魔道の剣 ー王宮の鉄にまつわる悲話ー
広之新
第1章 追われる2人
第1話 2つの影
緑豊かなビンデリア国、その森の中に堀に囲まれた王宮があった。その王宮は一見、華麗に見えた。しかし古くなった壁が崩れ、所々に剣が当たってできたと思われる痕が残っており、その年月を感じさせた。玄関に回ると、そこは石の階段と何本も大きな柱が立ち、壮大で厳めしい印象を与えた。そこから伸びる広い廊下は美しく磨かれており、まっすぐ進むと大きな広間に出た。そこには往時のにぎやかさはなく、冷たい空気が流れ、がらんとして静まり返っていた。
ただそこには不思議なものがあった。その広間の中央に大きな黒い鉄の塊が不自然に置かれていた。それは差し込んだ日の光を鈍く反射し、手を触れるとなぜか、ほのかな温かみを感じさせた。しかしその鉄塊はそれを目にする人たちの涙を誘った。それは物悲しい
三日月が夜の闇に一本の道を照らし、そこに大きな影と小さな影が浮かび上がらせていた。周囲を鬱蒼とした木々に囲まれ、不気味なほど静まり返っていた。その2つの影は何かに追われるように先を急いでいた。
「ホウ、ホウ。」フクロウの鳴き声が急に聞こえた。すると2つの影は急に動きを止めた。わきの木々から明らかに人の気配が放たれていた。それは音もなく2つの影に近づいてきていた。やがて辺りに強い殺気がみなぎった。
「ヒューン!」鋭い音がして何かが飛んできた。すると大きな影にきらめきが光った。
「ズバッ! バーン! ドサッ!」それは一瞬の出来事だった。剣で襲ってきた魔兵が斬られて倒れていた。
「ジェイ・リーカー! 覚悟せよ! 貴様に進む道はない!」声が聞こえた。
「貴様たちにやられはせぬ。」大きな影は声を上げた。そのそばの小さな影は戦いの邪魔にならぬように身をかがめていた。
「我らから逃げられると思うな!」声が響くと、また魔兵がわきから飛び出してきた。大きな影は右手に持った剣で、
「ズバッ!」と一瞬で斬り捨てた。すると今度はいくつもの火の玉が2つの影に降ってきた。魔法力の強い魔騎士がいるようだった。
「***
大きな影が呪文を唱えるとすべての火の玉をはね飛ばした。
「おのれ!」一人の魔騎士が姿を現した。燃えるような赤い鎧を身にまとっていた。それが月の光に反射した。
「貴様の命をもらう!」そしてさっと剣を抜くと呪文を唱えた。すると剣が燃え盛る炎に包まれた。それは魔法の炎の剣だった。
「食らえ!」その魔騎士は炎の剣を振り回してきた。火の粉が飛び散り、その周囲が燃えていた。魔騎士は魔法の火炎で2つの影を焼き殺そうとしていた。
大きな影は火の粉をかぶりながらも、剣で炎を断ち斬り、振り下ろされる炎の剣を受け止めて力で押し返した。そして身をひるがえすと、
「***
と呪文を唱えて剣を大きく振り下ろした。その魔騎士は炎の剣を振り下ろしたが、その炎は真ん中から2つに引き裂かれ、左右に消えていった。そしてその後には真ん中から斬り裂かれた魔騎士の死体が転がっていた。
「パパ・・・」小さな影がおびえたように言った。
「エミリー。目を背けるな、これが我らの進む道。よいな。」大きな影が念を押すように言った。小さな影は小さくうなずいた。
真夜中の王宮は闇に包まれていたが、一つの部屋だけに灯りが点いていた。そこからは
「まだ殺れていないのか! リーカーとエミリーを!」といらいらした男の大きな怒鳴り声が聞こえていた。
「はっ。魔騎士たちを差し向けておりますが、今だに報告がありませぬ。」もう一人の男の声も聞こえた。その声はやや震えていた。
「早くするのだ。どんな手を使っても構わぬ。早く奴を始末せよ!」怒鳴った男はさらに大きな声を上げた。すると
「はっ。様子を見てまいります。」と答えてその部屋を出て行く男の姿があった。
暗闇の道を急ぐ2つの影、それはリーカーとエミリーの親子の影だった。2人はひたすらオースの森に向かって夜道を歩いていた。
(とにかくオースの森に隠れよう。)リーカーはそう思っていた。だがそれまでにまた魔騎士や魔兵に遭遇するかもしれない・・・そう思うと彼の心は重かった。待ち構えている魔騎士を打ち破らなければリーカーたちに生きる道はない。
傍らのエミリーは自らの運命を切り開こうと必死だった。彼女も何も言わずにリーカーに手を引かれて、魔法の靴で懸命に歩いていた。森まであとわずかだった。このまま何もなく森に入りさえすれば・・・。
だがそう簡単に森に入れなかった。その入り口には魔騎士と魔兵の一隊が待ち受けていた。ここに必ずリーカーたちが現れると・・・。彼らを見てリーカーとエミリーの足が止まった。
「俺は魔騎士ズロックだ! リーカー! ここを通すわけにいかぬ。エミリー様をこちらに渡して剣を捨てて降参しろ!」ズロックは声を上げた。だがリーカーはそれに応じるわけがない。また剣を抜いた。その後ろでエミリーがその横の木の陰に隠れた。
「貴様がアーリー様を殺したのは明白。大人しく縛につけ!」
「いいや、それは俺ではない。多分、お前の仲間の魔騎士だ。」
それを聞いてズロックは鼻で笑った。
「そんな戯言、聞く耳持たぬ。王家に忠誠を誓う魔騎士がそんなことをするはずはない。貴様がいくら言い逃れをしようと構わぬ。この剣で聞いてくれる!」ズロックは自ら剣を抜いてリーカーに斬りかかってきた。リーカーはそれを剣で受けて押し返した。
「なかなかやるな! それならこれでどうだ!」ズロックは呪文を唱えた。すると剣の刃が伸びて幅も厚くなり、何倍もの大きな剣になった。それをズロックは軽々と振り回す。
「この剣を受けろ!」その大きな剣はそれを受けるリーカーにずしりと重くのしかかった。それでも何とか持ちこたえている。
「まだまだだ!」ズロックは何度も何度もその巨大な剣を振り下ろしてきた。
「このままではまずい・・・」リーカーはそう思いながら相手の間合いを見極めていた。今の距離ではこちらの剣は届かぬし、相手の剣のみが打ち込まれている。前に出て接近すれば勝機もある。ズロックはリーカーの意図はすべて見通していた。内にはいられないようにしっかり間合いを取っていた。だが・・・
「***
リーカーは魔法で体の動きを一瞬だけ早くする魔法をかけた。すると次の瞬間、リーカーはズロックに接近していた。その一瞬をリーカーは見逃さなかった。
「***
素早く放った魔法の剣の一撃はズロックを切り裂いていた。
「ぐおおお・・・」ズロックはまだ信じられないという顔で悲鳴を上げていた。リーカーは素早く剣を振り上げた。
「俺に勝ったところでそれが何になる。貴様は追われるのだ。その命が尽きるまで・・・」ズロックはそう言って倒れた。包囲していた魔兵は、
「ズロック様がやられた・・・」と慌てふためいてその場から逃げて行った。その場に残されたリーカーは木の陰から出て来たエミリーとともに森へと入って行った。だが夜通し歩き続けて、気丈なエミリーもさすがに疲れてきて歩みが遅くなった。それはリーカーも同じだった。木々の間に姿を隠した2人はようやくそこで休憩を取った。エミリーはすぐにうとうとと眠ってしまった。
その寝顔は安らかだった。まるで今日の悪夢のような出来事を忘れてしまったかのようだった。
「あんなことがなければ・・・」リーカーはため息をついた。彼らは今朝までは幸せな日々を送っていた。だが突然、地獄のような状況に叩き落とされた。
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