五章 メルのお兄さん
いきなり現れた男に一同呆気にとられる中メラルーシィが口を開く。
「お、お兄ちゃん……仕事があってこられないって」
「そんなものさっさと終わらせてきた。入学式も仕事で来られなかったのだ。だが、学園祭には必ず参加しようとこうして来たのだ」
「お、お兄ちゃん……お姉様達の前で恥ずかしいからやめて下さい」
未だにメラルーシィを抱きしめ久々の再会を喜ぶ男に彼女がしっかりとした口調で告げる。
「ん、お姉様? ……そういえばこの学園で友人達が出来たと手紙に書いてあったが……リリアというのはどいつだ」
「わ、私です……」
ようやくメラルーシィから離れた彼が今度はリリアーナを探す。それにおずおずといった感じで彼女は答えた。
「貴女が……妹が何時も大変お世話になっていると手紙に書いてあった。妹と仲良くしてくださり有り難う御座います!!」
「は、はい……」
リリアーナの両手をがっちりと掴み勢い良く頭を下げる男の気迫に呆気にとられながら返事をする。
「うぉぉ~。お兄ちゃんは嬉しいぞ。こんなにたくさんの友人が出来て……うっ、うぅっ。楽しい学園生活が送れているようで安心した」
「もぅ。だから皆さんの前で恥ずかしいですからやめて下さい」
暫くしっかりと手をつないでいたと思った彼が今度は漢の涙を流し叫ぶ姿にメラルーシィが頬を赤らめ止めてくれと再度告げた。
「とりあえず落ち着きなさいよ」
「はい。フレア様」
フレアの言葉に垂直に立つと冷静な声で返事をする男を皆はそれぞれの感情を抱いて見詰める。
「あの、この方は一体誰ですか?」
「これはご友人方。申し遅れました。俺はディト。王国騎士団の第四部隊隊長を務めている」
「私のお兄ちゃんです……」
リリアーナの言葉にディトと名乗った男を呆れた顔で見詰めメラルーシィが答えると、その言葉にこの場で彼と初めて会ったメンバーは衝撃を受けた。
「メルのお兄さん?」
「なんというか、武骨な方ですわね……」
リックが目を白黒させて呟くとエルシアが溜息交じりにそう吐き出す。
(ゲームでは登場する事のないキャラだけれど、メルのお兄さんなんというか、イメージが違いすぎていてちょっと驚いちゃったわ。まさかこんな……こんなシスコンだったなんて……)
リリアーナも内心で呟きまじまじとディトを見詰める。
「フレア様。国王陛下の代わりに貴女様のご様子を確認してくるようにと命を受けてまいりました。学園生活はどのようにお過ごしですか」
「この通り、友達に囲まれて楽しく暮らしているから心配しないでって伝えておいて」
彼の言葉に王女が笑顔で周りの皆を示しながら返答した。
「はっ。……それと国王陛下からご婚約についての御返事を聞いてくるようにとも頼まれております」
「もう。お父様ったらその話はわたしが学校を卒業するまで無しって言っておいたのに……悪いけれど、縁談の話は断るって伝えておいて頂戴」
フレアに縁談についての話をするディトへと王女が困った顔で告げる。
「な、しかし……はっ! もしやこの学園に思いを寄せる方がいらっしゃるのですか?」
「そうね、わたしには心に決めた人がいるのよ。その人がわたしの気持ちに気付いてくれるのを待っているの。心配しなくてもこの学園を卒業するまでにわたしなりに決着をつけるから安心して。そういうわけだから今回の縁談は断るわ」
何故断ろうとするのかと一瞬考えた彼が答えに行き付き尋ねた。それにリリアーナの顔を見やり周りの恋敵達に宣戦布告するかのように不敵に笑い答える。
(フレアに好きな人が……もしかしてこの中の誰かって事? アルベルトはメルの婚約者だから違うだろうし、ルシフェルって可能性もあるわね。まさかリックって事はないだろうし、マノンとか? それとも会長とか副会長とかかな。まさかお兄ちゃん……フレンだったりして)
その言葉にリリアーナは周りの男性陣を見やりこの中に好きな相手がいるのだと思う。
「畏まりました。しかし、フレア様が思いを寄せると言う相手は一体どんな方ですか? 国王陛下にお伝えする前にこの俺がしっかりと確認致します。もし、フレア様に似つかわしくない相手であればこの俺が――」
「だから。その件はわたしの問題だからわたしが解決するって言ってるでしょ。貴方は何もしなくていいわ」
「はい、フレア様」
今にもどんな相手か確かめようとするディトへと王女がぴしゃりと言い放つ。それに返事をして引き下がる彼にフレアが満足そうにふっと笑った。
「あ、それじゃあ私はそろそろ行きますわね。午後一番で順番が回ってくるので」
「お姉様、必ず見に行きますね」
「私も行って差し上げてよ」
休憩時間が終了するのを知らせる鐘の音を聞いたリリアーナは立ち上がると教室へと向けて戻ろうとする。
その背中へ向けてメラルーシィとエルシアが口々に声をかけた。
そうして皆と笑顔で手を振り別れた彼女は急いで教室へと向かうため駆ける。
(お嬢様が学校の中を走るなんてはしたないですわよ)
「分かっているけど、私前世では歩くことも走ることも出来なかったから。だからこっちでは思いっきり走り回ってみたくなることもあるのよ。今はとても急いでいる状況だから、見逃して」
(もう、仕方ありませんわね)
急いで走り教室へと向かうリリアーナへと心の中にいる自分が呆れた声をかけてきた。それに答えた彼女に小さな苦笑が返って来る。
「っ!?」
なるべく急いで戻るために裏道を使って戻っていたその時、建物の陰から伸びてきた腕に捕まれ引き込まれる。
(何?)
瞬間口と鼻を塞ぐようにハンカチが当てられ、そこから漂ってきた甘い香りにリリアーナの意識は混濁していく。
(亜由美!?)
もう一人の自分が必死に叫ぶ声を遠くで聞きながら彼女の意識は夢の中へと誘われた。
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