第7話 秋深し、ストーカーは何をする人ぞ

1 藤森 真琴

 Z-16号室に立川刑事と青田刑事がやってきたのは、一華が登校してすぐだった。

「寒くなってきましたね」

 と言った立川刑事に頷き、「もう、体がきしんで、老体には辛い季節ですよ」と一華が返事をする。

「そんな歳でもないでしょう」

 立川刑事はフフフッと軽く笑い、

「いろいろと探ってますか?」

 と言った。

 一華はコートをかけてゆっくりと振り返った。そして「なぜ?」と首を傾げた。

「一華先生のことだから。です」

 と言われ首をすくめる。

「世間話です」

 と立川刑事は言い、似合わない笑みを浮かべた。その顔に一華は思わずつられ笑いをして、青田刑事を見た。青田刑事も同じようにひきつった何とも言えない笑みを浮かべていた。

「世間話ねぇ。……今は、新田 玲と、藤森 真琴、それに佐々木 保治の三人に情報収集を頼んでます」

「その三人の理由は?」

「佐々木 保治は山森さんが好きだった。だから、彼女に関することを何でも集めてきてくれるでしょう。ただし、いいことだけ。……それは、彼女の家族に話せるいい話でしょうね。

 でも……例えば、あの子は優しくて、かわいくて、なんていう誉め言葉が9個。でも、割り勘主義でおごってくれなかった。なんていう負の評価が1だとする。まぁ、大半の人がそんなものですよ。負の評価が9で褒め要素1なんて、死んでなお悪口を言われる人は少ない。と思いたいですけど。

 その、誉め言葉を遺族には伝えたいじゃないですか。

 そして、その誉め言葉を、彼女が好きだった佐々木 保治ならたやすく集めてくれるはずです。

 そしてその誉め言葉だらけの彼女がなぜ殺されなきゃいけなかったのか。彼女よかったのか? 彼女ならなかったのか? 彼女なのか?」

「自殺。とは考えてないと?」

 青田刑事の言葉に一華は唸り、

「相手は……(あなた方を)壁だと思うことにして、」

 と前置きをすると、二人の刑事が大きく頷き「口にチャック」と大げさにも古いジェスチャーを見せた。それに一華が鼻で笑い、

「命の危険を瞬間的に感じた。山森さんがです。あの場所へ行き、どうも、殺されそうな、そんな瞬間的恐怖を感じたとします。抵抗するでしょう? 逃げるでしょう? 現場を見ていないから、遺体を見ていないから解らないけれど、もしかすると、その危機に遭ってなお、相手のことを思い、もしかすると……嫌われて生きるなら、いっそ、その手で……彼女がどんな子だったか解らないけれど、」

「相手は、片思いの相手だったと?」

「そうであるなら、その辺鄙なビルへ行こうと誘われても行くんじゃないんですか? 嫌いな相手と行く場所じゃないでしょう。……かといって、あたしのような教師の課外授業でいく場所でもないし……彼女が一人でそこへ行った。という点でも、相手に好意がなければね。

 その相手からの急な殺意に戸惑い、抵抗しただろうけど、実らない恋を引きずる気はない。と思ったら、行動に移す? ……19歳の子が考えるだろうか? とかね。

 そもそも、私は山森さんのことを知らなすぎる。

 だから、山森さんに少しでも引け目を感じている藤森 真琴に彼女の交友関係を調べてもらっている。藤森さんは香水の一件で山森さんに対して素直になれずに、謝罪を受け入れられていないと、後悔しているのでね、少しでも行動してその呵責が軽くなるなら動くだろうと思って。

 新田 玲も、彼女に引け目を感じている。新田さんは、山森さんとの初対面での小さなささくれが尾を引いていたから、引き受けてくれるだろうと思って、うわさ好きな彼女に、山森さんに関するうわさを集めてもらっている。

 と言ったところです」

「さすがです。我々もその情報が欲しくてね」

「警察は他殺だと思っていますか?」

「我々は、壁です」

 立川刑事の言葉に一華は露骨にむっと唇を尖らせるが、立川刑事は静かに頷くだけだった。

「いいですよ、情報だけ盗んでいってくださいな。

 でも……考えれば考えるほど、自殺する要素もなければ、他殺される要素もないんですよ。

 衝動的自殺。というのがあるでしょう? あれですかね?」

 一華が扉の方を見て言うと、その前に立っている助手の小林君が小さく頷いた。誰かが扉の前に居るようだった。二人の刑事は相変わらず

「我々は、壁です」

 を繰り返す。が、青田刑事がノートに―自殺の線はほぼないかと思われる―と短く書いた。

「若い子は、すぐ、何かしらで嫌になっては、死にたいという。あれでしょうかね?」

 と助手の小林が言い、一華は扉を開けるように指を動かした。

「いやいや、そんなこと言ってたら、いくつ命があっても駄目じゃないですか?」

 と青田刑事が言うのと同時に扉が開き、そこに藤森 真琴が立っていた。急に扉が開き、4人の大人の視線に挙動不審に目が泳ぐ。

「おっと、おはよう。あ、先生、(食堂の)おばちゃんのところから(朝食の)サンドイッチですね? とってきます」

 と助手の小林君が出ていった。4人の大人たちはマコトにないして何も言わず、一華は片手を上げる。

「あ、あの、お、おはようございます」

 あきらかに盗み聞きをしていたであろう気まずそうなマコトに、一華は「おはよう」と短く言い、机上の紙に目を落としながら刑事たちを指さす。

「この前の刑事さん。えっと、どうした?」

 と何事もなかったかのように聞き返し、マコトの方を見た。

「えっと、あの、山森さんの、事で」

「あ、ああ。頼んでいた件? ……ちょうどよかった。刑事さんにも聞いてもらおう」

「え? でも、ただの噂ですよ?」

「いやいや、噂の中には真実に近いウソがあったりするんですよ。ぜひ聞かせてもらいたい」

 一華の前に立川刑事が言うと、マコトは少し顔をこわばらせて一華を見た。

「……でも、本当に噂で、私が言っているわけでは、」

「もちろん、噂ですよね」

 言い渋るマコトに青田刑事がやさしい笑みを浮かべて椅子をすすめる。

「その話はどのあたりで聞きました?」

「どのあたり……?」

「あぁ、例えば、山森 佳湖さんのことを知っている度合いです。クラスメイト、ゼミ仲間、サークル仲間、仲良かったもの、とかの位置です」

「あ、あぁ……どうかな? クラスメイト? ていうか、考古学以外で山森さんと一緒だった子の話では、保母さんになりたかったようなんですけど、急に、どこかの、大手企業を受けようかとか言い出したとか。会社名は具体的には言わなかったようですけど、好きな人がそこを希望しているらしくて、一緒の会社に行きたいとか言っていたとか。

 保母さんになりたかったのは子供好きだからだって言っていたそうです。ただ、子供は好きだけど、自分の子供は望めないから、保母になるんだって。恵まれて育ってきたけれど、男の人が苦手だって言ってたそうです。たぶん、そういう風に言った方が、なんか、ウケがいいとか思ったんじゃないでしょうかね?」

 マコトは首をすくめた。あざとすぎますよね。と言いたげなしぐさだ。マコトの中の山森 佳湖は男ウケを狙う女子大生でしかないようだった。

「サークルは、彼女はボランティアに入っているらしくって、結構北山さんと一緒に行動しているから、北山さんに話を聞いた方が早いって言ってました」

「北山 玖理子さん?」

青田刑事が繰り返すと、マコトは大きく頷き、

「山森さんについて聞いていたんですけど、山森さんと話をしていると、いつも北山さんの話題になるから困ったって言ってました」

「北山さんの話題?」

「北山さんがどれだけすごいかって。病気しても大学をあきらめずえらいとか。ああいう素敵な大人になりたいとか。

 でも、ほとんどの人が、北山さんを苦手だと言ってました。私もですけど」

「年上すぎて、話が合わないって?」

 一華の言葉にマコトは首を傾げて、噴き出すように苦笑した。

「年上すぎてというか、食育アドバイザーの授業を取っている子や、ボランティア部の子たちから、山森さんの話は少ししか出てこなかったけど、北山さんの話しの方が多くて、というか、ほとんど愚痴みたいな感じで、偉そうなんですって。一人が言いだしたら、みんなから不満ばっかり出てきて、おかしかったですよ。

 北山さんて、少し年上じゃないですか。年上だからってだけで、三回生とかにも命令したり、ダメだししたり、まぁ、それが的を得ているから逆らえないようで。なんか、少しだけ歳が違うってよりは、教師と一緒にいるみたいな嫌な緊張感があるって言ってました」

「たった、二つか、そこらでずいぶん年寄り扱いされるもんだね」

 一華の言葉にマコトは少し考え、

「まぁ、そうですかね。

 あと驚いたのが、そのサークルには、清水さん、清水 樹里亜さんもいて、その元カレ? ……元カレもいたようで、清水さんは、サークル得点が高いから入っているようだって。サークル活動でも、交通安全とかでなんか配ったりするやつには参加するけど、ごみ拾いとか、そういうのには参加しないそうです。

 すごく目立ったり、ラクなものには参加するんで、居ないも一緒みたいですけど、私に言わせれば、清水さんでもサークル得点を気にしてるんだなぁって。そっちの方が驚きですけどね。

 元カレと別れた理由が、山森さんだって噂でしたけど、そのサークル内では、清水さんが別れたかったから、元カレが好きそうな山森さんを合コンに誘ったんじゃないかって言ってました。

 もしそうなら、彼女も彼女だし、そういう男ってのも嫌だなって。だって、いくら仲が冷めきっていたとしても、彼女自体が浮気して、彼氏の方も浮気していたようですし、そんなの、一緒にいる理由もないのに、ただ、別れるきっかけが欲しかっただけみたいで。そんなこと聞くと、それに巻き込まれた山森さんは気の毒だと思うけど、でも、山森さんもそういう合コンに行くから巻き込まれたんですから、自業自得ですよ」

 マコトは露骨に嫌そうな顔をした。

 さらにマコトはいくつかの噂話をしたが、あまり信憑性のない話だった。しかし、その信ぴょう性のない話の方を一華がいちいち質問してくるので、マコトは複雑そうな顔をしながら答えていた。

「あの、でも……」

 一華の質問を制してマコトが口を開いた。

「重要ですか?」

「なんでそう思うの?」

「いや……、サークル活動で外に出ていた時に、かわいいって言われることは、あるでしょうし、そこからストーカーって、ちょっと飛躍しすぎるかと、」

「……あ、ああ……言ってなかったっけ? 山森さんはストーカー被害を受けて引っ越しをしているんだよ。現状、そのストーカーがどこの誰か全く解らなくてね」

「まじ? え、やばっ。……てことは、そのストーカーに突き落とされたんですか?」

「さぁ……。例えば、例えばよ。想像しすぎて、具合悪くなったらごめんよ。だけど、ちょっと考えて。あなたにストーカーがいるとする。その相手から、人気のないビルに呼び出された。行く?」

「行きませんよ。気持ち悪い」

 マコトは即答する。

「じゃぁ、後をつけられたとしよう。そして、どうしてだか、人気のないビルの方向に行くように仕向けられていたとしよう」

「え? え、嫌だ」

「逃げ場は?」

「と、と、」

 マコトの顔が青ざめ、気分悪そうに口をふさいだ。

「私の推理なんだよ。……だってね、よく考えて? 自殺しそうにない19歳の女子大生。殺されるような理由のない19歳の女子大生。が、死んだ。なぜ? そうするより仕方なかった。としたら、飛び降りなければいけなかったとしたら、もうねぇ、ストーカーなりに連れていかれ、自ら落ちた。以外考えつかなくてさぁ」

「ええ、嫌だぁ」

 マコトは手の中に顔を押し隠し、気分が悪いと背もたれにもたれた。

「私もこのところ気分が悪いんだ。でも、そう考えざるを得ないんだよね」

 マコトは唸り、顔をゆがめながらも考える。かなり無理があるがありえなくもないかもしれないと。自分にストーカーが居て、と、一華の説明を重複する。もし、ビルに向かうように仕向けられていたら? ストーカーに追われているかもしれなかったら? ……、マコトはさっと顔を上げ、声を上ずらせて、

「もし、そうだったら、何かしらの証拠というか、なんかあるかもしれませんよね?」

「何かしらの証拠?」

「追いかけられているとか、誰かに助けを呼べるはずでしょう? 携帯とかで。もしくは、なんか、逃げているときにぶつかってできる傷とか。新しい奴とか」

「……なるほど、考えつかなかったねぇ。どうです? 警察も……考えつかなかったようだよ。もしそれで、新しい傷とか見つけたら、お手柄じゃない?」

 一華が声を高くして言うと、マコトも気分がすっとしたのか、少し顔色が戻った。

 気分悪く居させるのは本望ではないようだ。そして、マコトの気持ちをいくらか楽にさせるのは、教師の仕事のうちなのか? それとも大人としての対応か? マコトの顔色がよくなったのを見て、一華も口の端を緩めた。


2 新田 玲

 藤森 真琴が出て行って助手の小林君がサンドウィッチを持って戻ってきた。

「なかなかの名推理ですね」

「そうでしょう」

 一華はほくそ笑み、サンドウィッチを一つつまむ。立川刑事も青田刑事もそれをつまむ。

「旨いですねぇ」

「おばちゃんのサンドウィッチはうまいんですよ」

 四人が咀嚼しているところに、ドアが叩かれ、新田 玲が入ってきた。サンドウィッチを勧めたが首を横に振り、

「さっき、藤森さんと会って、ストーカーに殺されたんですか? 山森さん、」

「いや、あれは、あたしの推理。……が当たるわけないじゃない。ただ、みんなが自殺しそうにないという。でも、そんな恨みを買うような人でもなさそうだし、じゃぁ、なんでって考えたら、ストーカー被害に遭っていた。って思いだしてね」

「……なるほど。もし、そうだったら、嫌だな。そんなので死ぬの」

「どういうのならいいの?」

「え? まぁ、普通に、老衰? ですかね」

 一華は声を出して笑い「いったいあと何年先だか」とレイを見た。

 レイは、そんな変なことは言っていないと思うけど、と言いながらかばんからノートを取り出した。

「お、すごい、メモってんだ」

「忘れると後で後悔しそうで」

 そう言った彼女のノートには彼女の性格らしく几帳面な字が並んでいた。

「でも……山森さんに関することって本当に無くて。だって、山森さんて、本当に友達って北山さんだけじゃないかってぐらい、北山さんとしか一緒に居なかったみたいで。

 あ、でも、(聴き取りした相手から)一回どっかで会ったら、地元の親友なのって、紹介された人がいたみたいですけど、あ、そうって。感じだったって。服か何かを買いに行っていたみたいです」

「北山さんとは相当馬が合ったわけだ。なるほど、彼女が必死に自殺なんかしないというわけだわ」

「自殺じゃないんですか?」

「自殺だと思う?」

 一華の言葉にレイは唸り、首を傾げ、

「よく解らないんですよねぇ。初めは自殺はないと思う。って、だって彼女弱そうに見えないって言ったけど、あの後、いろんな人と話しをして、自殺を選ぶ人の特徴が解らなくなってきたというか。

 病気とか、真面目な性格とかいろいろあって自殺を選ぶ人は居るって。その逆に、衝動的にとか。とにかく、つらいからとか、悩んでいるからとか、そういうのじゃなくても選ぶ人はいるらしくって。とか話していたら、山森さんが自殺しそうか? って聞かれたら、なんか、自殺じゃないけど、他殺? って感じなんです。

 別に悩んでいるような様子はなかったし、かといって、他人には解らない悩みを持っていたのかもしれないけど。だからって、殺される? って言われても……。なんか、そんな悪いことしてなさそうだったし」

「……じゃぁ、彼女じゃなく、19歳の女子大生が、自殺しそうな理由とかならある?」

 一華の質問にレイはしばらく考え、

「想像つきそうなのは、いじめとか、借金とかかな。あとは浮かびませんけど」

「じゃぁ、殺されるような理由は?」

「それなら、人の男を取ったとか、不倫相手をゆすって殺されたとか、そっちの方が浮かぶかも」

「ふーむ。なるほど。じゃぁ、その二つの例は山森 佳湖には当てはまらないのはなぜ?」

「あー、そうですね、いじめられているようには見えなかったし、まぁ、高橋さんたちが無視していたけど、大学に来てまでそんな幼稚なことで時間取るほど暇じゃないし。借金は、あるような話とか、うわさは聞いてないですよ。

 人の男を取ったって言ってもジュリアのあの彼でしょ? あれは、男が悪いって誰だって思うし、ジュリアもジュリアだから、痴情のもつれみたいなことには発展しなさそう。

 人をゆするようなこう、なんかいやらしい性格には思えなかったけどな」

「人の名前を間違えるくらいかな?」

 一華の言葉にあからさまにむっとしたが、相手はもう居ないのだし、そのことに対して今更怒ってもしようがない。という風にため息をついて、

「まぁ、……それは、まぁ、ねぇ」

 レイはそう言葉を濁して首をすくめた。


 レイがノートを片付けながら、思い出したように

「あ、北山さんに話しても大丈夫ですよね? 話を聞いて回っていたら、何をしてるのか聞かれたんですけど、」

「大丈夫よ。別に、私のいち好奇心だし。……あとは、ご両親に彼女のことについて話す材料が欲しいだけだから」

「あ、そうなんですか? 私はてっきり警察の人に言うのかと、」

「あ? ……ああ、違うよ。警察の人は、警察で調べるだろうし、そもそも一介の大学教授の意見を、テレビじゃあるまいに、参考になんかするわけないでしょ? 今はただ、食堂のおばちゃんの作るサンドウィッチがおいしいから、学生に話を聞きに来るついでがあったら、食べますか? って誘っていただけだよ。

 それより北山さんは、情報収集とかに興味あるのかな?」

「さぁ。でも、山森さんと友達だったわけですし。よかったら呼びましょうか? 連絡先知ってるんで」

 そういうとその場の居辛さからなのか、レイは携帯を素早く操作した。すぐに返事が来たようで、

「五分ぐらいで来るそうですよ」

 と五分ちょうどでドアがノックされ北山 玖理子が姿を見せた。


3 北山 玖理子

 相変わらず、ほかの生徒と違い、おとなしめで、清楚で、将来ウケを狙っているように見える。特に、レイと比べたら、明らかに就職を意識した服装のように感じた。

「あ、刑事さんたちもいたんですね。じゃぁ、先生、言ってくれてたんですね?」

 クリコは目を輝かせた。一華に勧められ椅子に座る態度も、やはり他の生徒と違い、椅子も勧めないと座らないし、深く腰を下ろしてもいないし、姿勢も伸びていた。

 クリコは三人を順に見てから、少し興奮したような顔を向けた。まるで何でも聞いてください。とか、私が主役でしょ? と言わんとしている主張の激しい顔だった。

「あ? いや、まだ。そもそも朝食を食べに来ただけだから、このお二人も」

 一華はパンを飲み込みながら言った。

「……そうなんですか? 山森さんの、あれは自殺じゃないですよ」

 かなり落胆と呆れ顔で一華を見たが、切り替えるように肩で息をついた。

「じゃぁ、誰に何の理由があって殺されたと思う?」

 今まで黙っていた立川刑事が急に声を出した。さすがの一華も驚いたように立川刑事を見た。

「誰にって、新田さんの話では、ストーカーがいたって。そいつじゃないですか? 山森さんかわいいから」

 そいつを探せと言っているじゃないか。と言わんばかりにとげを含んだ物言いをした。自殺ではないと主張しているのに話しが通っていないもどかしさからなのか、イライラとした目で刑事たちを見た。

「なるほど。殺された理由は?」

「そうですねぇ。……付き合ってほしいと言われたのに、断ったんですよ。最近多いじゃないですか、そういう勘違いの奴。なんで付き合えると思うんでしょうかね?」

 クリコはレイに同意を求める。レイは深く同意し、

「ストーカーとかマジできもいよね。ジーっと見てるとかってありえないし」

「ほんとよねぇ。何考えてんだか、ねぇ」

 レイの若さ溢れる嫌悪感に一同が苦笑いを浮かべる

 レイは何度も頷き、その視界に一華を見て首をすくめて黙った。それを見て、クリコも首をすくめて黙った。

 一華はしばらくしてから、

「今、知りたいのは、本当に居たのかどうか。……山森さんの狂言、だったのじゃないかと思っていてね。だから、山森さんをストーカーしていた人を探すこと、彼女の他の教科の評価、私のは、正直何もなくてね。……後、将来はどういった進路に進みたかったのかとか、そういうのを知りたいよね」

「先生は犯人を捜しているんじゃないないんですか?」

 クリコが驚いて即座に聞き返してきた。

「一介の教師がそんなことできるわけじゃないじゃない」

「え、でも、なんか事件を解決したって、」

 クリコがレイの方を見る。だが、レイは知らないと首を振る。

「事件を解決してないよ。事件があたしの周りで遭っただけ。その時に刑事さんと知り合って、ここを貸したから顔見知りなだけ。そんなねぇ、心理学者でも、行動学者でもないあたしに何ができると思ってるのよ? せいぜい、学生を呼び出して、事情を聴く際に同席するくらいよ。今だって、これから学生に聞き込みをしに行くけど、あの理事長が部屋を用意するわけないじゃない、学校評判第一主義の人が。それに、顔見知りのいる方が安心するでしょ? それだけよ。

 でもまぁ、ここで話している内容は聞き耳立てているだろうけど、だからって、それがすべて役に立つとも思えないしね。だって、あたしが欲しいのは、彼女の親御さんに、山森さんは大学ではこうでしたよっていうために調べてほしいって、新田さんと藤森さんに頼んでいるだけ」

「それなら、先生が聞きに行けば、」

 クリコの言葉を遮るように、一華は手を振り、

「あたしが聞きに行ったって、みんな、いい子じゃない? とか、普通とか言うだけだし、実際、あなたたち五人以外の生徒は山森さんの印象は薄かったからね。かわいい子だなぁと思ったとか。そんなものばかり。

 でも、同級生が、あの子どんな子だった? って聞きに行き、ちょっとした探偵気分なのよ。なんて聞きに行くと、他の子たちは受け狙いで話そうとするでしょ? 最近の子の感覚は解らないけど、若いって、そういう不謹慎さがむしろ楽しく思えちゃうでしょ?」

「それも、親御さんに言うためですか?」

 レイが声のトーンを下げて聞く。

「それと、あたしの興味。それが一番かもしれないね。……何で自殺したのか、」

「自殺じゃないですって、絶対」

 クリコが強めに反論する。

 一華は首をすくめてから、

「あぁ……、なんで殺されたのか。とか、……まぁ、自分のところの生徒がそんな目に遭ったということが信じれない。というか、そういう不幸って、なんかこう、断ち切りたいじゃない。お祓い行くことも考えたけどさぁ、そういうので払えなそうもないかなぁと思ってね」

 クリコはため息に似た息をついたが、

「先生自体は、自殺だと思っているんですか? それとも他殺ですか?」

「自殺もしくはストーカーによる殺人。他殺の場合犯人はストーカーかな。

 私が想像するに、想像だよ。自殺する人というのは、案外見つけてほしい人だと思うんだよ。苦しかったのだと全身からの叫びみたいな結果だろうからね。

 それが、人気の少ないビルで飛び降りるかね? と思ってね。つまり、あそこへは意図的に連れていかれたんだろう。

 そうなると、誰に連れていかれたのか。両極端な相手だよ」

「両極端?」

 レイが首を傾けて聞き返した。

「好意を寄せているストーカーが、脅して連れて行ったか、彼女自身が好意を寄せている、片思いの相手が居たそうだが、その相手に誘われたか。

 どちらにしても彼女はあのビルへ自分で行った。眠らされて連れていかれたとか、脅されていったわけではないと思うね。

 だから、彼女はあそこまでの道で、何かしらの合図を残していると思うんだよな。ストーカーに追いかけられているなら、追いかけられているとか、自殺でないとするならね。だって、遺書が残ってないようだからね。

 でも、そんなこと言いだしていたら、あたしの脳が追い付かない。所詮そういう訓練も、そういうことが好きなわけじゃないからね。

 でも、まぁ、私はみんなに聞いてきてもらっている内容は、親御さんに、彼女の話をしてあげたくてね。それで聞いてもらっているだけ。単なるいい子でしたと言われるより、友達から好かれていた実例を数個上げることで、彼女は確かにここに居たのだと実感する。皆の記憶の中に存在していると、少しでも親は安心するだろう?

 それにさぁ、死亡の特定などは、警察の仕事だからね。私に何かができるわけじゃないしね」

 クリコは一華の話を聞き納得したのか、暫く黙っていたが、

「そうですね、親御さんに良い報告してあげたいですもんね。先生の興味はともかくですね。

 私、山森さんとほぼ同じ授業を取っているので、先生たちの評価は聞いてこれますよ。あと、将来は、保母さんとか、小さい子を相手にしたいって言っていました。子供好きだからって。具体的に保母になる努力をしていたかはわかりませんけど」

「ほお、保母ね……そういう学科ってここあったっけ?」

「ないですね。だから、どこかに編入する気なの? って聞いたら、それは、考えていないって」

クリコはそつなく即答する。

「訳解らんなぁ」

 一華が眉を顰めると、クリコはくすりと笑い、「ほんとそれです」と言った。


4 佐々木 保治

 新田 玲と北山 玖理子が出て言ってすぐに佐々木 保治が入ってきた。

「出入りの激しいことで」

 青田刑事がぼそりというと、ヤスジが戸惑ったような顔をしたので、立川刑事が咳ばらいをしながら座るように指示を出した。

「あ、あのぉ、後にしましょうか?」

「いいよ。……今、この二人は壁らしいから、気にするな」

 と一華に言われたが、ヤスジは顔をしかめて頷く。ふと、窓の向こう、中舎へと延びる渡り廊下を歩いている新田 玲と北山 久理子を見つけて、

「あの人も参加してるんですね」

 と言った。

「情報は多い方がいいからね。何か不都合でも?」

「いや……、カコは最近、引っ越したんですけど、というか、5月だったかな? あの、北山さんのアパートに近いんですよ。急な引っ越しで、いったい何があったんだって聞いたんですけど、気分転換だって言ってて、」

「ストーカーだとは言わなかったのかい?」

「ストーカー? 何の話ですか?」

「山森 佳湖は、ストーカー被害に遭っていて引っ越したんだと、不動産にも、北山さんにもそう言っていたようだが?」

「いや……ストーカー?」

「まさか、君がストーキングしていたんじゃないよね?」

 青田刑事の冗談に明らかにむっとしながら「してませんよ」と語気を荒めた。

「まぁ、男幼馴染には言わなかっただけかもしれないね。……高校の時の友達というのは知っているかい? 一緒に服を買いに行ったりする相手」

「あ、あぁ、居ますよ。そうですよ、あいつになら、そのストーカーとか、好きな相手の話をしているかもしれませんね。連絡しときます。名前は、田村 信子ノブコです。

 あ、それで、頼まれていた件ですけど、なんか、まったく新しい情報とかなくて。バイトを掛け持ちしていたようなんですよ、夏休みからつい最近までの短期で、で、最近はもともとしていたバイトだけに戻っているようで、」

「辞めたってこと?」

「そうみたいですね、同じバイトに居た子がいて、辞めなくても続ければいいのにって。なかなかよく働くんで即戦力だったようですけど、なんか、目標金額に到達したからだって言ってたそうです。

 あと、なんか図書室の奴から、しょっちゅう、花言葉の本を借りていくって言ってました。わりと、そういう本を借りる人って、デザイーナーとか、漫研とかが多いようなんですよ。それが、それっぽくなさそうなのに借りるっていうのがよほど印象だったみたいで。

 で、どんな花を調べているんだって聞いたそうなんですよ。そしたら、可憐な花で、花言葉が「」というやつらしいです」

「……秘めた恋……その花は?」

「さぁ。そこまでは解らないそうですけど」

「バイトは、辞めていたんだ……生活苦だったわけじゃないと、……少し考える」

「では、我々はこれで。ごちそうさまでした」

 立川刑事と青田刑事が立ち上がり、ヤスジも一緒に部屋を出ていった。


「秘めた恋。……自殺か、他殺か。秘密の思い。隠しておきたい気持ち」

 一華がぼそりとつぶやく。



 









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