招かれざる客

 真夜中の来客に、沢渡静司は狼狽えていた。

「何なんだ、君達は! こんな夜更けに失礼だと思わないのか」

「どーも、今晩は。沢渡さん家ってここだよね? 物怪退治に参りましたぁ。そんな訳で中、改めてもいいよね?」

 長刀を天秤棒のように肩に担ぎ、へらへらと場違いなほど薄気味悪く笑う赤毛の男。彼の背後には、漆黒の軍服姿が隊列を組んで整列している。静司の頬を冷たい汗が伝う。間違いなく、彼らは軍の人間だ。それも、口振りから察するに――

「そ、そんな横暴がまかり通るとでも……」

「はぁ? オレに逆らうの? おかしいなぁ、濡羽サンは〈烏〉の言うことは絶対って言ってたんだけどなぁ、言うこと聞かないなら殺しちまうか」

 男の目が野生動物の如き鋭い光を帯びる。静司の顔が瞬時に青褪め、一歩後退る。それを肯定と捉えたのか、男は無邪気な子供の笑みを浮かべる。

「雑魚なりに分別がいいの、嫌いじゃないぜ」

 主人を押し退け、屋敷に土足を踏み入れた男の名は大牙。政府直属特務陰陽寮〈八咫烏〉特攻隊長である。


 × × ×


 客間の窓硝子が粉々に弾け飛んだ。同時に室内に雪崩れ込んでくる人、人、人。

「目標発見。捕捉」

「捕らえよ、滅せよ」

「物怪は全て滅ぼすべし」

 ぎょろりと目玉を動かした彼らは、口々にそう唱えた。同じ軍服を纏い、一律に同じ動きを繰り返す様は、さながら予め設計された絡繰人形。人間とは思えぬ気味の悪さを覚える。

「〈八咫烏〉――!」

 徹平は舌打ちした。厄介な連中が攻めてきたものだ。ちらりとゴローを見やる。少年の姿をした魔王は憮然と烏の群れを見据えていた。彼も心当たりはないらしい。しかし、物怪の相談に乗った以上、衝突は避けられないと徹平は悟っていた。

「な、何ですか貴方達は! この屋敷には病人もいるんですよ!」

 泡を食って叫ぶ三俣に、軍服の男達が群がっていく。まるで死体を啄む烏だ。徹平の身体が咄嗟に動いていた。手にしたのは手荷物として持参した、鞘に納められたままの刀。一呼吸の間に闖入者全ての急所を的確に突き、薙ぎ倒していた。

「無駄だ、コイツらには何を言っても聞かない」

 込み上げた嫌悪を吐き捨てた。ゴローが目を細める。

「この木偶共を知っているのか」

「あー、まあ……昔のよしみでちょっと、な」

 特務陰陽寮〈八咫烏〉。表向きは内務省警保局図書課の所属であり、明治以前の旧文化を取り締まるために組織された軍隊である。その実態は陰陽術を操る隊員から構成された組織で、彼らは何事も実力行使の軍事制圧で黙らせている。故に、人々からは畏怖の眼差しを浴びていた。

「そんなことより、コイツら兵卒に各個の意思はない。群れを率いてる親玉がいるはずだ。ソイツを叩く」

「待ってください、ゆかり様と静司様が……」

「親玉の捜索と平行して助けよう」

 三俣は安堵の息を吐いた。彼がゆかりや静司に向ける親愛の情は本物だ。例えそれが歪に歪んでしまっているとしても。

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