第4話:ちょっとした遠征


 精神的な苦痛をともなう、貴族の庭園への訪問を終わらせた翌朝。

 俺はベッドで仰向けになりながら、とある『ブツ』を眺めていた。


「……へへっ、かっこいいなぁ」


 視線の先にあるのは、夢にまで見た『冒険者カード』。

 昨日の夕方頃、自宅に郵送されてきたものだ。

 俺の名前・顔写真・階級・役職などの個人情報が記されたこれは、冒険者としての身分証明書。

 クエストを受注するときなんかに、必要となるものだ。


 ちなみに冒険者カードは、階級ごとにその材質が異なる。

 俺の持っているD級はアイアン。

 C級はブロンズ。

 ステラ・レックス・ルーンのB級はシルバー。

 A級はゴールド。

 所謂いわゆる『ランク外』的な位置付けであるS級は、なんと超高級素材であるオリハルコンが使われているそうだ。


「さて、と……そろそろ準備しないとな」


 とりあえず今日は、王都でステラと合流した後、肩慣らしにいくつか簡単なクエストを受ける予定だ。


 着替えをサッと済ませた俺は、自室を出て台所へ向かう。

 すると――朝ごはんのいいにおいがしてきた。


 今日は多分、ベーコンと目玉焼きだな。


「アルト、おはよう」


「おはよう、母さん」


 朝早くからごはんを作ってくれている母さんに、元気よく挨拶あいさつ


「おはよう、アルト」


「あっ、おはようございます。校長先生」


 冒険者学院時代、よく面倒を見てくれた先生にも、ちゃんと挨拶を……。


「……え?」


 思わず、二度見。


「こ、校長先生、どうしてここにいるんですか!?」


 あまりにも普通に座っていたものだから、ついうっかり見逃してしまった。


「ふむ……」


 俺の質問に対し、彼はゆっくりと頷き、机に置かれた湯呑ゆのみをすすった。


「ふぅー……ステラとパーティを組んだそうじゃな」


「は、はい。よくご存じですね。……というか、人の話をほとんど聞いてくれないところは、一年前からまったく変わっていませんね……」


 冒険者学院の校長先生、エルム・トリゲラス。


 御年おんとしなんと百歳超え。

 白い眉毛に隠れた目・立派にたくわえた白い顎鬚あごひげ・白い装束に身を包んだその姿は、まるで昔話に出てくる仙人のようだ。


(生徒思いのとてもいい先生なんだけど……)


 どこまでも『自分の時間』を生きており、人の話をほとんど聞いてくれないのが、たまきずだ。


「アルトが冒険者になってくれたことをとても嬉しく思っておる。お前には昔から、殊更ことさらよく目を掛けてきたからのぅ」


 彼はしみじみと呟き、懐から白い封筒を取り出した。


「これは……?」


「明日、ちょっと・・・・した・・遠征・・がある。そこにお前さんらのパーティをじ込んでおいた」


「え、えー……っ」


 卒業直前、勝手に有名冒険者ギルドへの推薦状を作成していたことといい、先生の行動はいつもちょっと前のめりだ。


「今日の正午頃、A級冒険者ギルド『銀牢ぎんろう』で、遠征の詳しい内容が説明される。せっかくだ、顔を出してきなさい。では、健闘を祈っておるぞ」


 彼はそれだけ言うと、『空』の手印しゅいんを結び、時空の狭間に消えてしまった。


 それから数時間後、


「――ということがあったんだ」


 王都でステラと合流した俺は、今朝のことを話した。


「はぁ……。まったくあの『仙人』は、相変わらず無茶苦茶ね……」


 彼女は小さなため息をこぼした後、


「でもまぁ、いいんじゃない? せっかくの機会だし、参加させてもらいましょう!」


 かなり乗り気な姿勢を見せた。


「う、うーん……。ステラはB級だからいいけど、俺なんかまだD級だしさ……」


 校長先生は『遠征』だと言っていた。

 十中八九、複数の冒険者パーティが参加する、中~高難易度のクエストと見て間違いないだろう。

 そうなってくると……冒険者として実戦経験のない俺は、みんなの足を引っ張ってしまうかもしれない。


「何を言ってるの! アルトはB級のレックスに完勝するほどの召喚士なのよ? あなたが参加してくれたら、冒険者のみんなは大助かりに決まっているじゃない! それに……ここで大きく名前を売れれば、一気に上の階級へ駆け上がれるわ!」


「いや、でも……」


 懸念点けねんてんはもう一つ。

 あの・・校長先生が――物事を小さく言うきらいのある彼が、『遠征』という言葉を使ったのだ。

 正直、なんだかちょっと嫌な予感がする。


「アルトはとっっっても強いんだから、もっと自信を持った方がいいわ! さっほら、行きましょう!」


「えっ、あっ、ちょ……ステラ!?」


 王都の目抜き通りを真っ直ぐ進み、少し入り組んだ路地を右へ左へと進み――A級ギルド銀牢ぎんろうに到着。


 受付の人に校長先生から渡された白い封筒を手渡すと、ギルドの地下にある『大教練場だいきょうれんじょう』という場所へ通された。


(こ、これは……っ)


 そこにいたのはなんと、百人以上にもなる冒険者たち。


 しかも……。


(あそこの魔術師は、B級のケセランさん。向こうの調教師テイマーは、B級のチョッチさん。あっちの騎士なんかは、A級のハロルドさんだぞ!?)


 ここに集まっていたのは、誰もが知っている有名な冒険者ばかり。

 今から戦争でも仕掛けにいくのか、そう思ってしまうほどの大戦力だ。


「す、凄い、な……」


「え、えぇ……。思っていたよりも、ずっと大きな遠征みたいね……っ」


 俺とステラが緊張に言葉を失っていると、遥か前方に設置された舞台に一人の冒険者が上がった。


「――冒険者諸君、今日はよく集まってくれた! えて言うまでもないが、此度こたびの遠征は文字通りの命懸け! しかし、誰かがこのクエストを果たさねば、人類の平和は――ダンジョン攻略は成し遂げられん! まずは君たちの勇気と民を思う心に、感謝を……!」


 A級冒険者ギルド『銀牢ぎんろう』の中心メンバー、A級冒険者のラインハルト・オルーグだ。


 ラインハルト・オルーグ。


 身長は180センチほど、年齢は多分25歳前後だろう。

 透き通るような金色の長髪・目鼻立ちの整った顔・線の細い体に搭載された立派な筋肉。

 聞くところによれば、A級でも三本の指に入る、凄腕の剣士らしい。


(というか……これだけの大戦力が集まってなお、『命懸け』って……っ)


 校長先生……。よくもまぁあんなにも軽い感じで、こんな大事おおごとを振ってくれましたね……。


「それではこれより、第四次ダンジョン遠征の作戦概要を説明する! 我々の戦術目標は、大魔王がのこした五つの魔具を――」


「――ちょっと待ったァ!」


 ラインハルトさんの説明を遮り、黒髪短髪の男性冒険者が大声を張り上げた。


 彼は確か……ウルフィン・バロリオ。


 ラインハルトさんとパーティを組む、A級冒険者。

 非常に気性が荒く、あちこちでよく問題を起こしているため、あまり評判のよくない人だ。


 ウルフィンさんは大股でズカズカと舞台に上がると、大きく両手を開いた。


「よぉよぉ! 今回の遠征メンバーにとんでもねぇポンコツが――『D級冒険者』が紛れ込んでいるそうじゃねぇか!? え゛ぇ!?」


 その瞬間、大きなざわつきが生まれる。


「D級冒険者……?」


「この遠征の参加条件って、確か『B級以上』だよな……?」


「はぁ……。大方、名を売りたいだけの馬鹿が、しゃしゃり出たってところか?」


「ったく、たまにいるんだよなぁ……。自分の実力を過信した『勘違い野郎』がよぉ……」


 あちこちから噴き上がる不満の声。


 俺が心臓をバクバク鳴らしていると、舞台の上で何やら言い争いが始まった。


「おい、ウルフィン! その件については、昨晩ちゃんと説明しただろう!? 『彼』は特別なんだ! 冒険者学院の老師より、直々に推薦があったのだぞ!?」


「はっ! あんな耄碌もうろく爺の妄言、信じられっかよ!」


 ウルフィンさんは激昂げきこうするラインハルトさんを退しりぞけ、一歩前に踏み出した。


「どうせ、ここにいるんだろォ? こそこそしてねぇで出て来いよ――アルト・レイス!」


 彼の手元には、俺の名前と顔写真の記された羊皮紙ようひしがあった。

 おそらく、校長先生が渡したものだろう。


(これは……下手に隠れるより、名乗り出た方がよさそうだな……)


 俺が仕方なく右手をあげた次の瞬間、


「――てめぇがアルト・レイスか」


 目と鼻の先に、ウルフィンさんの姿があった。


(……速い)


 さすがはA級冒険者というべきか。

 とてつもない速度だ。


「俺はてめぇを認めてねぇ」


「……はい」


 それはとてもよく存じ上げています。


「なぁおい、知ってっか? この世で最も厄介な敵は、『有能な敵』じゃねぇ――『無能な味方』だ。てめぇみたいなゴミクズが足を引っ張って、うちの連合パーティが崩壊したら、どう責任を取るつもりなんだ……あぁ゛!?」


 ウルフィンさんが鋭い殺気を放ち、大教練場が凍り付く。

 そんな中、一人の巨漢がのっそりと動いた。


「――ウルフィンよ、悪いことは言わん……やめておけ。殺されるぞ」


 B級冒険者のドワイトさん。

 心優しい彼が、仲裁に入ってくれたのだ。


「おいおいドワイトさんよォ、あんたこのD級の肩を持つのか? まったく、年は取りたくねぇよなぁ……。昔はあんなに凄かったドワイト様も、今じゃ目の腐ったぼんくらだァ!」


「ふぅ……一応、忠告はした。後は好きにするがよい」


 唯一の助け舟は、あっけなくきびすを返してしまった。


(……帰ろう)


 もうこんなトゲトゲチクチクしたところには、一分一秒といたくない。

 そもそもの話、俺はこの遠征にあまり興味がないのだ。


 そりゃ俺だって、いつかはこういう高難易度のクエストで活躍し、『ダンジョン攻略』に貢献したいという思いはある。


 しかしそれは、『いつか』であって『今』じゃない。

 まだまだ未熟な現在は、地道に一歩ずつ進み、ゆっくりと成長していきたい。


「すみません。なんか俺、場違いみたいなんで帰りま――」


 平謝りをしながら、そそくさと身を引こうとしたそのとき、


「――さっきから散々ボロカスに言ってくれてますけど、アルトはあなたなんかよりも全然強いですからね?」


 いつもながら好戦的なステラが、「もはや我慢ならぬ」といった風に口を開いた。


 ……お願いだから、もう帰らせてくれ。


「うっせぇ、ドブス。B級の分際で話し掛けんな」


「ど、ぶ、す……!?」


 一応ウルフィンさんは、ステラのことを認知していたらしく、彼女のことを一発で『B級』と言い当てた。


「ふ、ふぅー……。お言葉ですけど、『A級』という地位を鼻に掛け過ぎではないかしら? ――後それから、私はブスじゃありません」


「バァカ。A級とB級には、天と地がひっくり返ってもくつがえらねぇ『絶対的な壁』があんだよ。――鏡、見たことねぇのか?」


 ちなみに……ステラの名誉のために言っておくが、彼女は間違いなく絶世の美少女だ。

 これは俺の好み云々うんぬんを完璧に除外した、一般論としての話である。


 その後、ウルフィンさんとステラは一歩も引かず、二人の言い争いはどんどんヒートアップしていった。


「はぁはぁ……。ったく、情けねぇ話だよなァ……?」


「ふぅふぅ……いったいなんのことですか?」


「そんなD級をかばっているから、てめぇはずっと『落ちこぼれ』なんだよ。『アーノルド家の魔術』を何も引き継げなかった、『捨て子のステ――」


 俺はウルフィンさんの言葉を遮り、大きくパァンと手を打ち鳴らす。


「――ウルフィンさん、俺と摸擬戦をやりませんか?」


「……あ゛?」


「アル、ト……?」


 俺はステラを背中に隠し、続きの言葉を紡ぐ。


「摸擬戦をすれば、いろいろと決着が付くと思うんですよ。例えば……俺とウルフィンさん、本当はどちらが強いのか、とかね」


 一瞬の静寂の後、おぞましい殺気が吹き荒れる。


「アルト・レイスぅ……? それはこの俺が、A級冒険者『影狼えいろうのウルフィン』だと知っての戯言ざれごとかァ゛?」


「えぇ、もちろんです」


「くっ、くくくく……。はーはっはっはっ! こいつはおもしれぇ! 最底辺のD級が、A級の俺に喧嘩を売ってくるとはなァ! お前、頭おかしいんじゃねぇか!?」


「別に、俺のことは好きに言ってくれても構いません。実際、ただのD級冒険者であることも、実力が足りてないことも事実ですから。ただ……俺の大切な友達を、ステラのことを馬鹿にするのなら話は別だ」


「はっ、口だけは一丁前なことを言いやがる! ――おいティルト、こんな地下じゃ戦えねぇ。どっか開けた場所に飛ばせ・・・


「ほいほーい」


 ティルトと呼ばれた少女は、懐から札を取り出し、それをボッと燃やした。


 すると次の瞬間、視界が大きく揺れ――気付いたときには、だだっ広い草原のド真ん中に立っていた。


(ここは……オムレド広原こうげんか。大教練場だいきょうれんじょうにいた冒険者全員が飛ばされていることから考えて……。指定した範囲の領域を丸ごと別の空間へ転移させる魔術か……。さすがはA級冒険者ティルト・ペーニャ。相当高度な魔術だ)


「おいティルト!? お前まで、何を勝手なことをしている!」


 ラインハルトさんは目くじらを立てて叱り付けたが、


「えー、いいじゃーん。なんか面白そうだしー」


 ティルトさんはどこ吹く風と言った様子である。


「くっ、この馬鹿共が……っ」


 ラインハルトさんは、腰に差した剣を引き抜いた。


(あれは……断魔剣だんまけんゴウラか)


 あらゆる魔術を断ち斬るという、呪われた魔剣だ。


 ほんとここは、凄い魔術や魔具が目白押しだな。


「起きろ、ゴウラ……!」


 断魔剣が解放された次の瞬間、


「問題ない」


 ドワイトさんが止めに入った。


「ドワイト!? 何故止める!?」


「我らが今願うべきは、ウルフィンの無事のみ。それから――よく見ておくんだぞ、パウエル? あのとき儂が助けなければ、お前はこう・・なっていたのだ」


「んー、ドワイトさんよぉ……。やっぱあんた、あのガキを高く評価し過ぎじゃねぇか? 酔いが覚めた今見ても、アルト・レイスはへっぽこ冒険者にしか映らねぇぞ……」


 とにもかくにも――摸擬戦の場が整ったところで、俺とウルフィンさんは真っ直ぐ向き合う。


「――おいアルト、さっさと魔術を展開しろ」


「……どういう意味でしょうか?」


「てめぇの無謀で愚かな蛮勇ばんゆうに敬意を表し、特別に一発だけ撃たせてやる」


 彼は指を一本立てた後、凶悪な笑みを浮かべた。


「ただし――お前が展開できる魔術は、正真正銘その一発だけだ。それを撃ち終えたが最後、お前は俺の姿を見ることもなく、一瞬でお陀仏。運がよければ、病院送りで済むが……。下手をすれば、上半身うえ下半身したが泣き別れになるかもなァ?」


「そうですか。では、遠慮なく――」


 俺は『土』の手印を結び、挨拶代わりに『とある召喚魔術』を発動。


「……あっ、これ死んだわね」


「よもや、ここまでとは……ッ」


 ステラとドワイトさんの呟きの直後、


「……は?」


 遥か天空より『神話の古城ダモクレス』が落下し――ウルフィンさんを押し潰した。

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