第9話 なぜ彼女は死ななければいけなかったのか?

高橋 メグミ、新田 レイ、清水 樹里亜ジュリア、藤森 真琴マコト、そして、佐々木 保治ヤスジの五人が、事情聴取を行ったあの小さな部屋に集められ、円席に座っていた。

 メグミは不機嫌そうに他の四人を上目遣いで見ている。

 レイはほかの四人をただきょろきょろと見ている。

 ジュリアは無関心な感じで背もたれにもたれ、爪のネイルを気にしている。

 マコトは四人をゆっくりと見ている。

 ヤスジは他のどの視線ともぶつからないように、円座の中心当たりの床を見つめていた。

「お待たせ」

 そう言って一華が入ってきた。その後ろから、盆にコーヒーを乗せた助手の小林君が入ってきて、コーヒーを順に置いていた。

「気になっていると思うので。……ああ、北山さんは用があってこれないらしい。

 まぁ、ので、先に進めるけど。今回集まった理由を説明すると、犯人が捕まったのです。山森 佳湖さんを殺した犯人が」

 四人が一様に驚いて見せた。そしてお互いの顔を見合わせた。

「犯人が誰か。という前に、私の話を聞いてもらおうか。


 この事件で、私が思ったことは、19歳の女性が、なんで殺されなきゃいけなかったのか? ということ。

 当初、自殺もありかもしれないという風に説明されていただろうけど、はっきり言って、その時点で、警察の方でも他殺を疑た捜査を始めていたと思われる。だって、素人である私が他殺だろうと解ったのに、日本の警察が思わないわけないからね。

 なぜ他殺だと思ったかと言えば、自殺しそうな場所ではなかった。仮に自殺をしようとした場合、人目に触れにくい場所はよほど後ろ暗いか、死後ですら人と関わりたくないか。どちらかだろう。だけど、彼女が亡くなっていた場所は目立つわけでもなく、かといって人が来ないわけでもない場所だった。中途半端すぎたんだ。場所がね。

 さらに、考える。自殺を否定するために。

 では仮に自殺だとして、自殺の原因は? となった時に、ごく一般的な理由として、いじめや借金や、病気などがあげられるが、山森 佳湖さんにそんな形跡はなかった。いじめを受けていないし、与えてもいなかった。借金もなかったし、高額を貸していたわけでもなかった。病気もまったくない。では、何の理由がある? 失恋か? そういうことで死ぬ人間が、好きな人のためにバイトを増やすだろうか? それはあり得ないだろう。と考えた。

 実際、君たちも山森 佳湖さんが自殺をしそうか、どうか。と聞いた時、それはないだろう。と言ったとおり、

 だが、人間どんなことがあるかなんて本人すらも解らないからね。ある日突然死にたいと思うかもしれない。だが、それにしては、その場所がおかしい。

 これは印象でしかないことだから、そんなことで自殺の可能性を取り除くのは安易だと思うが、自殺だと導くことができないんだ。


 では、他殺だとして、なんだって19歳の女子大生が殺されなきゃいけない? いじめや、借金かもしれない。だけど、それはあり得ないと思った。いじめをしていたという話しが出てこなかった。そこで山森さんはなく、別の理由で殺されたことになる。19歳の女子大生が犯罪に巻き込まれるものと言えば、悪い奴に騙されたとか、軽い気持ちで始めた詐欺とか、いろいろあるけれど、そのどれもが、。と私は判断した。

 いい子そうでも、裏で犯罪をしているであろう輩は、やはりそういう何かを持っている。と思っている。絶対に隠しおおせない何かだ。普段なら近づかないが、弱っている、これは体力とかではなく、精神的にとか、社会的地位とか、そういったものだが、そういう弱っているときには、最強の武器のように感じるらしく、その沼にはまる人がいる。

 まるで、何かのウイルスのようなものだ。普段的にそこら辺に存在しているもので、健康であれば、それからの影響を受けないし、ウイルス自身も、取り込もうと努力はしない。なんせウイルス側の体力もかなりいるからね。

 だが、弱っている者の心は非常にもろく、はかなく、そして入り込みやすい。

 だが、山森さんはそれに該当しない。なぜなら、好きな相手がいたからだ。

 私が思うに、人間が踏ん張ろうとするのに必要なものは、一番は怒りだ。怒りほど奮い立たせる動機はない。だが、怒りは瞬間的には立ち上がらせても、持続はしない。人間は忘れ去っていく生き物らしいから、怒りもマヒしてやがては鎮まる。

 だが、好きという感情は、怒りほど奮い立たせることはできないにしても、高揚感は持続する。

 推し活。なんて言葉があるが、あれがいい例じゃないか。何年も何年も好きな人を応援している。好きこそものの何とかだ。持続するその感情は怒りでは得られないものだ。

 そして、山森さんは恋をしていた。

 清水さんの元カレか? いいや、彼は山森さんの心は得られなかった。

 合コンの際に、好きな人がいるからと拒絶したのは本当のことで、決して、彼の気を引こうと嘘ぶいたわけではない。本当に拒否をしていたのだ。だが、彼には通じなかった。三日の猶予が欲しいと言われ、仕方なく付き合った。彼女にとってそれは、買い物に付き合ってとか、荷物重いから手伝って。ぐらいの感覚だっただろう。だから彼は、山森さんは面白くない女だと言ったのだろう。だって、山森さんの心は彼に微々たるもなかったのだから。その態度は正解だったと思う。

 では、コケにされた彼の犯行か? それも違う。

 彼のような男は、フられることに対して激しい苛立ちを覚えるだろうが、山森さんが面白くない女だと言ったのは彼だ。そして、付き合ってくれとは言ったものの、面白くない女だとすぐに解り、この女の機嫌を取ることの邪魔くささを考えれば、別れを一方的に告げたのだろう。そんな男が山森さんに未練があるとは思えない。

 では、佐々木君だろうか? 彼は小学校からの幼馴染だという。勉強ができすぎたり、逆にできなければ、山森さんと同じ学校には行けないから、程度を考え、大学まで一緒に来た。告白する勇気はないが、いい友達のままで満足もしたくない。が、付き合えるとも思っていない。今でいうヘタレだ。

 清水さんの手を借りて、少しはましになったが、その姿でさえも、山森さんは見止めれなかった。なんせ、彼女は他の人が好きなのだから。

 それに気付いた佐々木君が激しい嫉妬をして、彼女を殺したのか?」

 一斉にヤスジに視線が集まる。

 ヤスジは大きく首を振り、顔を赤くして一華を睨む。何か反論しようとするがうまく言葉が出ない。なぜ自分が攻撃されているのかさえ理解できずにいるようだった。

 一華は鼻で笑う。

「佐々木君は殺せないよ。なんせ、彼女に触れることもできないのに。触れたいという欲求以前の問題なのだよ。幼馴染だと認識されていたかもしれないが、気付けば同じ学校に居るんだ。としか、彼女は思っていなかったと思うね

 だから、まずは、彼女に、自分はここに居る。と認識させることが目標だった」

 一華はヤスジの方を見て「違うか?」と聞いた。

 ヤスジは怒りと、悲しみに目を充血させ俯いた。

 ヤスジの純愛は最初に会った時に感じていた。山森 佳湖に対してかなり美化したような話しぶりが、清水 樹里亜とは大きく違っていた。ジュリアに対しては人間の女性に対する話しぶりだった。

 初恋をこじらせ、美化しすぎた末路。という言葉が合いそうだった。

 ヤスジは容疑者から外されたことより、自身の淡い恋心を馬鹿にされた方がひどくショックで、肩を落とした。

「君が、清水さんの意見を真に受けず、自らの意思で行動していたら、後悔はしなかっただろうよ。振られただろうがね」

 一華はそういうと、助手の小林が部屋の隅から嫌そうな顔を向けた。―あ、余計な一言だったか―と思ったが、出た言葉は拾うことはできない。

「さて、次は……そうだね、元カレが意外なほどあっさり乗り換えてくれて、新しい恋が始まると思ったが、意外や意外、元カレは……たぶんその日のうちに復縁を迫ってきたのじゃないかな? 

 一応、三日付き合うって言ってんだから、付き合ってみれば? 向こうは気を引くためにそういう態度をとっているのよ。的なことを言ってみる。ここで計画が破綻してきているが、そんなことはどうでもよかった。新しい恋人と仲良くするために障害が無くなった方が大きかったからね。まぁ、たぶん、詰めの甘さが露見したんだろうね。

 新しい恋は成就せず、元カレと元さやに戻ったが、今回の一件がばれ険悪なのだろうね。向こうが浮気をしたのは事実だし、一方的に別れを切り出したのも向こうだ。いくらこちらが計画を立てたとしても証拠はない。なんせ、大勢の前で彼は電話をかけ、大勢の前で山森さんに告白していたのだからね。

 それもこれも、すんなり彼と付き合わなかった山森さんの所為だ、だから、」

「そんなわけないじゃん」

 ジュリアは口を出してきた。一華はほくそ笑み頷く。

 ジュリアはひとしきりあり得ないと言い続け、自分を正当化するような言い方をしていたが、聞けば聞くほどあほらしい作戦にあきれてしまう。

「つまりそういうことだよ。清水さんはそういう手の込んだ計画性のある作業は苦手だ。最初こそ真面目にレクチャーされていただろう、そして実行しただろうが、目先の利益、つまり新しい彼との生活を優先し、後始末を怠った。

 もし、後始末まで完ぺきにこなせば、もしかしたら、ここに座っていなかったかもしれないね」

 一華の言葉にジュリアはむっとして黙った。

「山森さんを嫌っていたのは、高橋さんも、新田さんも、藤森さんも同じだが、三人の温度が違う。

 高橋さんが嫌う理由は、その場を仕切れなくなるから。主役で無くなる不安。注目を集められ無くなる不安。高校生までなら、生徒会長なんて目立つ仕事はあるが、いかんせん大学にはそれがない。そして、この先、社会人になればなおさら皆無だろう。それが高橋さんを駆り立てている焦燥感だ。

 高橋さんのように常にリーダー格、中心でいたい人には、歳をとるごとにその活躍の場が狭まってきていると実感しているはずだ。

 小学校の頃は英雄だったろう。中学でも生徒会長というのは先生受けがいい、学生の間では冷めてきているが、それでも、生徒会長というのは大きな勲章だった。

 それが高校ではどうだろう? 生徒会なんて何をしているのかほとんどの生徒が知らない。美化運動? 挨拶運動? あたしのころにはそんなことをしていたが、空回りもいいところだ。ただ、教師や、メディア、親たちのウケはよかった。

 大学に入って、どうだろう? 生徒会のようなものは存在しているが、彼らもまた何をしているか知らない。教師のウケなど、評価されているのかさえ分からない。親も干渉してこない。誰も、注目されない場所でどうやって人の上に立てる? 合コンが彼女のステージになった。

 その合コンで、彼女は素晴らしいキャスティングと、セッティングをした。みんなに感謝され、誉めそやされた。

 だけど、山森さんを誘った日から、男子たちは集まらなくなり、仕切り屋の彼女との会食に女子も次第に敬遠しだす。

 それを逆恨みして殺したか?」

「す、するわけないじゃない、ばかばかしい、私が、そんな、仕切り屋とか、目立ちたがり屋とか、」

「そう、高橋さんに人を殺すほどの度胸はない。そして、彼女には、殺すほどの怒りもない。だが、山森さんは気に入らない。せいぜい、山森さんの悪いうわさを流し、孤立させる程度だ。それは、思春期に見られるクラス中がたった一人を無視してのけ者にする手法で、あまりにも幼稚すぎる。

 だが、彼女の武器はそれくらいなのだ。それで彼女は生きていけると信じているし、実際それは成功しているからね。

 だが、山森さんが居なくなった今どうなったかと言えば、あらぬうわさが出てきている。いじめを苦に自殺をしたらしいとね。その原因はやっぱり、みんなで無視しましょうって言ったやつ? 的なことが広がりつつある。人の口に戸は立てられぬとは言うが、まぁ、そういう噂は独り歩きを始める。

 そうでしょう?」

 みんなの視線がメグミに向けられる。

 ドキッと心臓を掴まれたようなで、胸を押さえ苦悶に顔をゆがませる。

 実際、高橋 恵が山森 佳湖を自殺に追いやったのではないか。というような噂を耳にした時には、人の想像力と、ストレスの発散方法のエグさに一華は顔をしかめた。

 冬休み前のレポート締め切りが迫ってきていて、この評価いかんでは冬休みを返上しなければならないほど落第に近づくものが出てくる。だから、みな必死にレポートを考えている。そのストレスが、不必要な想像を生み、ありもしない「かもしれない」を生み出し、モンスターとなって皆に覆いかぶさる。通常ならそんなものは笑い飛ばされ、なかったことになる話だが、実際には一人の生徒が死んでいる。これはどうしようもない事実なのだ。

 その事実に対しての理由が明かされていない。それはレポートが終わっていないことと同じで、さっさと片を付けたいのだ。だから、手近な犯人をでっちあげ、ひとつでも片づけたいのだ。

 そして、その餌食となった高橋 恵は苦悶の表情を浮かべたまま下を向いて黙った。相当、うわさが堪えたのだろう。

「新田さんは、山森さんが初対面の時、「アキラ」と呼んだことが気に入らなかった。なぜか? そりゃ、以前同じように呼ばれたことがあったから。しかも、その相手は新田さんが好きだった男子だろう。たぶん、子供のころだから、「アキラとかって男みたい」と好きな人に言われたら、嫌な傷になるに決まっている。

 だが、相手は子供、程度の低い男女差別主義者だ。名前でからかうことでしか相手を制することのできないもの。とは大人の思考だ。子供のころにそれを食らうとたちどころに生きていけない。

 だから、殺意が芽生えたか? だから殺したのか?」

 新田 玲は眉をひそめただけだった。どう考えても自分の動機は弱く、実際、自分は殺してなどないのだ、反論するのも馬鹿らしい。だが、一華に傷をえぐられるのも嫌なので、口を開こうとしたが、

「これも違う。

 幼稚な思い出を引きずってはいるが、新田さんに殺意はない。殺意どころか、本当は、山森さんに好意を抱いていた。あぁ、言い方がまずいが、恋愛感情ではなく、友達になりたい。とかそういう好意だ。だが、アキラと呼ぶな。と言った手前、彼女のいこじな性格が邪魔をして素直になれない。挙句が、山森さんがつけていた香水に過剰に反応したがために、更に、友達になってほしいとは言えなくなった。

 変なプライドが親友になれたかもしれない人を一番遠くに追いやってしまった」

 一華の言葉にレイは唇を固く結んで視線を落とした。

「嫌悪を抱いていた最後は、藤森さんだ。

 藤森さんはとにかく、山森さんは男好きだと噂だと言い続けていた。いつでも誰かが言っていたと。

 服も、持ち物も、雑誌や、流行を追いかけている。

 藤森さん自身は、自分がいいと思ったから取り入れているだけ。と言いそうだが、それは違う。あなたは常に他人に左右されている。そしてその左右されていることで身の安全を保っている。それが悪いとは言わないが、自己がなさ過ぎて滑稽だ。

 人の目を気にし、自分がなく、その他大勢の中に居ることに不満があるのに、自己を出せない。

 そんな時、かわいい顔をした山森さんが自己を貫いていたことに衝撃を受けた。羨ましいのと同時に嫉妬心から、あなたは山森さんの噂をだけをよく拾うようになった。

 男好き。略奪したうえで三日で飽きて捨てたひどい女。などなど、数えきれないほどの噂をうのみにすることで、山森さんの個性を異質だと思うようにした。

 それなのに、人から後ろ指をさされているのに、山森さんは楽しそうで、幸せそうだった。それが許せなかった? だから殺した?」

 藤森 真琴は返事もしなかった。ただ図星を指摘され唇が震えていた。

「藤森さんでもない。

 藤森さんは、山森さんが好きだった。彼女を好きであることを否定するために、彼女を傷つけたのだ。同性を好きになるということはあってはいけない。と思っているから。

 だが、それは本当に同性愛か? 山森 佳湖が好きなだけであって、ほかの女性が好きなわけではないだろう。

 彼女がする何気ないしぐさがかわいいとか、素敵だ。と思ったことで、彼女を意識したに過ぎないだろう」

 一華は一通り全員の容疑は晴らした。だが、えぐられた傷に全員の顔がゆがんでいた。

「別に君たちを痛めつけて喜んでいるわけじゃない。ただね、この事件は「噂」が元なんだよ。

 誰かがこう言っていた。誰かから聞いた。内緒だけどね。という甘美な言葉が常にあった。

 山森さんは男好きだという噂も、略奪のうえ男を捨てた噂も。男と別れる方法も。すべてが噂なんだよ。ありもしないものに踊らされた結果なのだよ。

 そもそもなんで、男好きだと言われなきゃいけなかったのか? 略奪した男をすぐに振ったという不名誉も、恋人と別れるいい方法も、なぜそこに存在した?

 欲しい人のそばに、あるべき形であったとなぜ気づかない?

 山森さんに主役の座を奪われ悔しかった人の側に、山森さんが男好きだと言ったのは誰か?

 山森さんを嫌いになりたかった人の側に、略奪を平気でする女だと言ったのは誰か?

 恋人と別れたいと思った時に、いい別れ方を紹介したのは誰か? 

 そして、それに踊らされたのは誰か?」

 一華は全員を俯瞰して見た。全員は一様に考え始めた。皆がこの場から逃げるたった一つの行動だと思ったのか、それとも、一華の言ったとおり、自分に都合のいいときに、確かに「それは」側に居たと気づいたからなのか? もう、むやみに傷つけられたくなかった。まだ、一華と二人きりで言われるのなら我慢するが、なぜこの場で、ほかの四人がいる前で名指しされなければいけないのか。この場から逃げる唯一の方法が思い出すことだった。

 食堂で、食券を買うために並んでいる最中。授業を受けている後ろから。常にそこに居た人―。


「私の、想像なのだがね。

 犯人は……面倒だな。犯人の名前は、町田 里香という。27だ」

 全員が「町田 里香」の名前に思い当たらず、お互いに顔を見合わせ首を傾げている。

「町田 里香はかなりの努力家だ。それはある意味、ある方向に関しての努力だが。とにかく、その集中力や、想像力はけた違いだと思う。ある種の称賛に価すると思う。

 この、町田 里香が、この事件にどう関わっているかというと、


 そもそもの話は、町田 里香が24歳のころ、友達の旦那、つまり既婚男性を好きになる。世に言う、。というやつだと思っていいと思う。というのか? その友達を困らせたかっただけかもしれない。その友達だけが幸せなのが許せなかっただけかもしれない。とにかく、町田 里香は彼をどうにか手に入れたくなる。だが、ここで下手に手を出すと、自分が悪者になる。それだけは避けなければならないのだ。

 なぜなら、彼女は、公平かつ正義の女性でいなくてはいけないのだ。

 そこで考えたのが、仲を裂くこと。その仲は、友達と彼との不倫の仲。彼と友達との中、さらには、その彼と、子供との親子の仲までもだ。

 彼を完全に孤立させ、自分は味方であると、いつも通りに接するのだ。それは孤立した男にとって安らぎであろう。安全地帯であろう。彼女を愛するだろう。

 そのお膳立てをするために、彼女は長い時間をかけて用意をする。

 彼の不倫の仲を感づく程度に言いふらす。勘のいいものになら解るだろう。そしてその人はかなりのおしゃべりだ。黙っていられるはずがない。自分が感づいた不倫という不貞を話すことでその人の自己満足は満たされる。

 そのお陰で、不倫話は奥さんの耳にも届き、奥さんは追い詰められていく。そこへ男を紹介する。男は奥さんの話をよく聞く。まぁこれは町田 里香の指示だろう。奥さんを誘惑するために同情をし、話しを聞く。すっかり奥さんは男を信じ、不倫関係を結んでしまう。

 旦那はそもそも不倫などしていない。だから、離婚理由にはならない。

 これももちろん計画だ。男が不倫をしていては、ただこじれるだけだ。不倫をしていていないことで、男が落ちていくことが大事なのだ。

 奥さんは離婚を申し出る。家に帰らない。寂しい思いをさせた人と続ける気はない。と。女房の不倫にもかかわらず、親権もとられた夫は途方に暮れる。徐々に人を信じられなくなり、挙句の果てにお互いも傷つけあう。

 そこで町田 里香はトドメとばかりにさらに人を投入する。彼に好意を抱いていた女に告白させる。

 これもリサーチ済みで、夫の好みそうな女に、弱っている夫を慰めるよう進言する。ただし、町田 里香がこの女に直接言うのではなく、人伝に言うのだ。後々のことを考えてね。

 もろくなった男はその申し出を受け入れホテルへ行く、そこを、まったく友達と、町田 里香は遭遇する。まったくの偶然で、二人にあたのだとその友達に証言させるためだ。―おもしろいので、別に証言をする場所も、証言を強要するものもいないだろうが、もし、話しのついでに話題に出た時、のための予防策おひとつだろう。なかなかだと思わないかい?―

 傷つけられた友達のため、正論をぶつける町田 里香。だがそれこそが彼女の目論見だ。

 大声で彼を罵倒する。新しく彼女となれたかもしれない女は、その罵倒で人の目を気にし恥ずかしさから彼のもとを去る。

 町田 里香はその後も彼を問い詰める。「なぜ彼女を巻き込んだのか?」「彼女じゃなかった理由は?」「誰でもよかったの?」

 最初こそ、不倫をするひどい男だと言っていた町田 里香の言葉が少しずつ変わっていくはずだ。詰問から、優しく諭し、「あなたはとてもいい人なのに、なんて馬鹿なことをするのかしら。そんな風にしたのは誰?」とか、何とか。

 ……すまない。あたしには甘い言葉というものがストックされていないようだ。自分で言ってて鳥肌が当たったよ。

 だが、友達も、妻も、子供も信用も失った男にとって、最初こそうるさい女だと思っていたが、優しく自分を肯定した町田 里香に対して気持ちが徐々に変わっていっただろう。

 妻と違う印象の町田 里香は新鮮だったはずだ。

 そして、二人は晴れて付き合うことになる。

 だが、当然幸せであったわけじゃない。事の次第を聞いた妻の復讐の刃によって二人は大怪我を負う。

 多分、その修羅場で、彼は町田 里香を守らなかったかもしれない。とっさに奥さんの名前を呼んだかもしれない。とにかくその一件から、町田 里香は彼から手を引いた。熱が冷めたのだ。

 腹を刺され、血を流しながら、妻を抱きしめ、犯罪者にさせないよう諭している姿でも見たのではないだろうかね? 一般的にはいい光景だが、町田 里香にとっては場の白ける、萎える瞬間だ。

 あほらしい。とさえ思ったかもしれない。

 そうして、町田 里香は入院をする。かなり大きな傷だったが、命に別状はなかった。


 そうして、退院してきたその日、偶然、拾い物をする。

 ―静内大学合格証明書―これは、運命だろう。

 町田 里香は高校中退だ。大学に行けるというのは非常にありがたいだろう? 

 町田 里香はまだ貼られていない証明写真に自分の写真を貼った。戸籍謄本も、そのほかの個人を特定できるものが入った袋。町田 里香には宝の福袋だ。

 目の前に居るのは、若くして心筋梗塞で亡くなった「北山 玖理子」の遺体だ」

 全員が息を引き飲んだ。


2 

 北山 玖理子が偽物。

 

 話しの突飛さと、荒唐無稽さに最初に反応したのは高橋 恵だった。さすが機転の効く頭をしているだけあって、すぐに「ない、ない。そんな妄想」と言った。

それをきっかけに他の者も「ないでしょう」と顔を引きつらせて笑っている。

 一華は古い新聞と、写真。そして、見知らぬ女性の写真を見せた。

「これは以前の事件の内容。そして、これが本当の 北山 玖理子さんだ」

 全員が写真の目を向けた。

 写真の女性は、今、北山 玖理子を名乗っている女に何となく似ている。

「彼女が言っていた、病気療養していて、数年して入学できた。と言われたら、まぁ、ここまで変わっても不思議じゃない。と思うんじゃないかな?

 実際、彼女は去年入学予定だったが、体調不良を理由に入学を一年遅らせてほしいと言ってきたそうだ。ちゃんと一年分の授業料を収めるから、何とか除籍しないでくれと。

 ここが私にもよく解らないのだが、それを許したものがいたから、今年晴れて女子大生となった。

 彼女自身、そんなに勉強が苦手だったわけじゃないのだろう。一年でなんとかやっていけるだけの勉強をしたのだろうよ。だからこそ、レポートもテストもまずまずだったわけだが、その執着というか、執念というか、集中というか。すごいと感心する。

 なんで彼女がそこまでして大学に入りたかったかは不明だが、とにかく、彼女は努力をし、そして入学した。

 ちなみに、お金や、家は、もちろん本物の北山 玖理子さんの持ち物だろう。

 彼女の親なんかはどうなんだって話だが、……本物の彼女の親は彼女の大学合格発表の日に交通事故に遭っていた。それのショックが死因じゃないかと思うがね。

 ともかく、町田 里香は幸運にも新しい名前、お金を得たわけだ。

 北山 玖理子さんが社交的で、人見知りをしない性格なら、うまくいかなかっただろうが、彼女の部屋に入ってすぐに、本物が残した日記を見た。まぁ、北山 玖理子さんがどういう人か会ったこともないので想像だが、人付き合いは苦手だったのだろう。だからこそ、町田 里香は成り済ませたのだから。

 それから、役所や、いろんなところに関してで言えば、今は、コンビニで書類発行できる。役場の窓口に行って、本人かどうかなんて、誰が調べられる? 自己申告だ。だから、うまくいった。

 文句を言う者がいないのだからね。

 町田 里香は北山 久理子となり、青春を謳歌し、大企業に入社し、恋愛をして、結婚する予定だった。

 そのつもりだったのだよ、」

 一華は窓の外に目を向けた。演出とか、もったいぶったわけじゃない。あの時も窓のブラインドを下ろした外に立川刑事たちの姿を見たのだ。そう、北山 久理子が山森 佳湖からのプレゼントの話をしていた時だ。








 

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