第2話 up! up! my Friend ⑤


『やべぇ』


 始業式が終わってから休み時間の間、直からのスマホの通知が鳴り止まない。


『ドチャクソ顔良い』


 絶賛の言葉とともに送られてきたのは、檀上で学年総代の挨拶をしている潤花の写真だった。


『完璧過ぎんだろ何もかも』


 潤花は、体育館を埋め尽くす何百人の観衆を前にして少しの緊張感も見せず、たった一度も言葉に詰まることもなく完璧に演説をこなしていた。途中、マイクの音が途絶えてしまうアクシデントがあった時でさえ、何事もなかったかのようにマイクを置き、声を張り上げて話し続けて周囲を圧倒させた。

 しかも、手ぶらで登壇してから15分程度の間、話はすべてアドリブで、マイクの不調があった時以外、視線を生徒たちから離していない。おまけに、締めの挨拶で『私たち生徒一人ひとりの声が先生方に届くよう──音響設備の見直しを検討してくれるとありがたいと思います』と皮肉の効いたオチまで付けて会場を湧かせる余裕まで見せた。

 持ち前の美貌に学年総代の学力と肝の据わった度胸。

 たった15分程度の時間で、潤花は一躍学校の有名人となっていた。

 それは、潤花とは別のクラスとなった俺の教室も例外ではなかった。


「すごかったね、総代の子」


『その辺の女と格が違ったもんな』


「ねっ! 綺麗で頭も良くて話も上手いって、絶対いつか芸能人になるよね」


『女優だよ、あれは。親父が担当してるタレントやモデルを見てたらわかる。いくら美人でも、話し方や仕種ひとつで人をハッと惹きつけるやつって、マジで一目でわかるんだよ。あの立ち振る舞いがどこまで計算されてるものなのか知らんけど、その底知れなさでさえ魅力になってるわけだから、持ってる(・・・・)よな』


「化学部立て直したって言ってたお姉ちゃん、私、学校見学で見たことあるよ。お姉ちゃんもすっごい可愛いの」


『マジで』


「ああいう子みたいなのが芸能人になるんだよね。私多分、この先あの子よりすごい子、二度と見ることないと思う」


『あんなの』


「わかる」


『百年に一度の美少女だよ』


「百年に一度の美少女だよね」


 ボジョレーヌーボーかよ。

 どいつもこいつも賛美しかしない。

 俺は心の中で親友とクラスメイトの女子たちに向けて悪態をついた。

 一見して良くできているものにだって必ず綻びはある。物事の本質を見極めるには表面的な印象だけじゃなくて、多面的な視点から観察しなければいけないことをこいつらはまるでわかっていない……というのは建前で、ただ単純に、一時的にちょっと目立ってちやほやされるやつも、手放しでちやほやするやつも嫌いなのが本音だった。


「すごかったね……潤花ちゃん」


 小早川……お前もか。

 1年4組の窓側一番後ろの席。そこでスマホを見ていた俺の右隣で、小早川もまた、潤花に対してそう評していた。

下宿生の1年生のクラス分けは、みずほ姉ちゃんと小早川と俺が4組で、潤花だけが3組となった。それに、みずほ姉ちゃんと共通の幼馴染みである直も3組となっていた。


「まぁ、確かにすごいけど……」


 とてつもなく癪(しゃく)に障る。

 文武両道、才色兼備。肝も据わって口も達者。ついでに、それを鼻にかけることもないこざっぱりとした性格。

 本人その気があろうとなかろうと、スペックがチート過ぎて存在が嫌味だ。


「潤花ちゃん……すごいね」


「何で2回言った」


 俺の茶々をよそに小早川の横顔は真剣そのもので、うつむいて一点を見つめたまま何か考え事をしているようだった。


「すごいけど、ああいうやつをあんまりすごいって思いたくないな」


「……?」


「近くに出来の良いやつがいると、無意識に自分の不甲斐なさと比較して、自己嫌悪するんだよ。別に相手は悪いことをしてるわけじゃない。いつも一緒にいる家族や友達なのに、そばにいればいるほどこっちが勝手に劣等感こじらせて辛くなる……逃げようのない拷問みたいなもんだ。で、そんな自分がますます嫌になるのを繰り返して病む負のスパイラルを、俺は陰キャラの理(ことわり)と名付けて学会で発表したって妄想を親友に話したんだけど……まぁドン引きされたな」


 神童と呼ばれている姉、それぞれ類(たぐい)まれな才能や底抜けな思いやりに満ちた幼馴染み達の顔を思い浮かべながら語ると、小早川は真剣な表情で俺の話に耳を傾けていた。

『人気アイドルの双子の姉』というコンプレックスを抱える小早川にとって、他人事ではないのかもしれない。


「でも……それでも、衣彦くんは、その人達と一緒にいるんだよね?」


「ん。そうだな」


「どうして?」


「え、いや……それはだってお前……」


 小っ恥ずかし過ぎて説明に困るだろ。

 どう話そうか考えあぐねていたとき、スマホのメッセージ通知が鳴った。みずほ姉ちゃんからだ。


『潤花、すごかったね! 私史上最高のスピーチ!』


「ボジョレーヌーボーかよ‼」


 思わず叫んだ瞬間、教室が水を打ったようにしん、静まりかえった。

 クラス中の視線が俺に突き刺さる。

 目が合ったみずほ姉ちゃんは慌てた様子でしーっと人差し指を立てているが、すでにお通夜状態になったこの状況で今さらどうしろというのか。 


「……お水、飲む?」


 所在を失った俺に助け舟を出してくれたのは、たった今俺が上から目線で講釈を垂れた小早川だった。


「……もらおうかな」


 まるで何事もなかったかのように小早川からペットボトルを受け取り、席に座る。

 そして教室の静かなざわめきをBGMにしながら俺はぼんやりと天井を仰いだ。

 今朝の占い……当たってたな。

ペットボトルに口を付けると何故か顔が熱い。もしかしたら中身の水がワインになっているのかもしれない。小早川の神対応のおかげかな。はっはっは。

帰りてぇ。

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