第36話

「ははは、お若いのぉ、どれ儂も」


 それを見た他の者も後から続き、同じことをした。


「俺様は美食家というわけじゃないからわからねぇんだが。これは、なんの肉だ?」

「はい、牛の肉にございます」

「はぁ!? 本当に牛なのかよ!? こんな贅沢に牛の肉を使った料理なんて、……ありえねぇ! そんな土地がどこにあるってんだ! 王族が食べる物だぞ! 魔物に襲われずに畜産できる場所なぞ限りなく少ないはずだ!」

「正真正銘の牛でございます、これ以上はお答えできません」

「む、むぅ」


 なるほど? 魔物なんている世界だ、城壁の中に牧場を作る余裕なんてないわけだ、肉なら魔物の肉があるしな。

 アリスが黙り込み考え始めると、他の豪商が食べ終わった。


「おかわりをくれ! いくらでも金は出す! 店ごと買い取ろう」

「申し訳ありませんができかねます」


 席を立ちあがり給仕が出てきた方向に向かって言う。


「な、なんだと! 俺は――」


 そこまで言いハッとした。

 みながその一人を見ていた。勝手に自滅しろ、追い出されろと。

 それに気が付いたのか男は席に座りなおした。頭を下げて。


「次の料理が出来上がるまでこちらの生と呼ばれるお酒を飲んでお待ちください、こちらのおかわりはご自由にどうぞ、これがそのつまみというものです」


 そう言って出されたのは生ビールと、枝豆だった。


「んだよ豆かよ。あの料理の後だとな。それにこれはエールか? 俺様嫌いなんだよこれ、水もってきてくれ」


 そう言ってアリスはがっかりしていた、苦いものは苦手らしい。俺は給仕に手紙を渡した。

 みなしぶしぶといった様子だ。中にはまったく興味を示さず、内装を眺める者もいた。


「もしや我らの目利きも曇ったか? 確かにカレースープは美味かったがこれで終わりだろう、まさかオセロにいったやつの一人勝ちになるとはな」

「あの召喚者が発案したとかいう遊具か。……武家一家の変わり種があまりにも、紙に鉛筆、消しゴムの出どころを押すものだから舞い上がって判断が鈍ったのかもな」


 そういう豪商たちに向かって商人は余裕の笑みだった。


「ふふふ、何をおっしゃいますか、この分だと私が豪商と呼ばれる日も近そうですね。飲んでみたらどうですか?」

「ふん、若造が調子に乗り追って、だいたい最近の若いもんは――」


 言葉の合間に。舌を少し潤すために飲んだビールは。


「ゴクッ! ゴクッゴクッゴクッ!」


 喉を鳴らし、そのまま止まらず、最後の一滴まで流し込まれた。


「プッハアアアア!」


 ハァハァと息を荒げる。


「もしやこの豆も――」


 一口頬張った。もう一口も食べ終わると。


「お嬢、飲まないならもらうぞ!」


 アリスのビールを掴み上げると、また止まらずに一気飲みした。


「おかわり! お前ら悪いことは言わん、豆を食べたら半分残しておけ、待つ間は地獄じゃぞ!」

「だっはっはっはっは! じじい、そんなにエールが好きだったのかよ? ドワーフかっつ~の」


 手まで叩き笑う豪商の一人に。


「いいから飲め! これはエールなんぞとは違う! 別物だ! あ、すまんな嬢ちゃん」


 ハイハイ、と言いながら。しぶしぶ飲んだ豪商たちはみなすぐにおかわりした。


「この豆、なんだ? 茹でただけの豆がなぜこんなに美味い?」

「歯ざわり、食感、臭みもエグミもなく、この塩加減が抜群なのじゃ。いい塩を使っておるな、それもふんだんに」


 それと同じくアリスに酎ハイが運ばれると。


「なんだよこの透き通った綺麗な色、これは飲み物なのか? 柑橘類の香りがする、そしてほのかに泡立って――」


 みなが注目する中アリスはそれを飲んだ。もう誰も目が離せなかった。


「うっめぇ、上品な甘さと香りだ。泡の刺激が優しく飽きねぇ。贅沢な、砂糖と苦みのない貴重な果物を使っているのか? こんなに美味くちゃ、嫌でも酔っちまう。これは……女に売れるぞ」


 甘いのが好きそうだったので甘い炭酸水で割ったのだ。

 少しずつ小さくなっていく声と赤く染まっていく頬をみて、男たちはつばを飲み込んだ。

 おい、幼女に手を出したら許さんからな!

 声が小さくなっていくのは売れる商品を女の感性で見極め、独占したいと思っているのだろうか。


「おい、腹の減る匂いがするぞ」


 一人が感づいた。次の料理が運ばれてくる。


「からあげです、こちらのマヨネーズをお好みでつけてお食べください。それとこのレモンは取り皿に取った後におかけください。大皿のままかけますと、戦争になるらしいです」

「「「こわっ」」」

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