第22話

 盗賊が心臓の辺りを殴ったように見えたが、なぜかそれで生き返った。

 有能だな、回復魔法かもしれない。


「はっ! なにか、なにか吾輩思い出しそうにゃ」


 腹がいっぱいになったのか、俺の頭の上に乗り空を見ながら尻尾を揺らしネッコは考え事にふけっている。


「そんなわけで塩は好きなだけ使ってくれ」

「ありがたやありがたや」


 拝まれた、そういえば俺って神だったな。ってことはこれが普通か。悪い気はしない。


「私たち、奴隷になって、これから拷問されておもちゃにされるかもしれなくて、それなのに。こんな高価な塩を好きに使って、本当にいいのでしょうか?」

「いいぞ」


 爪を剥がされていた女の子だった、口を手で押さえ、俯いているため表情は見えないが。地面が湿っていった。そしてなんとか絞り出した声は、感謝の言葉だった。

 慕うものにくらい快適生活のおすそ分けをしてもいいかもしれない。神になったことだし、この村で働くならある程度の幸せをあげよう。

 この村に残る奴隷もたぶんいるだろう。町に戻ったら殺されたりする老人もいるかもしれない。別の町に連れて行くのも面倒だし、この場所を住み心地のいい居場所にしてやろう。俺がいつかいなくなったとしても。

 さて。


「これはすべて私の物です! 食べたければ頭を下げて懇願するのです愚者たちよ!」

「これは魔法の粉なの! 人をダメにするの! フェアの許可がいるの!」


 とりあえず大なべを占領し、バクバク食ってるフェアとキュラをどうにかしないといけない。


「ネッコ、これ美味いって言ってフェアとキュラにあげてこい。みんなが食べるのを邪魔してて迷惑だから排除する」

「わかった!」


 ネッコが渡したデスソースをなんの疑いもなくお粥に注ぎ食べるのを確認した。


「あああああ舌が焼けますううううう!」

「ぎゃああああ殺されるの! 殺されるの! 毒が入ってたのおおお」

「にゃああああ」


 なんでお前まで食ってんだよ。というか毒とか言うな。

 さて。川の方に行ったか。


「こっちの茶色い粉は出汁の粉だ……あれだ、何かの美味しいところが凝縮されたやつだ」

「なにかとは?」


 うるせぇ、こちとら全知全能と違うんじゃ。


「とにかく安全だ、使ってみたい奴だけ使え。魚の絵があるから魚だろ、品種? うるせぇ!」


 一人の勇気ある若者が使い、その場がざわめき立った。


「トロっとしていて熱々で、深みと塩の味が抜群に合う料理だ。この卵もまったく臭みがなくいいアクセントになっている。贅沢な料理だ、弱った胃の事も考えられていて、もっと味わいたいのにすぐにするっと喉を通ってしまう。歯がない老人でも食べやすく、本当に優しい料理としか言えない。ううっ、……勝手に涙が出てくるくらい、今まで食べた中で一番優しくて美味しい」


 そうだろうそうだろう。


「ふはは! 出汁の粉に感動したか、崇めろ! 我をあがめぎゃああああああ――」

「俺だ! 俺が先だ!」

「いいえ私よ! ぶさいくは引っ込んでなさい! 台所は女の戦場よ!」

「いいや儂じゃ! 年寄りは労われと言われたじゃろう! あ! 腕折れた! それを食べんと治らん! 痛い! ああこら老人を優先せんか!」


 元気すぎだろ! 固形の米食えるんじゃねぇか!?

 もみくちゃにされた後は、醜い争いから逃げ行商人のところへ行く。もちろん完璧に味付けされたお粥をもって。

 そして見逃してはいない。あのじじいのペンダント、思い出はあるだろうが買い取ったとしても渡されたパンの価値の方が高い。それに忘れ物だ、袋の中に食料が入っている。


「よだれ垂らして見てただろ? ほら、まだ溶け切らない歯触りのあるお粥だ。あっつあつだぞ」

「い、いいのですか? その魔法の粉がかかったのを、実は食べてみたくて」


 手が伸ばされるのをしっかりと目視し、ギリギリのところで渡さない。


「おっと、ペンダントと交換だ、空腹なんだろう? さっきから腹の虫がなってるぜ?」

「! わかりました交換ですね」


 決断は早かった、争いが起こるほどの料理を何も食べずに見ていたんだ。実際、屋敷で食べたりしたものより絶対美味しい濃い味付けだ。

 というかお前、返したかっただろそれ。


「はふはふはふ、これは、確かにうまひ。はふはふ……ふう、奴隷やおじいさん達にとってだけでなく、普通に金がとれますね」

「そうかそうか、一つ相談があるんだがどうかね?」


 ごくり、と唾を飲み込んでいた。これほどの料理を出す人物からの提案、期待が高まらないわけがない。そんな顔だ。

 だが商人とは弱みなんてみせない。笑顔を作り、余裕があるように対応する。


「なんでしょう?」

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