ハア?俺が攻略対象者?!2 ~続編があるなんて聞いてねえ

饒筆

第1話 猛獣が入学しやがった


 当国貴族が子弟子女をこぞって通わせる王立高等学院は、王都の西のはずれ、湖に突き出た断崖絶壁に建つ古城を改築して開校した。全寮制で内装は豪華かつ快適、警備は万全、講師陣は超一流と三拍子揃っているが……残念ながら、当学院の学習内容など自力で学び終えた俺にとっては、ひどく退屈な檻の中の殺伐とした職場だ。

 そう。俺は横暴な国王陛下から、各王子殿下の学院生活を調査・監督し、彼らが王太子に相応しいかどうか査定せよと仰せつかっているのだ。いや、なんで俺が?宮廷博士とか学院の先生がやればいいじゃん。なあ?

 抗議したいのはやまやまだだが、俺はまだ16歳。人生は始まったばかりだし、命が惜しい。せいぜい史上最高に不服そうな顔で拝命することしかできなかった。ああ、宮仕えって面倒くさい。

 かくして俺は、仏頂面かつ死んだ目で新入生歓迎パーティーへ参加している。

 新入生の教育係を任された優等生たちが寄って来た。

「あら!ごきげんよう。ボールドウィン様、マクフィールド様」

「ええ。ごきげんよう」

 俺が反応するより早く、俺の腕にちゃっかりつかまっているオリヴィア・マクフィールド公爵令嬢がにこやかに応じた。

 隣の俺も最低限の社交スマイルを作る。が——おい、そもそも何故オリヴィア嬢が俺のパートナー面をしているんだ?申し込んでないぞ。

 新歓パーティーはカジュアルな顔合わせの場であって、夜会のように男女ペアを組む必要はないはずだ。

 それを指摘しようとしたら、

「もう、サイラス様ったら。照れていらっしゃるのね?」

 ほほほ。オリヴィア嬢は扇の裏で品よく笑ってみせた。ハア?

 どうして俺が君に照れるんだ?馬鹿を言うな。せっかくイメチェンしたその髪、両手でグシャグシャしていい?

 ところが。

「まあ……!」

 俺たちを取り囲んだ同級生たち——特にご令嬢がたは一斉に、頬を染めたり溜め息をついたりクスクス笑ったりし始めた。

「お噂どおりね」

「素敵ですわ。とってもお似合いですもの」

 どんな噂だ?誰がお似合いだ?!

 俺は片頬を引きつらせた。

 どうやら、先月の夜会にて俺がオリヴィア嬢を庇ってひと芝居打った件が大いにもてはやされ、話に尾ひれがつきまくっているらしい。そしてなんと、この俺が彼女を熱烈に口説いていると誰もが信じている。最高位貴族のひとり娘に手を出すなんて、俺はそんな巨大な墓穴を掘る馬鹿じゃねえ!公爵に殺されるだろ!

 それとも公爵自身が裏で糸を引いているのか——例えば、セオドア殿下が一方的に悪いとはいえ、婚約解消となった愛娘が良からぬ噂で傷つかぬよう、もっと面白おかしい熱愛ネタをでっちあげた、とか?ああもう!ただでさえ国王陛下にこき使われる哀れな俺を、これ以上もてあそぶなよ!チクショウ!

 あれこれ喚き散らしたいが、逆効果になるのは目に見えている。

 俺は募る不満をグッと堪え、険しくなるばかりの目を伏せてオリヴィア嬢を誘った。

「話は後にして、まずはジェレミア殿下にご挨拶に伺おう」

 なあオリヴィア。国是(=女性には優しく、親切に)に従い、一応話を合わせてやっているんだ。俺に協力しろ。

 そんな圧をかけながら微笑む俺に、オリヴィア嬢はようやく頷いた。

「そうね。では皆さま、またあとで」

 彼女は和やかに会釈を交わし、踵を返す。

 お役目柄、俺はなるべく目立たずに立ち回りたいんだがなあ……。

 いっこうに俺の腕を放そうとしないオリヴィア嬢を見、俺は内心溜め息を吐いた。



 今年度入学した査定対象、ジェレミア殿下は第二王子で側妃の子だ。気ままで派手好きな正妃と違い、淑やかな側妃は万事遠慮がちで影が薄い。だからジェレミア殿下も表舞台を避け、やや繊細だが生真面目な努力家という地味な評判に甘んじてきた。ま、それも正妃の勢力が強すぎる後宮で無事に生き残るための戦略なのだろう。王族は大変だ。

 しかし今は状況が違う。第一王子のセオドア殿下が廃嫡されたことで、今度はジェレミア殿下が一躍脚光を浴びているはずだが——さて。王の犬である俺に対し、ジェレミア殿下はどう出るだろう。

 俺とオリヴィア嬢は(一見)仲良く連れだって、ざわざわと落ち着かない新入生の群れを突っ切り、まっすぐ標的へ向かう。

 チェスなら初手。戦闘なら最初の一撃。第一印象は今後の展開を決める大事な一歩だ。

 長く伸ばした淡い金髪を一括りにしているジェレミア殿下は痩身で、評判通り地味だから人混みに紛れがちだ。が、なかなか戦略的に「ご友人」を作ろうとなさっているようだ。

 俺の視線を感じたのか、ジェレミア殿下が不意にこちらを振り返った。

 俺は殿下の前へ進み出、仰々しく片膝をつき恭順の礼を示す。オリヴィア嬢も美しいカーテシーを見せ、深く首を垂れた。

 ジェレミア殿下が口を開いた。

「ああ、あなたが『あの』」

 あのって何だよ。俺は顔を伏せたまま名乗る。

「はい。初にお目にかかり恐悦です。私は宰相が長子、サイラス・ボールドウィンと申します。この度はご入学おめでとうございます、ジェレミア殿下」

「めでたいかどうかは、あなたが決めるんじゃないかな?」

 おお、ハッキリ言うじゃねえか。

 俺は顔をあげ、迷わずジェレミア殿下と目を合わせた。

 さあ不敬だと怒るか?……否。殿下は俺の挑戦をまっすぐ受け止めた。内心がまったく読めない真顔だ。げっ、この表情は国王陛下に似ている。

 視線が重なったのはほんの一瞬。次の瞬間には互いに友好的な笑みを浮かべていた。

「ここは学院だ。ともに学生なのだから楽にしていい。そしてお手柔らかにお願いするよ」

「は。では、お言葉に甘えてそのように。今後ともよろしくお願いいたします」

 俺はもう一度頭を下げ、一歩身を引いてから立ち上がり、次にオリヴィア嬢を紹介した。

「こちらはマクフィールド公爵家のオリヴィア嬢です」

「お久しぶりでございます、殿下」

 オリヴィア嬢は顔をあげ、社交スキル全開で微笑んだ。

 まだ内弁慶気分が抜けない新入生のお坊ちゃんどもが、あからさまに騒ぎだす。いいかおまえら、美女や美少女にはくれぐれも用心しろよ。身のためだぞ。

 幸い、ジェレミア殿下は俺に賛成のようだ。最高の笑顔を向けられても沈着なまま、丁寧に応じる。

「こちらこそ、久しぶりですね。先日は……その、兄が失礼しました」

 第二王子に謝罪され、オリヴィア嬢は目を丸くした。それでも優雅に一礼してみせるところがさすがだ。

「お心遣いありがとうございます。ですが……もう、過ぎたことですので」

 オリヴィア嬢は思わせぶりに俯き、わざわざ俺の腕をとりなおして身を寄せた。

 だーかーら!俺を巻き込むなって!!

 先程のお坊ちゃんズの視線が痛い。

 俺はすかさず弁明しようとしたが、その前に

「ああ。そうでしたね。お幸せに」

 第二王子から晴れやかな笑顔で祝福されてしまった。

 ちげぇよ!「そう」じゃねえ!!王族が「そう」だと言ったら本当に「そう」なってしまうじゃねえか。やめてくれ!!

 と、ここで。

「ウソッ!ウソよ!そんなワケないじゃなぁい!!」

 俺の心を読んだかのような悲鳴——いや、このド迫力は雄叫び——が、背後で反響した。



 どすどすどすどす!

 女性にあるまじき足音をたて、ピンクのひらひらにまみれた猛獣が鼻息荒く向かってくる。その姿を見た途端、俺は鳥肌を立てた。

 ベアトリス姫だ!

 正妃が産んだ第二王女で、ジェレミア殿下と同じ15歳。目鼻立ちは悪くないが、頭は良くない。やたら大柄で怪力、しかも行動が突拍子も無いので陰で「猛獣姫」と呼ばれている。さらに極度の面食いで、なぜか俺ともう一人の幼馴染を自分のモノだと思っている。俺たちはセオドア殿下の学友だっつーの。

 しまった。あの姫も新入生だってこと、うっかり忘れていた。

 青ざめる俺を見定め、ベアトリス姫は舌なめずりした。マジか。

「あはっ♪やっぱり顔がイイ!サイラスうぅ~会いたかったわぁ!あなたも会いたかったでしょ?ねえ?ねえ!」

 姫は逞しい腕を広げ、邪魔な新入生を突き飛ばしながら俺に迫って来る!まずい。このままでは姫の暴走にオリヴィア嬢も巻き込まれる!

 俺は早口で依願した。

「殿下!魔術の使用を許可してくださいッ」

「は?いや、でも」

「ご安心を。自分を守るだけですから!」

「わかった。許可する」

「ありがとうございます。《Levitation》!」

 俺はオリヴィア嬢を横に抱き上げ、内なる魔力を解放した。即座に右手中指の指輪が発光し、空中浮揚の呪が完成する。魔法の杖は持ち歩びが面倒だから、俺は特殊な指輪を収斂体にしている。邪道と言うか、もはや曲芸なので真似はお勧めしない。

「きゃああっ」

 オリヴィア嬢が悲鳴をあげて俺に抱きついた。

 間一髪!!上空へ発射する勢いで逃れた俺たちを掴むことができず、姫の腕は宙を掻く。抱き締めて押し倒すつもりだったのか、姫はそのまま、べちゃっと床へ這いつくばった。

 …………。一同、言葉も出ない。

 さすがに俺も何も言えん。豪奢なシャンデリアの隣に浮かんで、ただ、猛獣が起き上がるのを待つ。俺にしがみつくオリヴィア嬢が震えていたので、俺は小声でなだめた。

「心配するな。落ちるもんか」

「そ、そうじゃなくて……っ」

 お。涙目だ。耳まで真っ赤じゃないか。意外と可愛いぞ、その顔。

「一緒に飛ぶなら飛ぶって、先に言って!」

「そうか。悪い」

 口先で謝りながら、俺はいい気分だった。最近、オリヴィア嬢にやられっぱなしだからな。やっと意趣返しできたぜ。

「ちょっとソコ!イチャイチャしなぁいのぉ!!」

 俺の靴底を睨みながら、猛獣姫がヒステリックに怒鳴った。おーい姫、鼻血が垂れているぞ?

「なんでよ!サイラスは私の攻略対象なのよぉ!なんで悪役令嬢と付き合っているのよぉ?!」

 出た!また出たぞ、コーリャクタイショウ。つまり獲物!そしてアクヤクレイジョー……先日のルナ嬢といい、オリヴィア嬢といい、おまえら集団催眠にかかっているのか?

 案の定、ジェレミア殿下を含め、周囲は姫が何を言っているのか理解できずにポカンと傍観している。

 俺は努めて冷静に声を張った。

「高所から失礼します。ベアトリス姫、まずは普通にご挨拶をさせてください。いきなり詰め寄られて遺憾です——そしてオリヴィア嬢を悪しざまにおっしゃらないでください。彼女は私の大切なひとなので」

『た、大切なひと……!』

 オリヴィア嬢と姫、加えて数人の呟きが重なった。

 そうだ。オリヴィア嬢は「あの猛獣の突撃を防ぐ口実」として大切だ。オリヴィア嬢が俺を出しに使うのだから、俺だって彼女を利用していいだろう?

 ようやく気を取り直したジェレミア殿下が事態の収拾を図る。果敢にも姫を叱咤した。

「ベアトリス。念願の入学が叶ったからと言って、はしゃぎすぎだぞ。君も王族ならば同級生の手本になってほしい」

 いいぞ、もっと言ってやれ。あの姫に直接意見できるのは殿下しかいない。

 だが。怒り狂う猛獣姫が黙るわけがなかった。

「うるさいわね!この——」

 ジェレミア殿下への罵倒は、何物かがついに姫の口を物理的に塞いで防がれた。

 誰だ?あの無謀な騎士は?

 ダークブラウンの短髪に、人混みから肩まで飛び出すほどの長身。騎士団の正装をぴしっと着こなす青年が、整った精悍な顔を姫に寄せる。

「麗しの我が姫、お話し中に失礼します。美しいかんばせが汚れておいでです——控室で綺麗にしましょう」(最初から最後まで棒読み)

 笑えるほど気持ちの籠らないセリフだな!

 しかし、ベアトリス姫は途端に態度を変えた。吊り上がった目を潤ませ、振り上げていた腕はその騎士に絡ませて、猫なで声で擦り寄る。

「あらそぉ♪アレックスぅ、ありがとぉ。あなたは昔から優しくてステキだわぁ」

「アレックス?!」

 俺は思わず復唱し、それを聞いた騎士が顔をあげた。

「よう。久しぶり」

 驚いた。正真正銘、アレックス・ウェリントンだ。

 代々将軍を輩出する軍門ウェリントン家の嫡男アレックスは、俺と同様、第一王子セオドア殿下の学友(彼の場合は剣友)だった。幼い頃はよく三人で遊んだ……が、アレックスは早々にセオドア殿下に見切りをつけ、俺たちが学院へ入学する前に一人で騎士団へ入団してしまった。薄情だが、即断即決で行動するのは軍門ならでは、かもしれない。

 気心の知れた俺を雑にあしらい、アレックスは姫にしがみつかれたまま、ジェレミア殿下に目礼で許可をとる。ジェレミア殿下は黙したまま首を縦に振る。

 許可を得たアレックスは姫の肩をがっちり掴み、半ば連行する形で広間から連れ出した。力には力を、だ。猛獣を扱うには騎士並みの膂力が要るらしい。

 そっと開いた大扉の向こうに二人は消え——なかった。猛獣が最後に遠吠えをした。

「サイラス!その女のことは気の迷いよ!あなたは私のモノなんだからねッ!!」

 寝言は寝てから言え!

 俺は心の中で叫び返して、取り澄ます。

 うるさい姫が退出し、ようやく広間は平穏を取り戻した。俺はゆっくりと下降して大理石の床に着地する。抱き上げたままのオリヴィア嬢はぐったりしている。腕が痺れるから、もう下ろしていい?

 ジェレミア殿下が、俺に聞こえるように愚痴った。

「アレックスは私の護衛だが——これでは、ベアトリスを見張らせた方がいいかもしれない」

 やれやれ。ジェレミア殿下は自身が査定されるばかりでなく、傍若無人な腹違いの妹の面倒まで押し付けられたのか。大変だな……心底同情するよ。

 俺がちょっとしんみりしたそのとき。丸眼鏡の令嬢がオリヴィア嬢に向かっておずおずと進み出た。

「オリヴィアお姉さま……ダメ。だめですわ。姫を刺激してはいけません」

 小柄な彼女は狼に睨まれた兎のごとく震えており、目尻にも涙が浮かんでいた。

「ルイーズ?」

 オリヴィア嬢が俺の腕の中で振り返る。ああもう、下ろすぞ。ほら。

 同時に、俺は頭の中の人名録を急いでめくった……ルイーズ・ピッチ。侯爵令嬢。ベアトリス姫の学友という名の生贄だ。オリヴィア嬢と仲が良いのか?

 ルイーズ嬢は決死の覚悟で言い募る。

「お姉さま、どうか姫に気を付けてください。だって、姫ときたら『ねえ知っている?今夜、殺人が起きるのよぉ』なんておっしゃるんですよ!もう……恐ろしくて!」

 わっと泣き出すルイーズ嬢を前に、俺とジェレミア殿下は困惑して顔を見合わせた。

 

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