第2話 up! up! my Friend ⑮

 それ以来、小早川は大勢の人の前で喋ると、うまく話すことができなくなった。

きっと、何者にもなれない自分。

 小早川は、周囲の期待に応えられなかった絶望で、自らにその呪いをかけた。

好きだったオシャレもメイクもやめて、人から見られることを極端に避けるようになった。

 鏡に映る自分が少しでも妹と重なったり、妹と間違えられたりすると、そのときのことを思い出すからだそうだ。

 話を聞いて改めて悟った。

 小早川が『変わりたい』と言っていたのは、漠然とした思いつきの言葉ではなかった。

 あれは、深い水の底で苦しみもがきながら這い上がろうとする、小早川の叫びだった。


「……なぁ、小早川」


 小早川の周囲に対して込み上がる怒りもあった。

 無責任で身勝手な大人たち。

 何も知らないで小早川を笑っていたクラスメート。

 そして、知ったような顔で小早川に接していた俺自身。


『何?』


「委員長の仕事、まだ続けたいか?」


 だが、その怒りの矛先を誰かに向けたところで小早川が救われるわけではない。

 それよりも、もっと小早川に教えてやらなければいけないことがある。 


『え……』


「2日経って、まだ小早川の仕事は完璧とは言えないし、今後、小早川が緊張しないで人前で話せるようになる保障はどこにもない。これからただ嫌な思いを繰り返すことになるだけかもしれない。今ならきっと、俺が代わりになることだってできる。それでも……続けたいと思うか?」


『……うん。続けたい』


「うん、わかった……それじゃあ、もうひとつ。これは気が進まなかったら遠慮なく断って良いんだけどさ」


『……?』


「俺に、小早川の手伝いをさせてくれないか?」


『……手伝い?』


「あぁ。ここ最近、ずっと小早川のこと見てて思ったんだ……小早川は、きっとこれからいくらでも変わっていける。自信があるんだ。賭けたって良い。小早川は、他の人にはない特別な可能性があるはずなのに、昔負った傷が足かせになってそれをうまく活かせていないだけだ。俺は、その足かせを外したい」


 伝えてやりたい。


『私に、そんな可能性なんてないよ……』


 その小さな声に、どれだけの勇気があるか。

 そのひたむきな姿に、どれだけ励まされる人間がいるか。


「あるよ。絶対にある」


 あのとき、確かに見たんだ。だから俺は力強く言った。


「俺がそれを証明してやる。小早川は絶対に変われる。そして──今までの理不尽な扱いに関して──小早川は悪くないって、」


『っ!』


 電話越しの小早川が息を呑んだ。


『……ダメだよ』


「何でだよ」


『そんなの、副委員長のお仕事じゃないよ。衣彦くんが私のために、そこまで付き合う必要ないよ……』


『違う。そうじゃない……そうじゃないんだよ小早川」


『え?』


「俺は、その……お前と……」

 

 言え。

 言い淀(よど)むな。

 心の中で自分に檄(げき)を飛ばし、ケツを蹴り上げる。

 お前が変わらなかったら、小早川も変われないんだ。


「──友達、だから」


『っ……!』


「だから……助けたいんだよ」


 情けないくらい弱々しい声になってしまった。

 恥ずかしい。顔が熱い。みっともない。

 だからといって、伝えずにはいられない。


「これ以上、小早川が辛そうにしてる姿を見るのは嫌なんだよ」


『衣彦くん……』


 顔を見られていなくて本当に良かった。

 多分、今鏡を見たら顔が真っ赤になっていただろう。


『ごめ……あ』


 電話越しから、はにかんで笑ったような吐息が聞こえた。


『──ありがとう』


「うん」


『私……頑張るから』


「……うん」


『衣彦くんの力を貸して欲しい』


 女なんてクソだ。

 今だってその思いは変わらない。

 だが……身内となると話は別だ。

 友達を助けないやつはもっとクソだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る