追放されたギルド職員は、世界最強の召喚士~今更戻って来いと言ってももう遅い。旧友とパーティを組んで最強の冒険者を目指します~

月島秀一

第一章

第1話:追放されたギルド職員

 アルト・レイス、十四歳。


 冒険者学院を首席で卒業した俺は、国家公務員である『冒険者ギルドの職員』になった。


 学院長は『アルトは冒険者になるべきだ。今はまだ青いところもあるが……。お前ならば、いつかA級冒険者という高みへ……いや、もしかするとS級冒険者になれるやもしれぬ』と言って、いつの間にか有名ギルドへの推薦状まで用意してくれていたんだけど……。


 故郷に残してきた母さんのこともあるので、丁重にお断りさせてもらった。


 彼女は女手一つで、俺をここまで育ててくれた。

 父さんは俺が生まれてすぐ、流行り病で亡くなってしまったらしい。

 優しくて誠実な人だったと聞いているが、顔も覚えてなければ、一緒にいた記憶もないので、正直あまりピンとこなかった。

 なんでも白い髪は父さん似で、柔らかい目元は母さん似だそうだ。


 小さい時のことはあまり覚えてないけど、それでも母さんが身を粉にして働いてくれたことは、しっかりと記憶に残っている。

 冒険者学院の入学金や三年間の授業料も、彼女が少ない給金を何年も溜めて工面してくれた。


 冒険者は『一獲千金』を狙えるが、常に死と隣り合わせの不安定な職業。

 その反面、冒険者ギルドの職員は国家公務員ということもあり、安定した給金が毎月支給、福利厚生もしっかりしている。


 ――これまで苦労を掛けてきた分、母さんには楽な思いをさせてあげたい。


 だから俺は、最強の冒険者になる夢を諦め、ギルドの職員として働くことを決めたのだ。


 初年度に派遣されたのは、地方のC級ギルド『貴族の庭園』。

 故郷の実家から通える距離にあったので、最初はラッキーと思ったのだが……実際は最悪だった。


 そこのギルド長デズモンド・テイラーが、とにかく酷い男なのだ。

 強い選民思想を持つ典型的な純血主義者、「国家公務員は上級国民であり、そこに務める者は誇り高き血筋――神に選ばれし、貴族の生まれでなければならない」と考えている。


 そのためデズモンドは、ギルド内で唯一『農民生まれ』の俺を敵視し、週に一度のパワハラ会議で徹底的にいじめ抜いた。


「アルト、無教養な農民は、こんなことも知らないのか? ……なに、こっちの術式の方がより効率的だと……? うるさい! お前は言われたことだけやれ! 余計なことは考えるな!」


「無能なアルトでも、メシだけはちゃんと食うんだな。どうだ? うまいか? 大した成果も出さずに食うメシは、さぞうまいだろうなぁ! まったく、うらやましいものだ!」


「おい、その不満気な顔はなんだ? 私のやり方が気に食わないのなら、いつでも辞めてくれていいんだぞ? お前の代わりなど、いくらでもいるのだからな!」


 どれだけ成果を出しても認められず、それどころか他のギルド職員も参加する会議の場で、何度も激しく罵倒された。


「……申し訳、ございませんでした……っ」


 俺はその理不尽なパワハラを黙って耐え忍んだ。

 否、耐え忍ぶことしかできなかった。

 通常なら受理されるはずの『他ギルドへの異動申請』が、何故かことごとく却下されてしまうのだ。


 風の噂によれば、デズモンドは中央政府に太いパイプがあるらしい。

 おそらくは裏に手を回して、俺の異動申請を弾いているのだろう。


(我慢、我慢だ……っ)


 冒険者ギルドの新人職員は、一年に一回、配置換えが行われる。

 これは明文化された規則であり、デズモンドの力じゃどうすることもできない。

 後二週間。

 後二週間だけ我慢すれば、俺は新しいギルドへ転属される。


(後少し、ほんの少しの辛抱だ……っ)


 そう思って、必死に我慢してきたのに……。

 デズモンドの『最後の嫌がらせ』によって、俺の一年にも及ぶ忍耐は、全て水の泡になってしまった。


「――アルト・レイス、お前は今日でクビだ」


「……え?」


 昼下がりに告げられた、突然のクビ。


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。


 ギルドの職員をクビにされたら、転属の話も全てパァだ。

 国家公務員という職を失い、完全な無職になってしまう。


「そん、な……っ。どうして俺がクビなんですか!? デズモンドさん、理由を教えてください!」


 C級ギルド『貴族の庭園』の発展に、俺は少なからず貢献してきたはずだ。


 召喚魔術の入門講座や召喚獣の貸し出しサービスは、冒険者の間で大好評。

 貴族の庭園を利用する冒険者の数は、この一年で二倍以上に膨れ上がった。

 今の成長率を維持すれば、半年後の昇級審査で、B級ギルドへの昇格は確実だと言われている。


 しっかりと成果はあげた。

 大きなミスもしていない。

 それなのに、どうしてクビにされないといけないのか。


「理由? そんなこと、えて説明するまでもないだろう。――アルトが農民の生まれだからだ」


「……は?」


 お腹の底から、空気の抜けた声が出た。


「お前みたく召喚魔術しか能のない農民が、国家公務員たるギルドの職員として、私のような素晴らしい貴族と肩を並べて働くことができたのだ。むしろ、一年も籍を置いてもらえたことを感謝してほしいぞ」


 デズモンドの主張に理屈や道理はなかった。

 彼はただただ、農民生まれの俺が気に食わないのだ。


「しかし……くくっ、残念だったなぁ、アルト? もうすぐこの嫌なギルドから、おさらばできると思ったのに……まさか転属間近でクビにされ、路頭に迷う羽目になるとはなぁ! ふふふっ、はーはっはっはっはっ!」


「……っ」


 デズモンドは、どこまでも性根の腐り切った奴だった。

 たっぷりと一年間、俺をいじめ抜いたうえ、配置換え間際のこのタイミングを狙い澄まして、クビを突き付けてきたのだ。


(くそ、くそ、くそ……くそ……ッ)


 腹が立った。

 悔しかった。

 だけど、その気持ちをここでぶちまけるわけにはいかない。


 こんなところで暴れたって、母さんに迷惑を掛けるだけだ。


 俺は固く拳を握り締め、執務室の出口へ足を向ける。


「おいおい、アルト。一年も世話してやったというのに、挨拶もなしに出て行くつもりか?」


「……ありがとう、ございました……っ」


 屈辱的な思いを噛み締めながら、デズモンドに小さく頭を下げ――冒険者ギルド貴族の庭園を後にした。



 冒険者ギルドをクビになった俺は、行く当てもなくフラフラと街中を練り歩く。


(クビになったって知ったら、母さんはがっかりするだろうな……)


 やっと楽な生活をさせてあげられると思ったのに、ぬか喜びをさせてしまった。


(とりあえず、早いところ次の職を見つけないと……)


 明日の朝には職業安定所へ行って、なんでもいいから仕事を斡旋あっせんしてもらおう。

 ぼんやりそんなことを考えていると――突風に煽られた新聞紙が、ペシンと顔に張り付いた。


 その一面を飾っていたのは、若き三人の冒険者。


 無所属かつソロでありながら、歴代最速でB級冒険者に昇りつめた『魔炎まえん剣姫けんき』ステラ・グローシア。

 B級ギルド『龍の財宝』所属のB級冒険者、『万優ばんゆうの龍騎士』レックス・ガードナー。

 B級ギルド『翡翠ひすい明星みょうじょう』所属のC級冒険者、『表裏ひょうりの魔女』ルーン・ファーミ。


 冒険者学院に通っていた頃、共に競い合った旧友たちだ。

 今はみんな別々のギルドに所属し、それぞれ異なるパーティで活動しているらしい。


「……みんな凄いなぁ」


 新聞の一面を飾るほど有名になるなんて、本当に凄いや。


(それに比べて俺は……)


 ただただ苦しいだけ、不毛で無駄な一年を過ごしてしまった。


「……ははっ、いったい何をやっているんだろうな……っ」


 自分があまりにも惨めで、どうしようもなく情けなくて、思わず乾いた笑いがこぼれる。


「もしもあのとき、みんなと一緒に冒険者の道を進んでいたら……何か違っていたのかな……」


 脳裏をよぎるのは、一年前に挙行された冒険者学院の卒業式。


「アルト。なんというか、その……もしよかったら、私とパーティを組まない?」


「なぁアルト、一緒に冒険しようぜ! 俺とお前が手を組めば、最強の冒険者パーティになれる!」


「アルトさん。私とパーティを組んで、魔術の深淵を歩みませんか?」


 もしもあのとき、みんなと一緒に冒険者の道を選んでいたら……。


「……いや、過去を悔いても仕方がないな」


 大きく息を吐き出し、頭を切り替え、母さんの待つ自宅へ足を向けた。


「ただいま」


 古びた木の扉を開けた瞬間、


「「「「――アルト! お誕生日、おめでとう!」」」」


 パンパンとクラッカーが鳴らされた。


「え……?」


 そこにいたのは、晴れやかな笑みを浮かべた母さん。


 そして――。


「ステラ、レックス、ルーン!? みんな、どうして……!?」


 俺が驚愕に目を見開いていると、ステラたちは嬉しそうに笑った。


「アルト、今日はあなたの誕生日でしょ? だから、サプライズパーティを企画したの!」


 優しく微笑む彼女は、ステラ・グローシア。

 背まで伸びた亜麻色の髪。身長は160センチ。

 クルンとした紺碧こんぺきの瞳・太陽のように暖かい笑顔・ツンと上を向いた大きな胸、百人が百人とも振り返る絶世の美少女だ。


「へへっ、どうだ? びっくらこいただろ?」


 得意気に肩を組んできた彼は、レックス・ガードナー。

 整えられた濃紺の髪・身長は165センチ・バランスの取れた筋肉、真っ直ぐな性格をしたとてもいい奴だ。


「アルトさん、お久しぶりですね」


 礼儀正しくペコリと頭を下げた少女は、ルーン・ファーミ。

 肩口あたりで切り揃えられた銀色の髪。身長は158センチほど。

 柔らかく可愛らしい顔立ち・女性的なふっくらとした体・心優しい性格、みんなに愛される美少女だ。


「よかったわね、アルト。お友達のみんなが、あなたの誕生日に集まってくれたのよ」


 いつものエプロンを巻いた母さんは、まるで自分のことのように喜んでいた。


「誕生日……そう言えば、そうだったな」


 あまりにも忙し過ぎて、自分の誕生日すら忘れてしまっていた。


「アルト。これ、私からの誕生日プレゼント。大切に持っていてくれると嬉しいな」


 ステラはそう言って、ネックレスをくれた。

 シンプルな銀のチェーン。ペンダントトップには、淡いピンク色の結晶がついている。


 すると――俺よりも先に、レックスとルーンが声をあげた。


「ほぉー、こりゃ珍しい! 『ひめ巫女みこ秘晶ひしょう』じゃねぇか! 最近えらく熱心に巫術ふじゅつ山脈へ通っていると思ったら、その激レアアイテムを狙っていたんだな!」


「そ、それ……『安全祈願の石』として有名ですが、一部界隈では『恋の石』と呼ばれているものですよね……? やっぱりステラさん、アルトさんのことが……っ」


「う、うるさいなぁ、もう!」


 ステラは何故か顔を真っ赤にしながら、シャーッと威嚇してみせた。


「これが姫巫女の結晶……」


 巫術山脈の山頂付近で、極々稀に発見される、とても希少な鉱石。

 この結晶を身に付けた冒険者は、聖なる姫巫女の祈りに守られ、必ず無事に帰ってくると言われている。


「あ、アルト、別にそんな深い意味はないのよ? それに、なんというかその……嫌だったら、捨てちゃっても構わないわ……」


 ステラは不安気な表情で、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。

 俺が姫巫女の結晶に魅入みいっていたせいで、いらぬ心配をさせてしまったようだ。


「ありがとう、ステラ。このネックレス、一生大事にさせてもらうよ」


「い、一生……!? そ、そっか。えへへ……どういたしまして」


 彼女は美しい髪を指でいじりながら、とても嬉しそうに微笑んだ。


「さて、そんじゃ俺からはこいつだ!」


 レックスのプレゼントは、八色はっしょく金剛こんごうを精錬した立派な太刀。


「アルトさん、こちらをどうぞ」


 ルーンからは、彼女の得意な反魔法が編み込まれた手編みのローブをもらった。


「みんな、ありがとう。本当に嬉しいよ」


 パワハラを受けて荒んだ心に、みんなの優しさが沁み渡る。

 それから俺たちは、母さんの作ってくれた御馳走に舌鼓を打ちながら、いろいろな雑談に花を咲かせた。

 冒険者学院に通っていた頃は、毎日こうやってワイワイと騒いでいたっけか。


「あっそうだ、レックス! あなたこの前、私の獲物を横取りしたでしょ!?」


「はっはっはっ、そんなこともあったか! まぁ気にすんな!」


「ふふっ。私たち最近、よくダンジョンで会いますよね」


 ステラたちの話は、必然的に『冒険』のことに偏った。

 俺の知らない冒険者の世界。

 なんだかそれが、とても眩しく見えた。


「――ねぇアルト、あなたは最近どう? 確か『貴族の庭園』ってギルドで働いているのよね?」


「お前のことだ。どうせまた、なんか凄ぇことやってんだろ?」


「アルトさんのお話、ぜひ聞かせてほしいです」


 ステラ・レックス・ルーンは、目をキラキラと輝かせながら、興味津々といった風に聞いてくる。


「あ、あー……。それなんだけど……なんというか、その……ギルド、クビになっちゃった」


 どうやったって、隠し通せる話じゃない。

 俺は苦笑いを浮かべながら、正直に打ち明けた。


「えっ、どうして!?」


「アルトがクビって、どういうことだ?」


「に、にわかには信じられません……」


「えーっと……最近はギルドの財政事情も苦しいからな。人員整理の対象になっちゃったんだ」


 ギルド長から酷いパワハラを受け、追い出されてしまった。

 さすがにこれをそのまま伝えるわけにはいかなかった。

 ここには母さんもいるし、それに何より、俺にだってプライドがある。こんな情けない話、旧友には知られたくない。


「そっか……。でも、アルトをクビにするだなんて、よっぽど無能なギルド長なんでしょうね」


「だな。あんまりこういうことは言いたくねぇが、大馬鹿野郎だ」


「アルトさんの価値がわからないなんて……。そのギルド長さんは、冒険者学院からやり直すべきですね」


 三人は「理解できない」と言った風にいきどおった。

 お世辞や気休めだろうけど、そう言ってくれるだけで、ちょっと心が軽くなった。


 この世界には、自分を評価してくれる人がいる。

 そう思うだけで、なんだか許されたような感じがしたのだ。


(……ステラ・レックス・ルーン、今日は本当にありがとう)


 みんなのおかげで、明日からも頑張っていけそうだ。


 俺が温かい気持ちでいっぱいになっていると、


「ね、ねぇ、アルト……。今度こそ、私と一緒にパーティを組まない?」


「そんじゃアルト、俺んとこのパーティに来いよ!」


「アルトさん、どうかうちのパーティに入っていただけませんか?」


「……え?」


 いったいどういうわけか、みんなから同時に勧誘されてしまった。


「ちょっと……?」


「あ゛ぁ……?」


「むむ……っ」


 俺をパーティに誘ってくれた三人は、敵意を剥き出しにしながら、鋭い視線を飛ばし合う。


「私がこの一年、どうして『無所属のソロ』に拘っていたのか、まさか知らないわけじゃないわよね?」


「俺がこの一年、死に物狂いで鍛えた理由、当然わかってんよな?」


「私がこの一年、必死に魔術の修練を励んだのは何故か、もちろんご存じですよね?」


 三人は一触即発の空気を漂わせた。


「あのさ、気持ちは嬉しいんだけど……。俺はみんなとパーティを組めないぞ?」


「ど、どうして!?」


「おいおい、なんでだよ!?」


「まさか、先約が……!?」


 ステラたちは食い気味に問い掛けてくる。


「いや、別に先約とかじゃないんだけど……。俺はもう一年近く実戦から離れている。みんなとパーティを組んでも、足を引っ張っちゃうだけだ。というかそもそもの話、冒険者になるかどうかもまだ決めてない」


「あれだけの力があるんだから、アルトは冒険者になるべきよ!」


「あぁ、ステラの言う通りだぜ!」


「まったくもって、同意見です!」


 三人は息を荒くしながら、同じことを口にする。


「いや、そう言われてもな……」


 俺が苦笑しながら頬を掻いていると、ステラ・レックス・ルーンは、「誰がアルトをパーティに入れるか」という争いを始めてしまった。


 その直後、


「――アルト、ギルドの職員をクビになったの?」


 少し驚いた様子の母さんが、声を掛けてきた。


「……うん、ごめん。でも大丈夫、明日にはすぐ職業安定所へ――」


「いい機会じゃない。お友達もこう言ってくれていることだし、冒険者になったら?」


「え?」


「ほら。あんた昔から、『最強の冒険者』になりたいって言ってたでしょ? アルトはまだ十五歳、夢を諦めるには早過ぎるわ」


「いや、でも……冒険者は危険な職業だし、何よりも給金が不安定で、福利厚生も――」


「お金だとか福利厚生だとか、あんたはおっさんか!」


 彼女は俺の背中をバシンと叩いた後、どこか悲しそうに笑う。


「……私のことを考えてくれるのは、とっても嬉しいんだけどね……。一度っきりの人生なんだから、もっと自分の好きなように、自由に生きたらいいんだよ」


 確か卒業式の日にも、同じようなことを言われたっけか……。


「さぁ、男ならシャキッと答えな! お友達と一緒に冒険者になるのか、それとも別の仕事を探すのか――アルトはどっちがいいんだい!?」


 母さんはそう言って、真っ直ぐこちらの目を覗き込んだ。


「俺は……冒険者になりたい……」


「なんだって? 声が小さくて聞こえないよ?」


「俺は、冒険者になりたい!」


「あぁ、そうかい! 頑張りな!」


 彼女は満面の笑みを浮かべ、背中をバシンと叩いてくれた。


「母さん、ありがとう」


 俺が冒険者になる意思を固めた頃、ステラたちの争いは佳境を迎えていた。


「「「最初はぐっちー、じゃんけんぽい!」」」


「「「あいこで、しょ!」」」


「「「あいこで、しょっ!」」」


 その結果、


「や、やった……!」


 ステラのチョキが燦然さんぜんと輝き、


「ぅ、ぐ……っ」


「そん、な……」


 レックスとルーンは手を開いたまま、がっくりと膝を突いた。


「アルト、パーティを組みましょう! 私とあなたなら、どこまでも行けるわ!」


「あぁ、よろしく頼む」


「……ほ、ほんとにいいの?」


「もちろんだ。ステラが嫌じゃなければ、一緒にパーティを組もう」


「~~っ。ぃやったー! ありがとう、アルト! これからもよろしくね!」


 彼女は瞳の奥を輝かせながら、全身で喜びを表現する。


「ステラちゃん、いろいろと気の回らない息子ですが、よろしくお願いします」


「い、いえ、そんな……! こちらこそ、不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」


 母さんとステラは、ペコペコと挨拶を交わす。


「……なんか、結納ゆいのうでも交わすみたいだな」


「……ですね」


 レックスとルーンは、そんな光景をジト目で見つめた。


「ゆ、結納って……ッ」


「ちょっと、何を言っているのよ!?」


 俺とステラは顔を赤くしながら、二人をキッと睨み付ける。


「ふふっ。ステラちゃんみたいに可愛い子だったら、おばさんはいつでも大歓迎よ?」


「か、母さん、ステラに失礼だろ!」


「あら、本人は嫌がってなさそうだけど……?」


「え?」


 ステラの方に目を向けると、 


「い、いつでも大歓迎ということはつまり……『親公認』!? いやでも、私とアルトはまだ未成年だし……結婚とか、男女の、そ、そういうことは、もっと大人になってからの方が……~~ッ」


 彼女は両手で頬を押さえながら、目をグルグルと回していた。

 どうやら、混乱の極致にあるみたいだ。


「おーい、ステラ……? さっきのは母さんの悪い冗談だから、真に受けないでくれ」


「冗、談……? あっ……そ、そうよね! 知ってた! ちゃんと理解しているから大丈夫! うん、大丈、夫……っ」


「……?」


 何故かがっくりと肩を落とす彼女をよそに、レックスがパンパンと手を打ち鳴らす。


「さぁてそれじゃ、アルトの誕生日とアルト・ステラの新パーティ結成を祝して――乾杯!」


 レックスが音頭を取り、俺の誕生日パーティが始まったのだった。



 楽しかったパーティも終わり、時刻は二十三時。


 俺とレックスは、ステラとルーンを家まで送り届けることにした。

 実家うちは相当な田舎にあるため、みんなの住む都までかなり歩かなければならない。

 ワイバーンなどの飛行能力を持つ召喚獣を呼び出せば、一瞬で飛んで帰ることもできるのだけれど……。


「こうして四人が集まったの、一年ぶりだぜ? まだまだ話し足りねぇって!」


 レックスがそう言い、ステラとルーンもそれに同意したため、歩いて帰ることになったのだ。

 俺たちは無人の草原を進みながら、いろいろな雑談に花を咲かせ――しばらくしたところで、レックスがとある提案を口にする。


「なぁアルト、久しぶりに摸擬戦をやらないか?」


「え、えー……っ」


 一年間、冒険者ギルドで書類と向き合っていた俺。

 一年間、みっちりと修業を積んだレックス。

 とてもじゃないが、まともな勝負になるとは思えない。


「アルトとレックスの摸擬戦……なんだか学院時代を思い出すわね!」


「アルトさんの召喚魔法、一年ぶりに見てみたいです」


 ステラとルーンは、ノリノリでそう言った。

 なんだかもう、断れる空気じゃない。


「はぁ……わかったよ。その代わり、お手柔らかに頼むぞ?」


 俺が承諾すると、レックスは好戦的な笑みを浮かべつつ、適度に間合いを取った。


「0勝186敗――なぁ、この数字がなんだかわかるか?」


「もしかして……俺とレックスの対戦成績、か?」


「おぅよ。冒険者学院での三年間、お前にだけは一度も勝てなかった。その雪辱、今ここで晴らさせてもらうぜ!」


 レックスの纏う空気が変わった。

 さっきまでの軽薄な態度は立ち消え、今はまるで抜き身の刃のようだ。


「一年のブランクがあるとこ悪ぃが……全力で行くぞ?」


 彼は呼吸を整え、背中に差した一振りを引き抜く。

 聖霊降剣せいれいごうけんディアス、『龍の末裔』ガードナー家に受け継がれし伝説の宝剣だ。


「やっちゃえ、アルトー!」


「アルトさん、頑張ってください!」


 ステラとルーンが声援を送ってくれる中、レックスは懐から銀のコインを取り出す。


「アルト。開始の合図は、いつものでいいな?」


「あぁ」


「うし、決まりだ」


 俺が頷くと同時、彼はコインを親指に載せ、上方へピンと弾く。

 それは高速で回転しながら、互いの中間地点を舞い――大地に落ちた。


天龍てんりゅう憑依ひょうい・水龍ゼルドネラ!」


 レックスの全身を膨大な水の魔力が覆う。

 天龍憑依――天上に住む龍をその身に降ろし、絶大な力を借り受けるという、ガードナー家の秘術。


「うぉらあああああ゛あ゛あ゛あ゛……!」


 雄々しい叫び声をあげながら、凄まじい速度で迫るレックス。

 それに対して俺は、『龍』と『鬼』の手印しゅいんを結ぶ。


「――雷龍リンガ。炎鬼オルグ」


 次の瞬間、俺とレックスをわかつように迅雷が降り注ぎ、灼熱のマグマが噴き上がる。


「詠唱破棄の二重召喚か……っ」


 レックスはたまらずバックステップを踏み、大きく距離を取った。


「リンガ、オルグ、久しぶり」


「ほぅ、アルトの小僧か」


 雷龍リンガは、雲雷うんらいざんの主上。

 叡智えいちに満ちた碧眼へきがん蒼雷そうでんの走る立派なひげ・中空に浮かぶ荘厳な体躯は全長100メートルを優に超える。


「アルト、一年ひととせブリダナ」


 炎鬼オルグは、下々かか炎獄えんごくべる鬼の首領しゅりょう

 逆巻く臙脂えんじの髪・身の丈三メートルを超える巨躯きょく隆起りゅうきした筋肉、生物としての密度が途轍もなく高い。

 体表をうごめく灼熱の劫火ごうかは万物を焼き払い、巨大な棍棒は万象を叩き潰す。


「いきなりで悪いんだけど、二人の力を貸してくれてないか?」


「無論だ」


「ヨカロウ」


 轟雷が鳴り響き、凄まじい熱波が吹き荒れる。


「高位精霊に上級悪魔、か。相変わらず、召喚の規模が違ぇな……っ」


 レックスが息を呑む中、俺は軽い挨拶を放つ。


「リンガ、雷哮らいこう灰塵かいじん。オルグ、炎炎えんえん陀羅尼だらに


「承知した」


「任セロ」


 リンガは大きく口を開き、莫大な雷を充填。

 オルグは両腕を広げ、灼熱の炎を展開。


「おいおい、いきなりか……!?」


 超高密度の雷と108の大炎塊が、レックスに向かって殺到。


 刹那、耳をつんざく轟音が鳴り響く。


 強烈な衝撃波が無人の草原を吹き抜け、辺り一帯が焦土と化した。


「う、わぁ……。一年ぶりに見たけど、とんでもない破壊力ね……」


「れ、レックスさーん? 生きてますかぁ……?」


 ステラが顔を青く染め、ルーンが安否確認の声を掛けた。


(こんなので終わってくれたら、楽なんだけどなぁ……)


 残念ながら、レックスはそんなにやわな男じゃない。

 直後――前方から突風が吹き荒れ、額から血を流す彼が姿を現した。


「は、はぁはぁ……。お前はマジで容赦ねぇな……っ。並の冒険者なら、今ので消し炭だぜ?」


「水龍ゼルドネラの水秘鏡すいひきょうで防御したのか……。さすがはレックス、『万優ばんゆう龍騎士りゅうきし』だ」


「はっ。お前に『万優』なんて言われても、嫌味にしか聞こえねぇ、……よッ!」


 言うが早いか、水龍の力を宿した彼は、凄まじい速度で駆け出した。


(この距離を一足で詰めてくるなんて……。冒険者学院の頃より、さらに速くなっているな)


(アルトみてぇな超一流の召喚士に、遠距離戦を挑むのは自殺行為だ。召喚士の弱点は、『超接近戦』……!)


 互いの視線が交錯。

 先手を打ったのは、十分な加速を付けたレックスだ。


龍技りゅうぎ霞断かすみだちッ!」


 聖霊降剣せいれいごうけんディアスが、鋭い風切り音と共に迫る。

 この距離この速度じゃ、召喚獣は間に合わない。


「武装召喚・王鍵おうけんシグルド、殲剣せんけんロードル」


 俺は二本の剣を召喚し、迫り来る斬撃を打ち払う。


「く、そ……召喚士のお前が、なんでこの速度に付いて来れんだって、のッ!」


「あはは、けっこうギリギリだよ」


「抜かせ! この間合いレンジに持ち込まれたら、普通の召喚士は即終わりなんだッ!」


 その後、一合二合と剣を重ねるたび、レックスの体にのみ生傷が増えていく。


 雷龍リンガと炎鬼オルグの後方支援があるため、互角以上に立ち回れているのだが……。

 ちょっと『決め手』に欠けているのが現状だ。


(ここまで『ビタ付き』されたら、リンガとオルグは大きく動かせないし、何より手印が結べない……。レックスの召喚士対策は完璧だな)


(畜生、接近戦でも押し切れねぇ……っ。それどころか、一瞬でも気を抜いたら逆にやられちまう。近接もいける召喚士とか、反則だろ……!)


 火花と硬音を散らし、激しい剣戟を奏でる中、俺は思考を巡らせていく。


(こっちの手札は、リンガ・オルグ・王鍵・殲剣の四枚。ちょっと心許ないけど、『要は使いよう』か)

俺は殲剣ロードルを解放し、漆黒の闇を広域に展開。


「黒の型・弐ノ太刀――闇影斬あんえいざん


 横薙ぎの一閃、数多の黒い斬撃が吹きすさぶ。


「ぐっ……!?」


 圧倒的な物量に押されたレックスは、大きく後ろへ押し流されていく。

 これでようやく間合いを取ることができた。


「――王鍵・開錠」


 王鍵シグルドを大地に突き立て、『王律』に指を掛けようとした瞬間、


それ・・だけはさせねぇ……!」


 血相を変えたレックスが、闇の斬撃をその身に受けながら突っ込んできた。


「っ!?」


 俺は仕方なく王鍵を引き抜き、眼前に迫る一撃を防ぐ。


「おいおい、随分と無茶をするな」


「馬鹿野郎、『必殺』を許すわけねぇだろう、がッ!」


 彼は凶暴な笑みを浮かべながら、苛烈な攻撃を休みなく繰り出す。


(……参ったな)


 召喚士の一番の強みは、多種多様な『召喚』による変幻自在の特殊攻撃。

 しかしレックスは、こちらの召喚獣や武器の能力をほとんど全て知っている。

 これでは手札を公開したまま、ポーカーをやっているようなものだ。


(さて、どうしたものか……)


 この先の『詰め筋』を模索していると、


「うっし、いい感じに温まってきたぜ……! ――天龍憑依・龍王バルトラ!」


 レックスの全身から、莫大な魔力が解き放たれた。


「……凄いな。あのバルトラを降ろせるようになったのか」


「おうよ! つっても、『三分間』って制限付きだけどな!」


 彼はニッと笑い、三本の指を立てて見せた。


「……それ、バラしたらマズいんじゃないのか?」


「俺はアルトの召喚獣や武器の能力を熟知してんだ。こっちだけ手を伏せたまま、ってわけにはいかねぇだろ? 公平に行こうぜ!」


「そういう馬鹿真面目なところ、昔から本当に変わらないな」


「へへっ。そんじゃまっ、時間もねぇから……行くぜ?」


「あぁ、来い!」


 首肯しゅこうの直後、俺は驚愕に目を見開く。


「速い!?」


 眼前には天高く剣を振りかぶったレックス。


「龍技・天限斬てんげんざんッ!」


「――武装召喚・ケルビムの盾!」


 大上段からの斬り落としに対し、巨大な盾を召喚。


 しかし、


「龍王の一撃、舐めんなよ!」


 レックスの斬撃は、ケルビムの盾を叩き割ってきた。


「嘘、だろ……!?」


「ここだ! 龍技・破国槍はこくそうッ!」


 煌炎こうえんを帯びた鋭い突きが、視界一面を埋め尽くす。


 俺は王鍵と殲剣をもって、なんとか迎撃に努めたのだが……。


「……ッ」


 体勢を崩された状態からの切り返しは難しく、左脇腹にもらってしまった。


「あのアルトが手傷を……!?」


「し、信じられません……っ」


 ステラとルーンの驚愕に満ちた声が響く。


(幸いにも傷は浅いけど……)


 大地を踏み抜く脚力・人間離れした腕力、今のレックスと斬り合うのは、あまり得策じゃなさそうだ。


「まだまだぁああああ!」


 怒涛の追撃。


 俺はそこへ変化球カウンターを繰り出す。


「――簡易×増殖召喚・スライム!」


 右の踵を打ち鳴らし、召喚術式を大地に刻む。


「ぴゃぁ!」


 一匹の青いスライムが飛び出し、


「「ぴゃぁ!」」


 それはすぐさま二匹に分裂、


「「「「ぴゃぁああああ!」」」」


 瞬く間に数千・数万と増殖していった。


 これらは全て、増殖術式によって増やされた偽物。

 本体は今、俺の右肩にちょこんと載っている。


「ぐっ、次から次へと……ッ」


 無限に増え続けるスライムに呑まれ、レックスの動きが止まった。


(よし、いいぞ)


 俺はバックステップを踏み、大きく間合いを取りつつ、近くにあった大岩に身を隠す。


(リンガとオルグの大技で削りを入れて、その間に近接特化の召喚獣を呼び出す……!)


 そんな俺の戦略プランは、まばたきのうちに崩れ去った。


「――龍技・紅蓮閃ぐれんせん!」


 大出力の煌焔こうえんが吹き荒れ、数万のスライムが一撃でやられてしまった。


「増殖召喚で茶を濁した後は、大きな遮蔽物のところへバックステップ――だよな?」


 こちらの動きを読んだレックスは、既に俺の目と鼻の先『必殺の間合い』に踏み入っていた。


「やるね」


「へっ。アルトの行動パターンは、学院時代にみっちり研究したからな!」


 聖霊降剣せいれいごうけんディアスの刀身に、龍王のほむらが燃え盛る。


「俺の勝ちだ! 秘奧ひおう龍技りゅうぎ・龍王斬ッ!」


 莫大な魔力の込められた剣が、容赦なく振り下ろされる。


(やっぱりレックスは強い)


 圧倒的な膂力・冷静な判断力・鋭い洞察力、どこを取っても隙がない。


 だけど一つだけ、忘れていることがある。


「――俺だって、レックスのことはよく知っているんだぞ?」


 一年間の冒険者生活を経て、さらに強くなった彼ならば、きっと俺の思考と動きを先読みし、この間合まで詰めてくるだろう。


 そこまで読んだ俺は、右目に召喚しておいた、虚烏うつろがらすの魔眼を解き放つ。


瞳術どうじゅつ・無限縛鎖ばくさ


「しまっ……!?」


 レックスはすぐに両目を閉じたが――遅い。


「あー……くそ、やられた……っ」


 瞳術・無限縛鎖によって、精神の檻に囚われたレックスは、そのままバタリと倒れ伏す。


「レックス、戦闘不能!」


「よって勝者は――アルトさんです!」


 ステラとルーンが高らかに勝敗を宣言。


「ふー……疲れた」


 こうして俺は、『万優の龍騎士』レックス・ガードナーに勝利したのだった。

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