林檎飴と花火

Mari

*

日の沈み始めた頃。

今宵の夏祭りの匂いが心地好い夏風に乗ってきて、おばあちゃんの浴衣に身を包む私の鼻腔を擽る。


もうすぐ19時。

私は紺色の花柄があしらわれた鼻緒の下駄を履いた。

からんころんと鳴り響く下駄の音が気分を高揚させるのだった。



 _________



あたしが居る林檎飴の屋台は焼きそばとたこ焼きに挟まれており、ソースの匂いがあたしの纏うカラメルの甘い香りを遮る。

彩り豊かな浴衣を着た人間があたしの前を行き交って、その様子をぼんやり見ながら追憶にふけた。



少し前、つまり出荷される前。

あたしは収穫されたら何になりたいか考える時間が好きだった。


シブーストやタルトタタンの林檎になれたらいいな、コンポートでもジャムでもキャラメリゼでもいい。

もしかしたらそのまま丸齧りされるかもしれないけど、夢を見るのは自由だ。

あたしだって女の子だもの、キラキラしたスイーツに憧れる。


同じ木に実ってた林檎と同じ所に行けたら嬉しいよね、なんて会話も良くした。

残念ながら同じ木に実ってた子はここには居ない。

あたしも正直、ここに来るなんて想像してなかった。

選択肢に無かった。


でも1つ思ったんだけど、ジャムや他のスイーツに使われちゃったら、あたし1人を見てくれるわけじゃなくて不特定多数の林檎のうちの1つになっちゃうな、って。

それ考えたら林檎飴って結構勝ち組じゃない?


スーパーの青果売り場ですらごろごろと置かれるだけ。

手に取ってもらえずに腐ってあたしの人生終わっちゃうかもしれない。

それに比べて林檎飴って単体だし、尚且つ飴でめちゃくちゃ艶々になるでしょ?

しかも甘い香りを纏えてる。


素顔じゃないし、香りも自分自身から出てるものじゃないから、どうなのよって感じは否めないよ?

でもメイクして香水して自分を着飾るのも案外ね、女としてはアリだなって思ったんだよね。



そんな事を考えてるうちに周りの林檎飴は次々と売れていく。

あ、もう花火上がってる。

綺麗。農園に居た頃にこんな景色見れると思ってなかった。


後3個。

さっきとは逆方向に人の流れが動いている。

花火も終盤で皆帰り始めてる。


このまま廃棄だけは嫌だなぁ。

捨てられる前にこの景色を見れただけで林檎として充分な人生だったとは思うけど。

あ、また2つ林檎が居なくなった。

あたし最後になっちゃった。

捨てられちゃうのかな。


やばい、泣きそう。




「すみませーん、林檎飴2つ」


「ごめんねぇ、残り1本しかなくて」


あたしの頭上で話し声が聞こえる。

その瞬間あたしに刺さっていた割り箸がふわりと持ち上がってあたしはソースの匂いから離れていった。


 ___


「足痛くない?大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ」


紺色の花柄の鼻緒がぷつりと切れた下駄を履いた女の子が、あたしを右手に持ったまま足を引き摺って男の子の横を歩いている。


暫く歩いた2人は人混みの無くなった灯篭の陰に腰を下ろし、あたしが被っていたビニール袋を外した。


「一緒に食べよ?」


女の子がそう言うと、男の子は少し照れ臭そうにあたしに齧り付く。

あたしにはこの子たちがどんな関係かは分からないけど、あたしが1人で売れ残っててよかった。

だって、あたしが纏ったカラメルの香りに負けないくらいの甘酸っぱい香りがするんだもん。



こんな人生体験、シブーストやタルトタタンじゃ味わえなかったわ。


やっぱり林檎飴って勝ち組。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

林檎飴と花火 Mari @mari3200mari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ