第十五章 二人の記憶

 エルシアに命じられてからというものリリアーナはメラルーシィ達に会えない日々を送っていた。


「でも、ま。これが普通の学園生活……なのよね」


いじめっ子として主人公達に嫌がらせをしてきた日々の方がおかしいのであって、そうでなければ何のイベントも起こらずに、普通にただの学生として学園に通う一人の女の子でしかないのだ。


「……何にも起こらない事の方のが普通なのよね」


そう呟くと図書室へと向かい借りていた本を返しに行く。


「この世界の本はまた面白いのよね。歴史自体も私が前に生きていた世界とは違っておとぎ話みたいで好きだし、ファンタジーとかおもしろい小説もいっぱいあるし」


そう言って図書室へと入ると青い髪の学生の姿が目に入ってきた。


(あれは生徒会長……ここしばらくの間会うこともなかったから忘れていたけど、まだ私の事を見張ってるのかな?)


キールも彼女に気付いた様子でにこりと笑い手招きする。


(あれって、絶対無視したらやばいやつだ)


周囲を見回すも誰もいなくて図書室にいるのはどうやら会長と自分だけであると理解する。


無視をしたら黒い笑顔で毒を吐いてくる姿が容易に想像できてしまい、仕方ないと溜息をついて恐る恐る近寄っていった。


「やあ、久しぶりだね」


「本当に久しぶりですね。エル様に言われてずっとおとなしく生活をしていましたので会うこともなかったですから」


笑顔が黒いと思いながら理由を説明する。


「そのことはエルシアさんから聞いているから知っているよ。けど、だからといって本当におとなしく誰とも会わない生活をするなんて、僕から逃れられるとでも思っていたのかな?」


「……ま、まさか会長はまだ私の事見張っていたんですか?」


(今まで会わなかったと思っていただけで実はどこかからずっと私を監視していたの?)


キールの言葉に彼女はおずおずとした感じで尋ねる。と同時に恐怖を覚え内心で言葉を紡いだ。


「それもあるけれど、君がメラルーシィさん達と友達になったって聞いてね。それで君が彼女達と接触するんじゃないかと思って見張っていたんだよ」


「わ、私が裏切ると?」


彼の言葉に彼女は驚いて尋ねる。


「裏切るとは思っていないけれど、彼女達が君を利用するんじゃないかと思ってね。何かあったら遅いからメラルーシィさん達と出会った場合すぐに間に入れるように、ここしばらくの間君の行動を監視させてもらっていたんだ」


「うぅ……」


黒い笑顔でそう言われリリアーナはもはや恐怖でひきつる顔のままどこかに逃げ道はないかとさぐった。


「……そんなに怯えなくてもいいんじゃないの」


「お、怯えてなんて……」


しばらく重い沈黙が続いた後で彼がふと悲しげな表情になり呟く。その言葉に彼女は慌てて口を開き否定するが言葉が続かなくて尻つぼみになる。


「……僕は君に威圧的な態度をとっているつもりはないんだけどね」


(いや、黒い笑顔が怖いんです!)


相変わらず悲しそうな顔でそう呟かれた言葉に彼女は内心で突っ込みを入れた。


「……いつになったら、思い出してくれるの?」


「へっ?」


消え入りそうな声で囁かれた言葉を何とか聞き拾ったリリアーナは驚いて聞き返す。


「……僕はずっと君のこと忘れたことがないのに……君にとって僕は覚えていない程どうでもいい存在だったの?」


「か、会長?」


悲しそうな顔で呟くキールの言葉の意味を考えてみるが何も思い浮かばなくて戸惑う。


「……な~んてね。まさか本気にしたの? ふふっ……君って本当にからかいがいがあるよね」


「へっ」


(今のは私をからかったって事? でも、それにしては何だかさっきの会長すごく悲しそうだったような……っ?)


急に黒い笑顔に戻るとそう言ってきた。その言葉に彼女は驚いた顔をすると内心で考える。その時走馬灯のようにリリアーナの幼少期の映像が流れ込んできた。


「っ」


知らないはずの場所。おそらくカトリアーヌ家の庭。他にもパーティーの様子や街での買い物の様子。どことなくエルシアに似た少女や幼い頃仲良しだったイリスの顔。他にもいろんな人の姿が次々と浮かんできて彼女は頭を抱え脂汗を流し俯く。


「リリアーナさん?」


急に俯き苦しむ彼女の様子にキールが初めて焦った顔を見せ、驚き声をかけてくる。


(な、なに? 知らない……でも、これって、リリアーナの過去の記憶?)


リリアーナとしての記憶と前世の記憶が混ざり合い二つの記憶の中で彼女は息をするのもつらくなり浅い呼吸を繰り返す。


(分からない……頭の中がぐちゃぐちゃする……)


急に流れ込んできたリリアーナとしての過去の記憶に頭がぐるぐる回り気持ち悪くなるとそのまま意識を手放す。


「リリア!」


黒く染まる世界で会長の悲痛な叫びが聞こえたような気がした。

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