第18話 一度死んだから分かる。人生は本当に一度きり
呪われているのだろうか。
新参者の公爵でしかも女だから気に入らないと思われるのは仕方のないことだろう。
しかもあのヴァイス殿下と親し気に話しているところを周囲に見られてしまっているので面白く思わない令嬢がいるのも分かる。
「聞いてますの」
ヴァイス殿下を撒いて、会場を抜け出した私は息抜きの為に庭で寛いでいた。すると後をつけて来たのか三人の令嬢に取り囲まれてしまった。
赤い髪に緑の目をして、毒々しい赤いドレスを身に纏った令嬢。気の強さが顔にも表れている彼女はヴィッツ・イストワール侯爵令嬢。
前の人生で第一王子のヴィトセルク殿下の婚約者を狙っていた。けれど殿下が選んだのはリオネス・ユシカ侯爵令嬢。ここまでは今世と変わらない。
ヴィトセルク殿下とリオネスはすでに婚姻をしている。
前の人生でヴィッツはリオネスを毒殺しようとした。ヴィトセルク殿下が気づいてすぐに対処した為、リオネスが毒を口にすることはなかったが王太子妃の命を狙うのは重罪。
本来なら死刑だが、リオネスが助かったことと彼女がそれを望まなかったことにより国外追放になった。
「ワーグナー殿下に捨てられたからってすぐにヴァイス殿下に乗り換えるのは如何なものかしら」と、怒るヴィッツを見るに彼女は王太子妃の座を諦めて第二王子妃の座を狙っているようだ。
前の人生でヴァイス殿下は国内にはいなかった。だからヴィッツはヴィトセルク殿下と婚姻することを諦めなかったのだろう。
ワーグナー殿下は前も今も性格に難があったし、王から見放されていたからよほどの物好きでない限りは近づかないだろうし。
「傷物の令嬢なんてヴァイス殿下に相応しくありませんわ」
「身の程を弁えて引き下がるべきだわ」
ヴィッツの取り巻きである二人の令嬢が援護射撃をしてくる。この二人はヴィッツが国外追放になった瞬間、あっさりと掌を返した。
彼女たちもヴァイス殿下の婚約者を狙っているのだろう。ただ今は私という敵を排除するために手を組んでいるだけ。
「ヴァイス殿下に気があるのなら私に牽制するのではなく直接ヴァイス殿下にアプローチする方が建設的だと思いますが」
「ちょっとヴァイス殿下に優しくされたからって図に乗っているんじゃございませんか?ご自分が傷物である自覚がおありで?」
ヴィッツは私を見下すことで優越感に浸っているようだけどその目には若干、苛立ちが見える。
ヴィッツは国外追放になった場所で医術を学び、歴史に名を残す医者になった。病弱な兄を救う為に医者を目指したのだとヴィッツは言っていた。これは遠く離れた場所にいる私の耳にも届くほど有名な話だ。
そこでふと思った。
彼女はもしかして今の時点で本当は王族の婚約者ではなく医者になりたいのではないだろうかと。
ただ彼女の父親は野心家で権力の為に娘を王族に嫁がせることに固執しているし、それだけが娘の存在意義だとすら思っている人だ。彼女には兄がいるが、病弱で後継ぎとして不安のある息子を侯爵は情けない存在だと貶め、切り捨てた。
最低限の世話を使用人に命じるだけ。
ヴィッツがこうも私に対して攻撃的なのは彼女自身も王族に嫁ぐことが全てだと思っているからだろう。それができなければ自分も兄のように切り捨てられると思っているのかもしれない。そして悲しいことにあの侯爵を見るに、それを否定することはできない。
勿体ないと思う。
過去に他国に知れ渡るほどの有名な医者になれるほどの凄い人なのに、生まれ育った環境でそれが潰えていくのが。
「ちょっとさっきから聞いていますの?公爵になったからといって私たちを無視するのはどうかと思いますわよ」
「ヴィッツ様の言う通りだわ。私たちも有力貴族。懇意にして損はないはず」
取り巻きの一人であるドーラ・ソヴィール伯爵令嬢。彼女はヴィッツの旗色が悪くなるとあっさりと掌を返した女。その女が「懇意にして損はない」とは笑わせる。
今までの内気で気弱な私相手なら強気に出れば簡単に言うことを聞くと思っているのだろう。
「女公爵になったからって何よ」
ドーラはくすりと鼻で笑う。自分が伯爵令嬢であるという身分を忘れているようだ。ヴィッツの取り巻きをしている間に自分が本当に強いと思い込んだ間抜けな狐だ。
「所詮は女じゃない。恥ずかしくはないの、女の身で公爵位を継ぐなんて」
「恥ずべきことなど何もないわ!」
彼女の目を見据えて堂々を言ったからか、ドーラは驚き後ずさる。
ヴィッツは目を見張って私を見る。
「ラーク公爵家の直系は私のみ。だからラーク家を私が継ぐのは何もおかしなことではないわ。性別何て関係ない。男だったら何?女だったら何?性別に拘って、視野を狭めるあなた達の方がよほど恥ずかしいわ」
「ドーラっ!」
ヴィッツの制止を無視してドーラは私の頬を叩く。
今まで身分が高いだけで自分よりも下だと見下していた相手に反論されたのがよほど気に食わなかったのだろう。
「誰が何と言おうと、私は公爵位を譲る気はない。私がラーク女公爵よ!ドーラ・シズ・ソヴィール伯爵令嬢、先ほどから誰に向かって発言をしているかお分かりですか?あなたが叩いた相手は今まであなたが暴力を振るって言い聞かせていた使用人や下級貴族とは違うのですよ」
「ど、どうしてそれを」
知っているわ。
前の人生であなたは自分よりも下の者には強気に、上の者には媚を売って利用して来た。
身分が上でも気の弱い私のことを彼女は下に見て、いつもイビって来ていた。
パーティーで衆人環視の中、ワーグナー殿下に捨てられたことをいつも笑いながら話していた。従妹に婚約者を盗られたのは私に女として欠陥があるからだと彼女が周囲に言いふらしていた。
「あなたのご両親にはあなたの再教育をご提案した方がよろしそうですわね。それまであなたは社交は控えた方がいいですわ。身分が上の者に平気で手をあげる粗忽者など何を仕出かすか分かったものじゃありませんもの」
黙ってしまったドーラから視線を逸らして私はヴィッツに目を向ける。
「イトワール侯爵令嬢、私は婚姻しても夫に公爵位を譲る気はありませんし、それが理解できない者を夫に迎えるつもりはありません。傷物で何を偉そうにとお思いでしょうが、私は考えを変えるつもりはありません。例え周囲に行き遅れと笑われようと、一生独り身で過ごすこになったとしても。人生は一度きり。そして誰も私たちの人生に責任など持ってはくれません。強要はしてきますが。そんな、無責任な人たちの言いなりになって人生を台無しにするなんて馬鹿らしいでしょう」
だからイトワール侯爵令嬢、あなたにもあんな馬鹿な親の言いなりにならず好きな道を歩んで欲しい。
あなたは本当は素晴らしい人です。
そう、言いたかったけど言えなかった。
この先の未来を私は知っているけど彼女は知らないから。
それに私の行動で少しずづ変化が起き始めている。未来が私の知っているものとどう変化するか分からないのに知ったようなことを言うのは傲慢というものだ。
だから私にできるのはここまで。
あとは彼女が自分で選んで決めることだ。
彼女に医者としての才能があったとしても強要はしない。私も彼女の人生に責任を持てるわけではないから。
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