プロローグ
夏休みを終え二学期が始まった。リリアーナとしていじめっ子グループのリーダーとしてメラルーシィを貶め、攻略対象者達にコテンパンに打ちのめされ出てこなくなるはずだった彼女の人生は筋書きにない未来を歩み始める。
「う~ん。はぁ……なんて清々しい朝なの。こんなに気持ちよく目覚められる日が来るなんて今までは思っても見なかったわ」
(そうやって自由をかみしめているところ悪いのだけれど、早くしないと遅刻ですわよ)
ベッドの上で鳥のさえずりと共に目を覚ました彼女は大きく伸びをすると、そこに心の中にいるもう一人のリリアーナが呆れた声で促す。
「え、えぇっ!? そ、そんな。確かに目覚ましをセットしておいたのに」
(何度も呼びかけましたのよ。それにぜんぜん応えず眠り続けていた亜由美が悪いのですわ。そのような事おっしゃっている暇があるなら、早く支度した方がよろしいのではなくて。遅刻したら貴女のせいですわよ)
思いっきり飛び起き枕元にある時計で時刻を確認するリリアーナへと再び心の声が呆れた様子で返って来る。
以前リリアーナとしての記憶と亜由美としての記憶が入り交ざり混乱を起こし高熱を出した際、魂の融合を試み無事に成功してからこうして時折心の中にいるリリアーナが語り掛けてくるようになったのだ。最初はなれなかったが今ではすっかり馴染んでしまい当たり前の日常の一部となっている。
「急いで学校に向かわなくては」
(今日は始業式ですので、お弁当もお忘れなく)
「弁当なんて作っている暇ないよ~」
(それでは、学校が終わるまでお腹の虫を気にしながら過ごす事ですわね)
「うぅ……もう一人の私の意地悪~」
そんな会話を交わしながら慌てて制服に着替えた彼女は急いで寮を出て学校までの道を駆けて行った。
「リリア、あまりに遅いですから迎えに来て差し上げましてよ。感謝なさい」
「エルさん。先に学校に行ってもよかったのに」
通学路の途中で待ち構えていたエルシアが笑顔で声をかけてくる。今日は寮の部屋へとやってこなかったためてっきり先に登校しているとばかり思っていたリリアーナは驚いた。
「えぇ、そうね。私が首席で学校を卒業できなくなったら、リリアに責任を取って頂きましてよ」
「せ、責任って……」
令嬢の言葉に冷や汗を流す。今までと違って嫌がらせや意地悪はしなくなった彼女だが、つい今まで通り身構えてしまうのはリリアーナとしての記憶と体に染みついてしまった癖のせいなのだろう。
「責任を取って、私の――」
「お姉様、おはようございます。私一緒に登校したくてお待ちしておりました」
「おはようございます。リリアさん」
「早くしないとみんな仲良く遅刻だよ。急いで」
「よっ。リリア、新学期早々に遅刻ギリギリなんて、お前は相変わらず抜けてるな」
エルシアが頬を紅潮させ口を開いた時に遮るように誰かの声が聞こえ、そちらを見るとメラルーシィとルーティーにマノン。それにアルベルトの姿まであった。
「あなた達、先に登校したのではなくって?」
「お姉様が来るのを待っていたんです。お姉様が遅刻したら私も一緒にと思って」
「遅刻は兎も角、登校してこないようならまた熱でも出したんじゃないかと思って様子を見に戻るつもりだったんだよ」
直ぐに不機嫌になったエルシアにメラルーシィが答えるとアルベルトも説明する。
「おっはよ! 今日も皆で仲良く登校。うん、うん。いいね、いいね。って事で僕も混ぜてよ」
「おはよー。わたしも一緒に登校するわ」
「お前達……まだこんな所にいたのか。早くしないと本当に遅刻だぞ」
背後から声が聞こえてきたと思うとリックが突っ込んできていて、前方からもフレアとルシフェルがやって来る。
「フレア様、ルシフェルさんわざわざ戻ってきたんですか?」
「正門で待っていても何時まで経ってもお前達が来ないから迎えに来たんだ」
「抜け駆けは許さないって事よ。もし遅刻になったら皆で仲良く生徒会室へ行きましょうね」
メラルーシィの言葉に彼が答えると王女も笑顔で話す。
そうして賑やかに騒ぎながら駆け足で正門へと向かうと、門の前に生徒会のメンバーが立っていた。
「……後十秒遅かったら遅刻の刻印を押していましたよ」
「もう直ぐ門を閉める。早く中へ入れ」
キールが呆れた様子で口を開く横に立つエドワードが、リリアーナ達を促し正門の中へと入れる。
「リリアが遅刻なんてことになったら、あなた達のせいですわよ!」
「リリア、また寝坊したな」
セレスがメラルーシィ達を睨みやりヒステリックに騒ぐ横で、フレンが小さく笑いリリアーナを見やった。
「う……さすがはフレンさんですね。昨日の夜遅くまで勉強を頑張っていましたので、寝坊してしまったんですわ」
「勉強ね……クスクス」
流石は十年間亜由美の兄として生きていただけはあり、寝坊したことを見破られている状況に弁解するように話すと、それを聞いてさらにおかしそうに笑う。
「ほ、本当ですわよ」
「うん、分かってる。……さ、急いで教室に入らないと鐘が鳴ってしまうぞ」
慌てる彼女の様子に頭に手を置いて優しく撫ぜながら分かっていると伝えた彼が早く教室に行けと促す。
「分かっていますわ。皆さん、急ぎましょう」
フレンの言葉に皆遅刻する前に教室へ向かおうという事でそれぞれのクラスへと向けて急ぎ足で早歩きする。
「ふぅ……何とか間に合った」
鐘が鳴る数十秒前に何とか間に合ったリリアーナは安堵の吐息と共にカバンを机の上に置いた。
こうして遅刻ギリギリから始まった二学期は筋書きにない物語の幕開けを告げる事となる。
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