金木犀が三度咲きする頃に

ゆりえる

第1話 三度咲きの金木犀

「よっこらしょっと。今年は、三度も咲く気かい?嬉しいね」


 歩き疲れ、プラタナスの枯れ葉のクッションに腰を下ろした箱川イネ。

 1枚だけでも他の植物の10~20倍以上の大きさで、存在感の有り過ぎるプラタナスの葉をガクガク震える足取りで掻き分け、ここまで来た甲斐が有ったと実感した。

 

 まだ爽やかな秋の北風が、金木犀の黄檗色きはだいろの可憐な蕾から、あの甘い香りを漂わせる。

 青空との対比に目を奪われながら、疲れも一掃させるその大好きな香りに包まれ癒されるイネ。

 

 車も通れる便利な新道が出来て以来、誰も、この荒れ果てた小径を通る事など無くなったが、この時期だけは買い物ついでに遠回りし、ここに足を運ぶ事を楽しみにしていた。


 色付いて来た蕾の段階から、既に芳しい芳香の金木犀をこよなく愛するイネは、時間が経つのを忘れるほど、その場を去り難く感じていた。


「まだまだ座って見上げて居たいけど、日が暮れるまでに買い物して戻りたいから、そろそろ行きますかね。それ、よっこらしょっと」


 ゆっくりと立ち上がろうとして、両手を地面に着いた時、右手のプラタナスの枯れ葉越しに、何か堅い感触が有る事に気付いた。


「はて、何かね、これは......?」


 かさばるプラタナスを手で払うと、強風で折れて落ちたのか、萌黄色の蕾をたわわに付けた30㎝ほどの金木犀の枝が現れた。


「あらまあ、これはこれは、可愛そうな事になっていたね。このままだと、お花を咲かせないままで朽ちてしまうじゃないか」


 イネは買い物は我慢して、代わりに持参していた折り畳みのバッグに金木犀の折れた枝を入れ、大事そうに抱えながら家に戻った。

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