七章 忍び寄る影
男二人に攫われてしまったリリアーナは、それを目撃していたエミリーのおかげでメラルーシィ達により助け出された。ショックが強いだろうからと学校側の配慮で三日間の療養を許可され今は寮の部屋で休んでいる。
(……と、こんな感じでしたのよ)
「私が眠っている間にそんなことが……」
心の中にいるもう一人のリリアが自分の身に起こった出来事を説明する言葉に驚き冷や汗を流す。
(情報をもっと聞きだすつもりでしたが、結局依頼人が誰なのかも分からずじまいでしたわ)
「でも、危険な状況でよくそんなに強気になれたわね」
彼女の言葉にリリアーナは逞しいなと思いながら尋ねた。
(まぁ、すぐに助けが来ることは分かっておりましたからね。その間に時間稼ぎが出来ればいいと考えましたの)
「なんか、私が知っているリリアーナはエル様の顔色を窺いおどおどして自信が無さげな感じだったのに……成長したわね」
(亜由美のおかげですわ。貴女のおかげで私自分に自信が持てるようになりましたの)
しみじみと語る彼女にもう一人の自分がそう言って答える。
(……)
そんなリリアーナの姿を心から見詰めながら彼女は思案した。
『殺しさえしなければ少しくらい痛い目に合わせてもいいと言われている』
『で、でも顔に傷を付けたら依頼料は支払わないと言われてるじゃないですか』
『くっ……し、しかたねぇ。顔以外なら良いんだろう。まずはその白くて美しい右腕に傷をつけてやるぜ!』
(それはそうと、亜由美……今回の犯人達は最初から「私」を狙って攫ったみたいだわ。依頼人という人物について彼等が警察に話してくださればいいのだけれど、そうでないならばまた狙ってくると思いますので、気を付けなさい)
男達の言葉を思い返した彼女が真剣な声で語るとリリアーナは驚く。
「ふぇ? わ、私を狙うなんて何で」
(それが分からないから気を付けなさいと言っているのですわ……そういえば、亜由美がやっていたゲームでもメラルーシィさんが似たような目に合うのでしたわね)
驚きすぎて慌てる彼女へと冷静な態度でもう一人のリリアが話す。
「あ、うん。リリアーナが出なくなった後にモブキャラの男子生徒が現れて、エル様や生徒会と組んでメルを攫い家族へと脅迫状を送って身代金を要求するのよ。そんでその事を知ったディト……まぁこっちでは全然登場する事のないメルの兄がアルベルトやフレアに事情を説明して皆で助け出しに行くって感じでセカンドストーリーは始まるのよね」
(そのモブキャラの男子生徒の事ですけれど、シャルロットの事ですわ)
リリアーナはゲームを思い出しながら話すと、記憶を共有しているもう一人の自分がゲームのシーンを思い返しながら説明した。
「えっ、ロトが? ……あのモブキャラ?」
(えぇ。私も今まで忘れてましたが、幼少の頃一度お会いしたことがありますの。パーティーの席でエル様のお付きも同然に付き従っていた頃ですわ)
シャルロットがあのモブキャラ君だったという事実を知った彼女は驚く。冷静な声音で心の中にいるリリアが語り続けた。
「あのモブキャラ君がシャルロットなんてお洒落な名前だったなんて……びっくりだわ」
(代継がいないハーバート家が親戚の子を養子にしましたの。それがシャルロットですわ。でも……たしかロトって……いいえ。私の記憶違いかもしれませんから気になさらないで)
驚愕の事実に驚いているリリアーナへともう一人の自分が何事かいいたげに口を開いたが、言葉を飲み込むとそう説明した。彼女は不思議に思ったが特に追求せずに流す。
「そんな事実だったなんて……でも、セカンドストーリーの通りに起こるはずないわ。だってエル様も会長達もメル達とすっかり仲良くなったし、メルが狙われることはないもの」
(えぇ……そうですわね。メルさんが狙われることはないと思いましてよ。でも……亜由美とにかく攫われたのですからしばらくは警戒して生活するべきですわ)
エルシア達がゲームとは違う選択をした事ですでにシナリオにない世界で生活を始めているため、セカンドストーリーのフラグが発生することはないとリリアーナは思い気楽そうである。それに警戒するようにと念を押すもう一人の自分。
この時点でセカンドストーリーの軸に移行しているという事に気付いているのは、記憶を共有している心の中にいるもう一人のリリアだけであった。
そうして三日間の療養を終えたリリアーナは久々に学校へと登校する。
「リリアーナさん。大変な目に遭ったとお伺いいたしております。……体調はもう大丈夫ですか?」
「えっと……シャルロットさん?」
学校へと登校した彼女に声をかけてきたのはシャルロットだった。どうして彼が自分に声をかけて来たのか分からず不思議がるリリアーナへと小さく笑う。
「学校中で噂になっているんですよ。この学園の生徒が攫われる事件が起こったって。それで、特に女子生徒は暫くの間一人で行動することはしないようにと」
「そ、そうでしたの。そんな噂になっていたとは……御覧の通り私は大丈夫ですわ」
「そのようですね。見たところ怪我もなさっていないようですし、安心しました」
自分が攫われたことが噂になっていたなんてと思いながら答える彼女へとシャルロットが安心した様子で微笑む。
「シャルロットさん、私の様子を確認する為にわざわざ会いにいらしたのですか?」
「ロトと呼んでいただいて構いませんよ。いえ、三日間療養されている間貴女のお部屋へは誰も通れなかったとかでセレスさん達が大変心配なさっていたので」
「あぁ。それで……」
「リリアーナ様! わたくしとても心配しておりましたのよ」
「きゃあっ」
彼の言葉に納得して頷いていると背後から誰かに抱きつかれバランスを崩しよろめく。
「え、えぇっと。貴女はエミリーさん?」
「こうしてまたお会いできて嬉しゅうございますわ。リリアーナ様!」
「ちょっと、エミリー。リリアが苦しがっているじゃありませんの、お退きなさい」
抱きついて離れないエミリーへと今度はエルシアが駆け寄り引きはがそうとする。
「お姉様。ご回復なされたようで本当に良かったですわ」
「お前は暫く一人で登下校するのは禁止だからな。俺達が寮の部屋まで迎えに行くからそれまで勝手に登校するなよ」
涙を流し喜ぶメラルーシィの横でアルベルトが話し、急にリリアーナの周りが騒がしくなった。
「リリアさんもう、体調は大丈夫ですか?」
「あんなことがあったんだから無理はしちゃだめだよ」
ルーティーとマノンが駆け寄って来ると彼女の顔色を確認して安堵する。
「もう体調は大丈夫そうだな。だが、暫くは無理するな」
「リリア、わたしが守ってあげるからね。あんな怖い思いもう二度とさせないわ」
「ボディーガードなら僕達にドーンと任せてよ」
ルシフェルやフレアやリックまでやってきてリリアーナは相当心配をかけていたことに反省する。
「皆さんに心配をおかけいたし申し訳ございません。もう、大丈夫ですわ」
笑顔で答えた彼女の様子にみんな安心した表情で笑う。
(……ロト。いつの間にかいなくなりましたわね)
そんな中もう一人のリリアが何時の間にか姿を消したシャルロットの事を思案する。
(まぁ、何かあったとしてもこれだけ大勢の味方がいるのですから大丈夫でしょう)
そう呟くと心の奥へと下がる。リリアーナは周りの対応に追われもう一人の自分の声に気付かなかった。
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