのためサランサはより慎重に動かねばならなかった。
(とにかくリーカー様を励まして差し上げましょう。きっと不安に思っておられるはずだから・・・。それにエミリー様も。)
サランサは鳥かごから白フクロウを取り出し、
「リーカー様に伝えて。『リーカー様。あなたを信じる者は王宮にもおります。いつかあなたの濡れ衣はきっと晴れます。エミリー様。女王様はあなたのお越しをお待ちしています。きっと王宮でお会いできる日が来ます。私はその日が早く来るように祈っております。』さあ、行け!」
白フクロウは放たれた。それは西の方に向かった。
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