招かれざる客-弍
三人は足早にゆかりの寝室へと向かう。最中、研ぎ澄まされた殺気を感じ取り、徹平は咄嗟に反応していた。持ち出した刀を横薙ぎに振るう。振り下ろされた殺意は白鞘で受け止められた。
「あれぇ? 止められちまった。なーんだ、つまんねーの」
襲撃者である軍服姿の男がへらりと笑った。服はだらしなく着崩し、血のように赤い髪を乱雑に結った姿は堅苦しい軍人の印象とは異なり、無頼の徒にしか見えない。しかしながら屋内で長刀を器用に操るなど、先の連中とは違い相当の手練れだ。徹平は化け猫と魔王を振り向いた。
「三俣さん、アンタは先に行ってゆかりさん達を避難させろ。ゴローもついてやってくれ」
「わしに命令とは、偉くなったものよな」
「頼む。烏の親玉はきっとコイツだ。だからここで食い止める」
ゴローは肩を竦め、それ以上の文句は言わなかった。身を翻し、三俣の手を引く。
「そら、行くぞ」
「逃がさねーよッ」
走り出した彼らの行手を、男がすかさず遮る。鞭の如きしなやかな白刃を、徹平は鞘で再び受け止めた。
「早く行け!」
「何をもたついている。早く来い、猫畜生」
「稲生さん……」ゴローに先導されながら、三俣は絞り出す声で言った。「お任せします……!」
「イノー?」
三俣が零した呟きに、男が耳聡く反応した。
「イノーってもしかして、異能か? 鬼神の如き強さを誇った、八咫烏の元隊長!」
「……昔の話だよ」
「二度とない!」
男は無邪気に手を叩いて、喜びを露わに叫ぶ。
「そうかそうかぁ、首でも持って帰れば濡羽サンも喜ぶかなぁ! ってなワケで、死んでくれや」
刀の
× × ×
「稲生さんは大丈夫なのでしょうか……」
しきりに背後を振り返りながら、三俣は呟く。
「他人の心配をしている余裕があるか? 自分の心配だけしていろ。彼奴らの狙いは貴様だ、化け猫」
「ええっ」
目を丸める三俣を見上げ、不機嫌そうにゴローは鼻を鳴らした。
「まだ気づいていないのか、愚か者め。街には奴らの結界が張ってあった。わしは気配を隠蔽できるが、貴様は中途半端な変化で萬屋に出入りしただろう。おかげで厄介な連中に目をつけられた」
「そんな……」
眼前から新たな烏の群れが迫る。ゴローは不快げに眉を顰めた。
「邪魔だ、有象無象ども」
魔王の不機嫌な瞳に射竦められ、烏達は動きを止める。それから糸が切れたように頽れた。物怪を統べる魔王の力の一端を目の当たりにした三俣は、呆然と瞬きを繰り返す。
その時、「きゃあ!」と女の悲鳴が上がった。この屋敷に女人はゆかりだけだ。彼女の寝室は近い。
「ゆかり様!」
脇目も振らず、三俣はゆかりの寝室に駆け込む。室内には既に烏が屯っていた。
「呪われている」
「獣の匂いだ」
「呪われし者には制裁を」
「粛清を」
烏は口々に呟く。弱り、抵抗もできぬゆかりに無慈悲な白刃が迫る。遅れて駆けつけたゴローが彼らの静止を試みるも、寸でのところで間に合わなかった。
肉を切り裂く鈍い音。ゆかりの上に、生温い液体が降り注ぐ。
結論から言うと、彼女は無事だった。三俣が身を挺してゆかりを庇ったためだ。魔王の睥睨で烏の群れは動きを止めたが、無慈悲な凶刃は三俣の身を貫いていた。
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